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.国際  投稿日:2022/3/22

EU、化石燃料の対ロ依存削減急ぐ


村上直久(時事総研客員研究員、長岡技術科学大学大学院非常勤講師)

「村上直久のEUフォーカス」

【まとめ】

・欧州委員会は、ロシアの化石燃料への依存を2030年までに脱却する計画を発表した。

・現状として輸入途絶による混乱を懸念し、輸入禁止ではなく依存度引き下げに留まっている。

・欧州はエネルギー確保のために米国と連携すべきとして「大西洋協定」を締結する構想が浮上している。

 

ロシアがウクライナへの軍事侵攻を2月24日に開始してから3週間以上が経過し、これまでに西側は様々な対ロ制裁に踏み切ってきた。そして最近になってついにロシアの最重要産業であるエネルギーに焦点を合わせた対抗措置を相次いで発表した。

米国はロシア産の原油や天然ガスの輸入を直ちに禁止。欧州連合(EU)は天然ガスに的を絞り、ロシア産への依存を大幅に減らす計画を打ち出した。しかし、輸入の約4割をロシア産に頼る中で、実現へのハードルは高いようだ。

また、欧米のエネルギー企業のロシアからの撤退が相次ぐ中で、ロシア産エネルギーは敬遠されるようになった。

物価上昇に直結

エネルギー分野で「脱ロシア」が進む中で、原油価格の高騰によって日本でもガソリンの価格は補助金がなければ過去最高の水準を記録する勢いだ。欧州では天然ガスの指標価格が一年前の20倍に跳ね上がった。

エネルギー分野をはじめとして対ロ貿易が急激に縮小する中で、米紙ニューヨーク・タイムズは、ロシアの国内総生産(GDP)は9.7%縮小すると予想。これに対して西側諸国のGDP減少幅は0.17%にとどまるとみられる。

EUの行政を担う欧州委員会は3月8日、ウクライナに侵攻したロシアの化石燃料への依存から2030年までに脱却する計画を発表した。域内消費の約4割を頼るロシア産天然ガスの代わりとして、液化天然ガス(LNG)の輸入拡大などで調達先を多様化する。具体的には米国からのLNG輸入を増やし、アジア向けのカタール産LNGの一部が欧州向けに変更される。棚上げになっていたアルジェリアから地中海、スペイン、フランスを経由してドイツに達するパイプライン計画も復活しそうだ。また、再生可能エネルギーで生産した水素なども増やし、ロシアからの輸入量を年末までに6割超減らす。

米国が3月8日に新たなロシア制裁として発表した同国産資源の輸入禁止には現時点では参加しない。ロシアへの依存度が高いドイツやイタリアを中心に、即時の供給途絶による経済・社会の混乱を懸念する声が根強く、当面は依存度引き下げで対応する構えだ。特にドイツ℉は2022年末までに原子力発電への依存から脱却し、長期的に石炭火力発電も停止する政策を打ち出しており、エネルギー供給の確保で厳しい状況に直面している。

フォンデアライエン欧州委員長は声明で、「われわれをあからさまに脅す供給者を頼りにすることはできない」と強調した。

EUは来冬の需要増に備え、貯蔵能力の30%以下に減少している域内のガス在庫を10月までに90%超に引き上げることを目指す。一方、EUの既存の脱炭素化策を計画通りに実行し、ガス消費量も30年までに30%減らすことで依存脱却の実現を図る。一見、”綱渡り“ともみえる対応だ。

ロシアのウクライナ侵攻で加速したエネルギー価格高騰への対策も拡充する。EU加盟国が、価格高騰でエネルギー企業が偶発的に得た利益に課税できるようにするほか、EUの国家補助金ルールを緩和し、損害を被る企業に資金援助できるようにする。

ロシアの戦争遂行を後押し?

ロシアのエネルギー産業に降りかかってくる火の粉は、石油や天然ガスの輸入削減・禁止だけではない。冷戦終結後、約30年間にわたってロシアへのエネルギー事業への投資を進めてきたBPやシェル、エクソンモービルなどの欧米石油メジャーが次々と撤退を表明している。ただ、フランスのトタルのようにロシアでの事業を継続する企業もある。

ロシア離れはエネルギー企業の間だけではなく、世界の主要な海運会社や保険会社の間でも広がっており、ロシア産原油への関与を敬遠する動きが目立つようになった。

欧米の禁輸や輸入削減で行き場を失った日量約500万バレルの新市場をロシアは探さなければならないが、中国がそのうちの一つになることは間違いない。ただ、中国はロシアの足元を見て厳しい値引きを迫る可能性がある。

一方、欧米諸国はロシアに代わる原油の新たな調達先を探す必要がある。有力な調達先としてはサウジアラビア、アラブ首長国連邦(UAE)、カタールの中東3カ国が挙げられよう。3か国の余剰生産能力は合計で日量約250万バレルだが、石油輸出国機構(OPEC)に属する3カ国が容易に増産に応じるかどうか不透明だ。イランとベネズエラの余剰生産能力は合わせて約150万バレルに達するが、対米関係がこじれている現状では新調達先としては望み薄だ。

世界の原油市場は1970年代の二度にわたる石油危機以来、最も厳しい混乱期を迎えている。

▲写真 ウルズラ・フォン・デア・ライエン欧州委員会委員長と米国のアントニー・ブリンケン国務長官 出典:Photo by Thierry Monasse/Getty Images

 対米連携

EU最大の経済規模を誇るドイツは天然ガスの調達でロシア産に60%超依存してきた。ロシアのウクライナ侵攻が始まるずっと前にドイツはロシアからの天然ガス輸入を大幅に増やすために、バルト海経由の新たなパイプライン「ノルドストリーム2」の敷設を完了し、今秋以降の稼働開始に向けて、ドイツ℉国内で承認プロセスが進んできた。しかし、ウクライナ侵攻を受けて、ドイツは対ロ制裁の一環として、このプロセスを停止した。

欧州ではロシア産原油や天然ガスを輸入し続けることはロシアの「血塗られた戦争遂行」を間接的に支援することにつながるとの批判が強い。

こうした中で、欧州ではエネルギーの新たな供給先を確保するために、米国との連携を強化すべきだとの声が強まっており新たな「大西洋協定(Atlantic Pact)」などを締結する構想が浮上している。

(了)

トップ写真:「ノルドストリーム2」の受け入れ基地の様子 出典:Photo by Christian Ender/Getty Images




この記事を書いた人
村上直久時事総研客員研究員/学術博士(東京外国語大学)

1949年生まれ。東京外国語大学フランス語学科卒業。時事通信社で海外畑を歩き、欧州激動期の1989~1994年、ブリュッセル特派員。その後,長岡技術科学大学で教鞭を執る。


時事総研客員研究員。東京外国語大学学術博士。

村上直久

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