中国の不可解なGDPを考える
澁谷司(アジア太平洋交流学会会長)
【まとめ】
・中国は2021年のGDPが前年度比8.1%伸びたと発表。
・2012年から18年まで「投資+消費」だけで各年のGDPを遥かに超えていたが、19年からは下回っている。
・2020年と21年に、政府支出が著しく減少したためだと推測できる。
今年(2022年)1月17日、中国は2021年のGDPを発表した。当局によれば、GDPが前年度比8.1%伸びたという(民間投資<以下、投資>は前年比4.9%増、消費は前年比12.5%増)。「コロナ禍」にあって、この経済の回復が“本物”ならば、評価されるべきだろう。
まずは、表付きグラフ(2012年〜2021年)をご覧いただきたい。
図表)筆者作成
このグラフは、①投資と②消費を積み上げグラフで作成し、その後、折れ線でGDPを加えている。2021年の「①投資+②消費」(GDPは無視)だけを見ると、この数字は2016年から2017年の間に位置するだろう。だとすれば、2021年の「①投資+②消費」の数字は、過大評価すべきではないかもしれない。
以前、本サイトの拙稿で触れたように、中国のGDPには極めて不可解な点がある。一般に、GDPは「①投資+②消費+③貿易収支(輸出-輸入)+④政府支出」で構成される。
中国の場合、1991年以降、③貿易収支が赤字になったのは、1993年(-703億元)のたった1度だけである。同年の④「政府支出」は8017億元だったので、結果「③貿易収支+④政府支出」はプラス7314億元となっている。1993年を除く他の年(1991年〜2021年)は、③貿易収支がすべて黒字だった。
一方、政府支出だが、公務員の給与や公共事業などによる支出なので、マイナスになる事は考えられない。
したがって、(③貿易収支が極端な赤字を計上しない限り)「③貿易収支+④政府支出」は必ずプラスとなる。「①投資+②消費」だけで、GDP全体を超える事は理論上、あり得ないだろう(〇「①投資+②消費」<GDP/×「①投資+②消費」>GDP)。
けれども、中国ではそのあり得るはずのない事態が起きている。習近平政権が誕生した2012年から2018年まで、「①投資+②消費」だけで、各年のGDP全体を遥かに超えてしまう現象―「アブノーマルな状態」―が見られた。
実は、この中国における「アブノーマルな状態」 は、2008年の「リーマンショック」後の2009年から始まっている。そして、ようやく2019年から以前の「ノーマルな状態」―「①投資+②消費」だけでは、GDPを超えない―へ回帰している(2019年は微妙な数字だが、2020年と2021年はごく自然な数字である)。なぜ、回帰したのかについては、後述したい。
かつて中国では、常に①投資が②消費を上回っていた。そして、過去、同国では①投資が②消費と比べ、大差は無かったのである(「ノーマルな状態」)。
しかし、「アブノーマルな状態」時には、①投資が②消費の約2倍近くにのぼるという異常現象が起きている。
仮に、中国共産党の公表した数字が、少なくともGDP及び②消費、③貿易収支に関して、正確だとしよう(ただし、もし同党がこれらの数字を改竄していたら身も蓋も無いが)。
おそらく、この「アブノーマルな状態」は、中国共産党が④政府支出、特に「公共投資」等を①の投資へ紛れ込ませたために起きたのではないか。それ以外は、考えにくい。結局、同党は、内外からの批判を恐れ、④政府支出をできるだけ少なく見せかけようとしたのではないだろうか。
写真)中国共産党創立100周年を祝うアートパフォーマンス中の習近平国会主席 2021年6月28日中国の北京で
出典)Photo by Lintao Zhang/Getty Images
他方、中国の政府支出の中には⑴公共投資はもとより、⑵地方政府の赤字補填、⑶ゾンビ企業の延命、⑷企業への輸出補助金等も含まれている公算が大きい。
確かに、中国共産党による数字の改竄は重大事件だが、⑴〜⑶については、あくまでも国内問題に過ぎない。だが、⑷企業への輸出補助金(正確には、輸出還付金)は問題視されるべきではないだろうか。
現在、中国はアジア太平洋経済協力(Asia Pacific Economic Cooperation。いわゆるAPEC)へ加盟申請している。しかし、その加盟にあたり、北京政府による企業への輸出補助金は大問題となるだろう。もし、APEC内で、この事が大きく取り上げられれば、中国の加盟は難しくなるに違いない。
ところで、なぜ、近年、中国は「アブノーマルな状態」から「ノーマルな状態」へ回帰したのだろうか。
それは、2020年と2021年に、④政府支出が著しく減少したためだと推測できよう。つまり、中央政府による財政出動が抑制されたからではないだろうか。
ひょっとして、習近平政権は、もうこれ以上の財政赤字拡大(少なくともGDPの300%以上)に耐えられないと考えたのかもしれない。そのため、④政府支出を増やす事ができず、「ノーマルな状態」へ回帰したのではないだろうか。
トップ写真)武漢グリーンランドセンターの屋上で作業する作業員。武漢グリーンランドセンターは中国中部で最も高いビルで、2022年までに完成予定。高さは476m近く、世界で15番目に高いビル。 2021年11月15日 中国湖北省武漢
出典)Photo by Getty Images
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この記事を書いた人
澁谷司アジア太平洋交流学会会長
1953年東京生まれ。東京外国語大学中国語学科卒。東京外国語大学大学院「地域研究」研究科修了。元拓殖大学海外事情研究所教授。アジア太平洋交流学会会長。