岸田・バイデン首脳会談の評価
宮家邦彦の外交・安保カレンダー 2022#04 2022年1月24-30日
【まとめ】
・中国、北朝鮮関連、朝鮮半島を巡る日米韓関係については前回会談と変わりなし。
・「新たに国家安全保障戦略、防衛計画の大綱、中期防衛力整備計画を策定し、日本の防衛力を抜本的に強化する『決意』」を表明した部分は重要。
・日米経済版「2+2」の立ち上げに合意したこと、「核兵器のない世界」に向けて共に取り組んでいくことを確認したのは新しい部分。
早いもので2022年も既に4週目に入った。やはり今週のハイライトは1月21日夜の岸田・バイデンテレビ首脳会談だ。日本時間で午後10時だから、ワシントンでは朝8時。いずれも人によってはシンドイ時間帯だが、日米だから仕方がない。時間的には約80分、お世辞抜きで、結構うまくいったのではないかと思う。
今回の日本政府の発表文を、前回昨年4月の菅・バイデン首脳会談の際の日米共同声明文と比較してみると、今回の首脳会談の意義が見えてくる。そもそも、この種の文章は、公式の共同声明であれ、政府発表文であれ、継続部分と新規部分があるものだが、筆者が注目した今回と昨年の主な共通点・相違点は次のとおりだ。
1、(「自由で開かれたインド太平洋」との関連で)岸田首相から、バイデン大統領の訪日を得て日米豪印首脳会合を本年前半に日本で主催する考えである旨述べ、バイデン大統領から、支持が表明された。これは重要な新規部分である。
2、(中国について)両首脳は、①東シナ海や南シナ海における一方的な現状変更の試みや経済的威圧に反対し、②台湾海峡の平和と安定の重要性を強調するとともに、両岸問題の平和的解決を促し、③香港情勢や新疆ウイグル自治区の人権状況について深刻な懸念を共有したが、この点は前回の共同声明とあまり変わらない。
強いて言えば、前回記された「日米両国は、中国との率直な対話の重要性を認識するとともに、直接懸念を伝達していく意図を改めて表明し、共通の利益を有する分野に関し、中国と協働する必要性を認識した」なる表現が今回はなかった。長くなるので削除したのか、それとも、意図的に削除したのか、気になるところだ。
3、(朝鮮半島について)両首脳は、①安保理決議に沿った北朝鮮の完全な非核化に向け、引き続き日米・日米韓で緊密に連携していくことで一致し、②拉致問題の即時解決に向け米国の支持を得、③共通の課題への対応における日米韓の緊密な協力の重要性を確認し、日米韓の強固な三か国関係が不可欠であることを強調したが、この点も大きな変化はない。
相違点といえば、「日米・日米韓で緊密に連携」と書いたため、「日韓で緊密に連携」のないことが逆に浮き彫りになったことぐらいか。
4、(ウクライナについて)両首脳は、①引き続き日米で連携し、②ロシアによるウクライナへの侵攻を抑止するために共に緊密に取り組むことにコミットし、③日本が、いかなる攻撃に対しても強い行動をとることについて関係国等と緊密に調整を続ける、とされた。今後プーチンの行動次第では日本の対応が難しくなるかもしれない。
5、(安全保障問題について)両首脳は先の日米「2+2」共同発表を支持したが、日本が、「新たに国家安全保障戦略、防衛計画の大綱、中期防衛力整備計画を策定し、日本の防衛力を抜本的に強化する『決意』」を表明した。この部分も重要だ。
6、(経済面では)日本から「新しい資本主義」の考え方を説明し、両首脳は、①次回首脳会合で、持続可能で包摂的な経済社会の実現のための新しい政策イニシアティブについて議論を深めていくことで一致し、②閣僚レベルの日米経済政策協議委員会(経済版「2+2」)の立ち上げに合意した。この点も新しい要素である。
7、最後に、両首脳は、「核兵器のない世界」に向けて共に取り組んでいくことを確認した、とあるが、これは実に岸田首相らしい新規部分であろう。
もう一つ、今週筆者が気になったのがウクライナ問題に対するドイツの対応振りだ。各種報道によれば、ウクライナをめぐる米露対立の中で、①ドイツはエストニアがウクライナにドイツ製榴弾砲を供与することに反対し、②ドイツ海軍司令官がロシアを擁護する失言により解任され、③ドイツ外相もウクライナへのドイツ製兵器供与に慎重な姿勢を示しているという。どこか東アジアでの日本の立場に似ている、かもしれぬ。
いずれにせよ、こうした一連の動きで、NATO諸国間にドイツ新政権のロシア政策に対する疑念が生まれているらしい。確かに、ドイツとロシアが結ぶ時、東欧諸国が酷い目に遭って来た歴史はある。だが、ウクライナ問題がNATO諸国間の疑心暗鬼を助長するのだとすれば、それこそプーチンの思う壺ではないか。この点も要注意だ。
〇アジア
北京五輪開幕が近いのに、北京では新型コロナ感染が増えている。これまでに入国時の空港や選手村などで大会関係者72人の感染が確認されたそうだが、実態はもっと多いだろう。それでも五輪が始まったら、この種のニュースはなくなる。中国が主催する北京五輪に「失敗」はなく、中国政府の「ゼロコロナ」政策は無謬なのだから。
〇欧州・ロシア
ウクライナ情勢緊迫化でNATOが周辺東欧地域に加盟国艦船や航空機などを増派、米国も東欧に数千人規模の米軍派遣を検討しているらしい。一方、ロシアに続き米英なども大使館勤務の一部職員と家族に退避を命じたそうだ。これで戦闘が始まるとは断言できないが、戦闘の可能性が高まったことだけは間違いない。
〇中東
シリア北東部で「イスラム国(IS)」勢力がクルド勢力の管理する刑務所を襲撃し、IS側とクルド勢力との戦闘でIS要員77人を含む123人が死亡したという。米軍のアフガン撤退後世の関心は薄くなったが、シリアやイエメンではまだ戦闘が続いており、実は米軍部隊も中東に残って戦っているはずだ。このことを決して忘れてはならない。
〇南北アメリカ
今ワシントンでは、中露による対台湾、ウクライナ同時侵攻という「最悪シナリオ」が取り沙汰されているらしいが、一方、中国の習国家主席が最も望まない展開は北京五輪中にロシアがウクライナに侵攻し中国の晴れ舞台に影を落とすこと、との見方もある。一体どちらの蓋然性が高いのか?いやいや、どちらも可能性は低そうだが、強いて言えば後者だろう。
〇インド亜大陸
特記事項なし。今週はこのくらいにしておこう。いつものとおり、この続きは今週のキヤノングローバル戦略研究所のウェブサイトに掲載する。
トップ画像)バイデン米大統領とテレビ会談を行う岸田総理
出典)首相官邸
あわせて読みたい
この記事を書いた人
宮家邦彦立命館大学 客員教授/外交政策研究所代表
1978年東大法卒、外務省入省。カイロ、バグダッド、ワシントン、北京にて大使館勤務。本省では、外務大臣秘書官、中東第二課長、中東第一課長、日米安保条約課長、中東局参事官などを歴任。
2005年退職。株式会社エー、オー、アイ代表取締役社長に就任。同時にAOI外交政策研究所(現・株式会社外交政策研究所)を設立。
2006年立命館大学客員教授。
2006-2007年安倍内閣「公邸連絡調整官」として首相夫人を補佐。
2009年4月よりキヤノングローバル戦略研究所研究主幹(外交安保)
言語:英語、中国語、アラビア語。
特技:サックス、ベースギター。
趣味:バンド活動。
各種メディアで評論活動。