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.経済  投稿日:2022/2/1

久し振りのインフレ率上昇「対応温故知新」


神津多可思(公益社団法人 日本証券アナリスト協会専務理事)

「神津多可思の金融経済を読む」

【まとめ】

・世界経済では、にわかにインフレが問題になっている。

・経済に大きなショックが入ると、隠れていた構造的な問題が浮き彫りになる側面がある。

・現在のインフレ圧力の高まりの、どこまでが一時的で、どこからが構造的要因なのかの見極めが重要になる。

 

世界経済では、にわかにインフレが問題になっている。少し前は、インフレ圧力の高まりは一時的とされていたが、欧米では高まるインフレ率を前に、そんなことも言っていられなくなったようだ。

先進国では、もう久しくインフレがマクロ経済の重要課題になったことはない。しかし、1970年代、80年代の日本には、原油価格の高騰を契機としたインフレへの対応で明暗を分けた歴史がある。目の前のインフレへの対応を考えるために、温故知新で振り返ってみたい。

■ 日本の2つの石油危機

1973年、石油輸出国機構(OPECが原油の供給制限と輸出価格の大幅な引き上げを行い、国際原油価格は短期間で約4倍に高騰した。いわゆる第1次石油危機だ。原油価格の高騰は、言うまでもなく供給ショックであり、経済活動にネガティブな影響を与える。一方、インフレ率の上昇も「実質価値」をみえにくくするので、経済活動を混乱させる。供給ショックを意識して需要の抑制が甘くなると、今度は後者のインフレによる経済混乱が大きくなる。政策判断上、バランスが難しい。

第1次石油危機の時は、為替レートの変動相場制への移行ということも重なり、結局、経済活動を抑制し過ぎてはいけないとの配慮が勝った。その結果、1974年には、消費者物価前年比が20%以上に急騰し、実質経済成長率は第2次世界大戦後初めてのマイナスとなった。

その後、1970年代末から1980年代初頭にかけて、原油価格は再び高騰した。OPECは段階的に大幅値上げを行い、国際原油価格は約3年間で3倍近く上昇した。これが第2次石油危機だ。しかし、この時は、外生的なインフレ圧力を国内で増幅させないことが意識され、消費者物価の前年比は一番高かった1980年でも8%に満たないものであったし、実質経済成長率も3~4%で安定していた。

温故知新でこうした歴史から学ぶとすれば、景気に配慮し過ぎて、海外要因のインフレが国内の賃金上昇に結び付き、それがさらにインフレを呼ぶという相乗過程に入ってしまうと、結果的にダメージがより大きいという教訓であろう。

■ 今回はどうなるか

▲写真 コロナウイルスパンデミックに対する連邦準備制度の対応について、連邦準備制度理事会のヒアリングで証言するパウエルFRB議長(2021年6月22日にワシントンDC) 出典:Photo by Graeme Jennings-Pool/Getty Images

さて、現在に目を戻すと、12月の米国の消費者物価前年比は7%を超えた。欧州でも5%となっている。米国の中央銀行である連邦準備制度(FRB)は、インフレの加速を避けるため、金融政策の舵を引き締め方向に切っている。一方、日本のインフレ率はまだ1%にも達していないので、事態の深刻度は相当違う。したがって、日本では米国ほどにはインフレ抑制の対応を強めなくて良いということになる。

ただ、現在の日本の低いインフレ率には、携帯電話通信料の引き下げという一時的な要因が△1〜1.5%程度影響している。4月以降はその要因がなくなるので、日本銀行が目標としている2%インフレに近づくとの見方もある。それでも欧米に比べればかなりマイルドだ。そうした状況なので、日本銀行は今のところこれまでの金融緩和を基本的に維持するとしている。

国際通貨基金(IMF)が1月に発表した世界経済見通しは、2022年末に向け、欧米諸国のインフレ率も次第に低下していく姿となっている。そうであれば、日本としては、現在の海外要因によるインフレ率の高まりを梃子に、その圧力が低減しても目標の2%インフレが実現するよう目指すことになるのだろうか。

その際、賃金の動きがとりわけ注目される。もし、今年のベアに限って、4月時点のインフレ率を基準にすることが可能であるなら、足元のインフレ率が賃金上昇率に反映され、それが今後の物価動向にも繋がるという循環になるかもしれないが。

他方、現在の日本の超金融緩和は、企業経営や産業構造の変化を促す観点からはやり過ぎとの指摘もある。企業が投資計画を考える3〜5年程度の期間の金利がずっとゼロ近傍のままという予想が広まり、それを前提にした投資プロジェクトが広範に採択されると、どうしても低リターンの投資案件の比率が高まってしまう。

そうなると、賃金もなかなか上がらず、結局、日本経済全体の潜在的な成長力を高める観点からはプラスにはならない。この機会に、その辺りの期間の金利のあり方を、ちょっと見直すという考え方もあり得るかもしれない。

■ 大きなショックが浮き彫りにする構造的な問題

いずれにせよ日本でも、足元のインフレ率の高まりは実質金利の低下を通じて、経済活動を刺激する金融緩和の効果をさらに強める。しかし、足元のインフレが一時的である場合には、そうしたことは長続きしない。今後、本当にインフレ率が低下していくとして、それでも残存するインフレ圧力がどの程度になるかについては、色々な見方がある。したがって、金融緩和度合いが不変としても、現在高まっている経済活動の刺激効果がどの程度持続するかは不確実であり、かつそれが2%のインフレ目標を実現する上で十分かどうかも分からない。

一方で、経済に大きなショックが入ると、隠れていた構造的な問題が浮き彫りになる側面がある。日本のバブル崩壊の時も、先の国際金融危機の時も、それまで覆い隠されていた不均衡が一挙に表面に出て、当初の調整が終わった後も、経済は完全には元通りにはならなかった。 

今回のコロナ禍が去っても、米国の労働需給の引き締まりは、以前と同じ水準にまでは緩和されないかもしれない。サプライチェーンの効率性の低下も、例えば米中対立の中で、完全には元に戻らない可能性がある。さらには、ネットゼロ・カーボンの実現に向け、化石燃料関係のコストはもうあまり下がらないかもしれない。

こうした中で、欧米の中央銀行は、インフレ率が国内要因によって加速するメカニズムを挫く一方で、今後の経済の正常化を阻害しないよう、金融引き締めの程度を探っていくことになる。また日本では、この一時的かもしれないインフレ率の高まりを契機に、これまで長いこと実現できなかった2%のインフレ目標の実現にいかに近づいていくか、工夫をしていくことになるのだろうか。いずれのケースでも、現在のインフレ圧力の高まりの、どこまでが一時的で、どこからが構造的要因なのかの見極めが重要になる。

トップ写真:アーティストのネルソン・サイアーズは、米国連邦準備制度の行動とインフレを風刺した彫刻「Cheap MoneyNo.2」をウォールストリートにある像「TheWallStreetBull」の隣に設置した。(2021年12月7日ニューヨーク市・マンハッタン) 出典:Photo by Eugene Gologursky/Getty Images for Nelson Saiers




この記事を書いた人
神津多可思日本証券アナリスト協会認定アナリスト

東京大学経済学部卒業。埼玉大学大学院博士課程後期修了、博士(経済学)。日本証券アナリスト協会認定アナリスト


1980年、日本銀行入行。営業局市場課長、調査統計局経済調査課長、考査局考査課長、金融融機構局審議役(国際関係)、バーゼル銀行監督委員会メンバー等を経て、2020年、リコー経済社会研究所主席研究員、2016年、(株)リコー執行役員、リコー経済社会研究所所長、2020年、同フェロー、リスクマネジメント・内部統制・法務担当、リコー経済社会研究所所長、2021年、公益社団法人日本証券アナリスト協会専務理事、現在に至る。


関西大学ソシオネットワーク戦略研究機構非常勤研究員、オーストラリア国立大学豪日研究センター研究員ソシオフューチャー株式会社社外取締役、トランス・パシフィック・グループ株式会社顧問。主な著書、「『デフレ論』の誤謬」(2018年)、「日本経済 成長志向の誤謬」(2022年)、いずれも日本経済新聞出版社。

神津多可思

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