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.国際  投稿日:2022/2/10

中国徐州市「8人の子供の母親事件」


澁谷司(アジア太平洋交流学会会長)

【まとめ】

・一人っ子政策が行われているはずの中国で、江蘇省徐州市にいる「8人の子供を持つ母親」の存在について一部メディアが報道。

・李宝は小学6年生で売られてきたと報じられたが、県委員会は、誘拐・売買という事実はなかったと発表。

・この案件は、婦女誘拐の犯罪に当たると報じるメディアも。

 

目下、北京では冬季オリンピックが華やかに行われている。しかし、それとは裏腹に、中国国内では驚くべき事件がネットを賑わせている(一部の海外メディアでは報道済み)。実は、最近、江蘇省徐州市で、「8人の子供を持つ母親」の存在が明るみになったと一部メディアが報じたのだ。

今日の中国で、子供を8人産む事は常識では考えられない。なぜなら、1979年以来、2015年まで「1人っ子政策」が行われていたからである(2016年から「2人っ子政策」、昨2021年から「3人っ子政策」が実施された)。

ところが、そういう母親が突然、現れたのである。今の中国共産党政権下では、その事自体が大スキャンダルだろう。女性は李宝という。

以下、李正寛による「『徐州の8人の子供の母親』が中国『全盛期』の黒い幕を開ける」(『中国瞭望』(2022年2月6日付)(a)の一部を紹介しよう(『中国瞭望』は、代表的な海外の中国人オンラインメディアで、諸外国で影響力のある中国語ポータルサイト)。

ネットユーザーらは、李宝の子供時代の写真と投稿ビデオに登場した「8人の子供の母親」を比較した。2人とも鼻の角にほくろが一つある。また、ネットユーザーが口、顎、更には眉間の長さや眼球の大きさまで測定した結果、2人は驚くほど似ているという。2人は同一人物であることは、ほぼ間違いない。

ビデオの中で、李宝は薄暗い狭い部屋に監禁にされ、鉄の首輪をはめられ、鎖で繋がれていたのである。また、李宝は寒いにもかかわらず、一枚の薄い服しか身に着けていなかった。李宝の髪はボサボサで、口や歯は清潔ではなかった。李宝は精神を病んでおり、まともに話せない状態だった。

元々、李宝は四川省南充市の出身である。父親は李大忠で、かつてチベットの武装警察に所属していたが、数年前に亡くなったという。

李宝は1984年に生まれた。そして、1996年12月に失踪している。小学6年生の時、親に数千元で売られたらしい。1998年に、董志民のもとにやって来た。その後、李宝は董家の父親と息子の董志民、それともう1人の兄弟の3人から長年にわたり、凌辱されたのである。

また、李宝は県政府の役人にまでレイプされていた。そのため、誰が8人の子供達の父親かわからないという。

徐州市の「8人の子供の母親事件」が明るみに出た直後、中国のジャーナリスト、鄧飛は、微博で、同じ村には李宝と同時期に来た女性がいて、やはり鎖につながれ、もっと悲惨な状況だという情報を流した。その女性は、20年以上も服を着ることがなく、布団に包まれたままで、非常に貧しいという。

今年1月28日、徐州市豊県の県委員会は、ネット世論に押され、李宝に関する「全面的調査」を行った。その結果、李宝は董志民と「合法的」に結婚し、誘拐・売買という事実はなかったと発表している。

だが、ネットユーザーらはそれに納得せず、ならば、その“結婚証明書”を出せと県委員会に証拠開示を求めた。

1月30日、同委員会は、今度は別の口実を設けたのである。本当は、(李宝ではなく)楊という別の人物が豊県歓口鎮へ流れて来た際、董志民の父親に慰留された。そして、彼女は董志民と一緒に暮らすようになったと釈明している。

そこで、ネットユーザーらは、同委員会にDNA鑑定を求めようとしたが、まともな鑑定結果が得られないとして、鑑定要求を引っ込めた。

さて、『rfi』(ラジオ・フランス・アンテナショナル。フランスの国営放送で、首都パリから世界へ向けて国際ニュースを配信)の「徐州豊県の性奴隷事件はネットでの津波を引き起こす、中国には公式に黙認された奴隷制度が存在する」(2022年2月6日付)(b)によれば、中国では年間100万人が失踪しているという。児童は1年に20万人だと言われる。

▲写真 中国北京にある里親センターでミルクを飲む孤児たち。以前は、一人っ子政策と息子への嗜好を反映して、健康な女児が多かったが、現在は病気または障害を持つ孤児が大多数だ。(記事とは直接関係はありません) 出典:Photo by Kevin Frayer/Getty Images

同記事は、この「8人の子供の母親事件」は、明らかに婦女誘拐の犯罪であると糾弾した。また、8人の子供の父親は、(別の犯罪である)強姦罪の疑いが強いと指摘している。

一方、『ドイツの声(DW』は「長平観察:中国政府は人身売買においてどのような役割を果たしているのか」(2022年2月7日付)という記事を掲載した(c)(『ドイツの声(DW)』は、ドイツ国営の国際放送事業体で、ラジオ、テレビ、インターネットでサービスを提供)。

それによれば、この「8人の子供を持つ母親」に関するニュースは、すでに16億人に読まれているという。著名な法律専門家、羅翔は中国共産党統治下、人身売買が横行している理由について、中国の法律では女性誘拐は3年の刑である。ところが・・・オウム密売罪(希少保護動物密売罪)は5年の刑で、女性誘拐はオウムの密売よりも刑が軽いからだと指摘した。

他方、『南都週刊』元副編集長の長平は次のように喝破した。「なぜ政府は女性や子供の誘拐を放任しているのか?それは、女性を商品化・道具化し、女性と子供の基本的人権を無視するのが、家父長制社会に内在する本質だからである。」

(注)

(a)“徐州八孩母亲”掀开中国“盛世”黑幕- 万维读者网

(b)徐州丰县性奴事件引发网络海啸,中国存在官方默许的奴役现象 – 微言微语 (rfi.fr)

(c)长平观察:中国政府在人口拐卖中扮演了什么角色? | 评论分析 | DW | 02.02.2022

トップ写真:中国江西省上饒市で、息子を連れて歩く若い母親。上饒市周辺では多くの家族に複数の子供がいるため、一人っ子政策に反対していることで知られている。(この写真は記事の内容とは関係ありません) 出典:Photo by In Pictures Ltd./Corbis via Getty Images




この記事を書いた人
澁谷司アジア太平洋交流学会会長

1953年東京生まれ。東京外国語大学中国語学科卒。東京外国語大学大学院「地域研究」研究科修了。元拓殖大学海外事情研究所教授。アジア太平洋交流学会会長。

澁谷司

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