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.国際  投稿日:2022/2/28

ユーロ圏物価上昇、過去最高


村上直久(時事総研客員研究員、長岡技術科学大学大学院非常勤講師)

「村上直久のEUフォーカス」

【まとめ】
・ユーロ圏でエネルギー価格高騰によるインフレ高進が顕著。ロシアのウクライナ侵攻でさらに拍車も。

・「供給制約は次第に解消される」と欧州委。見通し通りにインフレが沈静化するか予断を許さない。

・エネルギー価格高騰に起因する光熱費の急上昇や食料価格高はユーロ圏各国の政治情勢に影響を及ぼしかねない。

 

 欧州連合(EU)の大半の国が入っているユーロ圏では、エネルギー価格の高騰を起点としたインフレ高進が顕著になっている。ロシア軍のウクライナへの軍事侵攻が始まった(2月24日)ことで今後、物価の上昇に拍車がかかりそうだ。

 EUがロシアからの輸入に約4割を依存する天然ガスの供給もひっ迫することが予想される。EUは既に1月末、米国とエネルギーをめぐる協力をうたった共同声明を発表。特に、天然ガスの欧州への安定供給のために連携する。また、日本も米国の要請を受けて、余剰分の液化天然ガス(LNG)の一部を欧州に融通することを決めた。

 インフレ高進が加速 

 ユーロ圏では物価上昇率が昨年8月には3%台、同10月には4%台と欧州中央銀行(ECB)が目標とする水準を大きく上回った。

 EU統計局が2月初めに発表した今年1月のユーロ圏の消費者物価指数(速報値)はエネルギー価格の高騰が響き、前年同月比5.1%の上昇となった。上昇幅は昨年12月の5.0%を上回り、過去最高を更新した。

 1月の物価上昇率は、エネルギーが28.6%と前月の25.9%から加速。食料品・アルコール・たばこも3.5%(前月3.2%)に拡大した。ただ、ECBが物価の基礎判断で重視するエネルギーや食料品を除いた「コア指数」は2.2%(同2.6%)に減速した。

 EU欧州委員会は、22年のユーロ圏の消費者物価上昇率について3.5%と新たな予想を示し、昨年11月時点の予想2.2%から大幅に引き上げた。

 新型コロナウイルス感染再拡大に加えてエネルギー価格の高騰が想定よりも長期化。半導体不足などに伴う供給制約の影響も年前半は続くと見込んでおり、足元での経済への逆風も強まっている。

 欧州委は22年のユーロ圏の物価上昇率は、1-3月期に前年同期比4.8%とピークに達した後、7-9月期まで3%超で推移。10-12月期には2.1%に低下すると予想した。

 ユーロ圏財務相会合(ユーログループ)のドナフ議長は2月初め、インフレ高進がユーロ圏の成長を阻害しており、域内の財務相は懸念しているとの見解を示した。そのうえで、欧州議会の経済委員会に対し、「物価上昇で経済成長のほか、市民の購買力が影響を受けており、ユーロ圏財務相は当然懸念している」とし、「物価上昇の要因が解消するのに予想より時間がかかっている。主な要因はエネルギー価格だが、力強い需要や供給網のボトルネックなどのテクニカルな要因も作用している」と述べた。

 さらに、ECBが物価上昇抑制に向け可能な限りの措置を講じると確信しているとしつつ、供給制約の問題を解消することはできないと語った。

 そして「これまでのところ、賃金上昇による大きな二次的影響の兆候は出ていない」とし、「インフレ率は低下し始め、23年にはECBが目標とする2%を大きく下回る」と予測。各国政府はエネルギー価格の上昇による影響に対応しているとしながらも、ロシアとの緊張の高まりがエネルギー価格ひいてはインフレ率の見通しに影響するとし、「こうした文脈の中で地政学上の緊張の高まりも考慮しなければならない」と述べた。

 成長率も下方修正

 欧州委は22年のユーロ圏実質GDP(域内総生産)については前年比4.0%増加するとの見通しを示した。昨年11月公表の4.3%から下方修正した。

 欧州委のジェンティロー二委員(経済担当)は記者会見で、「ファンダメンタルズ(経済の基礎的条件)は引き続き堅固だ」と指摘。供給制約が次第に解消され、物価上昇圧力が弱まれば「EU経済は牽引力を取り戻すだろう」と強調した。

 主要国別の22年のGDP予想は、イタリアが4.1%増、ドイツとフランスが3.6%増でいずれも下方修正。特にドイツでは自動車産業などでの供給制約が重しとなり、前回予想(4.6%増)から大幅に下振れした。

アジア向けを欧州向けに変更

 欧州において昨年秋以来のエネルギー価格高騰で最も目立つのは天然ガス価格の急上昇だが、ウクライナのコルスンスキー駐日大使は2月9日の東京都内の日本記者クラブでの記者会見で、欧州が需要の約4割を依存するロシア産天然ガスについて、ロシアは21年8月以来、欧州におけるストック減少分の補充を停止しているとの見方を明らかにした。

 欧州における天然ガス需給がひっ迫する中で、大生産国である中東のカタールからアジア向けに輸送中のLNGタンカーの一部の仕向け地が欧州に変更される事例も目立つようになったという。

 また、ロシアがウクライナ東部の親ロシア派支配地域の独立を承認し、軍の進駐を決めた(2月21日)ことを受けて、ドイツは、ロシアから天然ガスを運ぶ海底パイプライン「ノルドストリーム2」の稼働承認に向けた手続きを停止すると表明した。


写真)ロシアからの天然ガスを海底ガスパイプラインで送る「ノルドストリーム2」の受け入れ基地(ドイツ・ルブミン近郊 2022年2月2日)。ウクライナ危機を受けてドイツ政府は承認手続きを停止した。
出典)Photo by Sean Gallup/Getty Images

 天然ガスに加えてウクライナが大生産地の一つである小麦など穀物の価格も上昇し始めた。欧州では過去数週間で12%上昇。パンやパスタなど食料品の価格を押し上げている。

インフレは沈静化するのか

 ユーロ圏では近年見られなかったペースでインフレが高進しているが、ウクライナ危機が深刻化する中で、欧州委の見通しに沿ってインフレが沈静するかどうか予断を許さない。

 ユーロ圏の市民の多くはエネルギー価格の高騰に起因する電気やガスなど光熱費の急上昇や食料価格高に悲鳴を上げており、各国の政治情勢にも影響を及ぼしかねない。

(了)

トップ写真)生活費上昇に抗議するデモ隊(2022年2月12日 英・グラスゴー)
出典)Photo by Jeff J Mitchell/Getty Images




この記事を書いた人
村上直久時事総研客員研究員/学術博士(東京外国語大学)

1949年生まれ。東京外国語大学フランス語学科卒業。時事通信社で海外畑を歩き、欧州激動期の1989~1994年、ブリュッセル特派員。その後,長岡技術科学大学で教鞭を執る。


時事総研客員研究員。東京外国語大学学術博士。

村上直久

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