韓国大統領選挙を読み解く(下)
澁谷司(アジア太平洋交流学会会長)
【まとめ】
・尹錫悦候補と李在明候補の得票差より約4万票も多い無効票。
・尹錫悦次期大統領は、文在寅大統領と早期会合を望んでいる。
・ 日韓関係の発展を望む尹次期大統領だが、少数与党であり、日韓の問題解決は簡単ではない。
3月10日、韓国大統領選挙の開票の結果、野党「国民の力」尹錫悦(ユン・ソクヨル)候補が与党「共に民主党」李在明(イ・ジェミョン)候補より24万7077票多く得票して勝利した。
中央選挙管理委員会によれば、今回の大統領選で無効票は30万7542票あった(a)という。無効投票数が尹候補と李候補との票差よりも多かったのである。これは前々回(2012年)の大統領選挙時の無効票(12万6838票)と前回2017年の大統領選挙時の無効票(13万5733票)と比べ、2倍以上も多い。
なぜ、無効票が多かったのか。その理由は、おそらく野党「国民の党」の安哲秀(アン・チョルス)氏と新党「新しい波(イカ党)」の金東兗(キム・ドンヨン)代表が、突然、出馬辞退したためだろう。2人とも投票用紙が印刷された後に出馬を辞退し、他候補の支持にまわったからである。
期日前投票では、投票用紙に両者の名前の横に「辞退」と表示されていた。だが、本番の投票用紙には「辞退」の表示がなかった。また、安・金2人が出馬辞退を宣言する前に行われた在外国民投票(2月23〜28日)でも、2人に投票された分が無効となった。そのため、大量の無効票が出た公算が大きいという。
更に、期日前投票の際、「コロナ」感染者や隔離者の投票用紙が、ずさんに扱われたことも無効票の原因になったという見方がある。
写真)大統領選の結果をテレビで視聴している国民の力の議員と党員
2022年3月10日 韓国・ソウル
出典)(Photo by Lee Jin-Man – Pool/Getty Images)
さて、3月10日、文在寅(ムン・ジェイン)大統領は、第20代大統領に当選した尹錫悦に電話で、「新政府が空白なく国政運営をうまくできるよう支援する」と述べた。それに対し、尹錫悦は「教えてもらいたい。早期の会合を願う」と答えた(b)という。
他方、同日、兪英民(ユ・ヨンミン)大統領秘書室長と李哲熙(イ・チョルヒ)大統領政務首席秘書官はソウル市内の「国民の力」党本部で尹錫悦に会い、面会の日を調整した。文大統領と尹錫悦は早ければ来週にも会うと見られる。
特に、文大統領との面会で、尹錫悦は李明博(イ・ミョンバク)元大統領の恩赦を建議する方針だという。次期大統領の提言を通じて、現大統領が恩赦を決断するという形を取る。
昨年12月、朴槿恵(パク・クネ)前大統領の恩赦の際、李明博が特別恩赦の対象から除外された。尹錫悦はその件を踏まえ「国民統合の観点で判断すべきではないか」と述べている。
ところで、韓国メディアによると、尹錫悦は3月10日朝、(文在寅大統領と電話したほか)バイデン大統領とも電話会談し、当選後の挨拶や今後のアメリカの連携を確認した(c)と見られる。
翌11日午前10時30分、尹錫悦次期大統領は、岸田首相と電話会談を行なった(d)。岸田首相は「尹氏のリーダーシップに期待している」とし「日韓関係改善のため、新たな大統領と緊密に協力していく考えだ」と語った。
尹錫悦は大統領選における公約で、「1988年の “小渕・金大中宣言”の基本精神と主旨を発展的に継承する」として、未来志向的な日韓協力関係の構築を主張してきた。そこで、尹次期大統領と岸田首相は、新たな日韓関係を築くものと見られる。
ただし、尹次期大統領は国会では少数与党である。次期総選挙は2024年なので、少なくても、あと2年は厳しい国会運営が迫られる。したがって、日韓間に存在する徴用工をはじめ、様々な問題を解決するのは容易ではないだろう。
一方、3月10日、中国外交部は尹錫悦の大統領選出を祝って韓中関係の発展を希望(e)した。
同外交部の趙立堅報道官は、同日の定例記者会見で「中国は尹錫悦氏が韓国の新しい大統領に選出されたことを祝う」とし「両国が共に努力して修交30周年を契機に両国関係の健全で安定した発展と両国国民にさらに大きな福をもたらすことを願う」と述べた。
また、3月11日、北朝鮮の国営メディア、朝鮮中央通信は「南朝鮮(韓国)で9日に行われた大統領選挙で保守野党『国民の力』の候補、尹錫悦が僅差で大統領に当選した」とだけ短く伝えた(f)。北朝鮮としては、望ましくない保守政党の候補の当選を、迅速かつ名前入りで報じたのは異例だという。
(上はこちら。全2回)
(注)
(a)『朝鮮日報』(日本語版)「尹錫悦・李在明の得票差は24万票なのに…無効票が何故30万票も?」(2022年3月10日付)
(b)『東亜日報』(日本語版)「文大統領、尹錫悦氏と来週にも会合…尹氏は李明博元大統領の恩赦を建議か 」(2022年3月11日付)
(c)『読売テレビニュース』「韓国大統領選勝利の尹氏 政権移行へ始動」(2022年3月10日付)
(d)『Wow Korea!』「バイデン氏につづき岸田首相とも「通話」・中国は「祝電」…尹錫悦氏の外交活動「開始」」(2022年3月11日月)
(e)『中央日報』(日本語版)「中国外交部「尹錫悦おめでとう」…中国ネットユーザーは「反中大統領」にクリック5億回」(2022年3月11日付)
(f)『聯合ニュース』「「保守野党の尹錫悦が大統領当選」 北朝鮮メディアが短く報道 | 」(2022年3月11日付)
トップ写真)国会での記者会見で演説を行う尹錫悦次期大統領
2022年3月10日 韓国・ソウル
出典)(Photo by Kim Hong-Ji – Pool/Getty Images)
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この記事を書いた人
澁谷司アジア太平洋交流学会会長
1953年東京生まれ。東京外国語大学中国語学科卒。東京外国語大学大学院「地域研究」研究科修了。元拓殖大学海外事情研究所教授。アジア太平洋交流学会会長。