ウクライナの中国に対する本音
澁谷司(アジア太平洋交流学会会長)
【まとめ】
・米ワシントンポスト、「ウクライナは中国の近代軍事建設を支援。だが、戦争が起こると中国はロシアを選ぶ」と題する記事掲載。
・ウクライナは、中国の近代的な軍隊創設に貢献したにもかかわらず、支持を得られなかった事に失望。
・ウクライナは安全保障問題で中国と一線を画しながらも、中国との経済協力を継続する「ドイツモデル」を見習おうとしている。
今年(2022年)2月24日、ロシアのウクライナ侵攻で、両国と関係の深い中国の出方が注目された。
3月9日、米『ワシントン・ポスト』紙は「ウクライナは中国の近代軍事建設を支援。だが、戦争が起こると、中国はロシアを選ぶ」(a)という興味深い記事を掲載した。中国とウクライナの関係が詳しく書かれている。その記事を紹介したい。
内容は (1)ウクライナの中国への期待と誤算、(2)ウクライナによる中国への軍事援助、(3)中国ウクライナ関係の変遷、(4)最近の中国ウクライナ関係、で構成されている。
第1は、ウクライナの中国への期待と誤算である。
ウクライナは、同国内に中国企業が存在し、中国から巨額投資を受けていれば、ロシアが侵攻して来た場合、そのエスカレートを防止できるという読みがあった。また、キエフとしては、ロシアが同国内の中国企業を砲撃しないという期待もあった。
だが、ロシアがウクライナへ侵攻した際、キエフは、中国の近代的な軍隊創設に貢献したにもかかわらず、北京から支持を得られなかった事に失望している。
実は、ロシアのウクライナ侵攻後、キエフは中国に停戦の協力を求めたという(キエフは、未だ北京が停戦に向け仲介に動くとの期待を抱いている)。けれども、今年2月、習近平主席は公然とプーチン大統領と連携したため、キエフの北京への信頼性が低下した。そして、今に至るまで、中国は停戦のための仲介役を買って出て来ていない。
第2は、ウクライナが中国へ行った軍事援助(詳細は不明)である。
まず、中国はウクライナから空母「ヴァリャーグ」を購入した。
1998年、香港在住の実業家、徐増平(中国軍の元バスケットボール選手)は「空母を世界最大の水上ホテルとカジノにしたい」という建前でウクライナへ行き、その購入交渉を行っている。徐増平は、その空母を中国へ牽引することに成功し、中国軍に引き渡した。その後、2012年、空母「ヴァリャーグ」は「遼寧」として就役している。
仮に、その時、中国がウクライナから「ヴァリャーグ」を購入していなかったら、現在、中国は空母を保有していなかったかもしれない。
次に、2008年、中国で夏季五輪が開催された際、ウクライナの研究機関は北京五輪を防衛するため対ミサイル装置を提供した。イージス艦に似たレーダーシステムで、中国の軍艦に搭載されているという。
なお、2005年、ウクライナ検察は、中国がウクライナの武器商人から6発の巡航ミサイル(核弾頭を搭載可能)を入手したと指摘した。確かに、この話は、キエフが直接、北京へ売却したものではない。国外へ密輸され、違法に販売されているからである。ただ、この兵器売却には、レオニード・クチマ元大統領の官僚が関与していたという。
第3に、中国ウクライナ関係の変遷である。
1991年、ソ連崩壊後、中国とウクライナは互いに警戒しながらも、歩み寄った。1989年の天安門事件以来、中国は、米国やEUからの武器購入を断たれている。北京は、ロシアが中国に売却しない先端軍事技術を、キエフが喜んで売ることを知った。
他方、ウクライナの国防関係サプライヤーにとって中国は大きな市場であった。また、キエフは、中国をロシアに対する地域的均衡勢力と見なしたのである。
しかし、2014年以降、ロシアによる第1次ウクライナ侵攻の余波で、キエフがNATOへの加盟を優先し、米国やEUと緊密に連携しようとした。そのため、北京とキエフの戦略的パートナーシップは、冷え込んでいる。
▲写真 戦略的パートナーシップを締結する、ウクライナのミコラ・アザロフ首相と中国温家宝首相(2011年4月18日、中国・北京) 出典:Photo by Kyodo news – Pool/Getty Images
実際、2017年、中国企業「北京天驕航空産業投資有限公司」(スカイリゾン)が、世界的軍用機エンジンメーカーであるウクライナの航空宇宙企業「モトール・シーチ」を買収しようとした。
だが、結局、ウクライナは、安全保障を理由に、それを阻止している(ちなみに、米国はこの取引を止めるのに“貢献”したという)。現在、ウクライナにとって、NATOや同盟国との関係は重要である。そこで、キエフは高度な技術に関して、中国へ譲渡しない方針だという。
一方、ウクライナが西方を向いている間に、ロシアと中国は緊密な関係を築いた。このパートナーシップの結果、近年、モスクワは、より高度な軍備の北京への売却に積極的になっているという。そして、今年2月4日には両国関係に「限界はない」という共同宣言を行った。
第4に、最近の中国ーウクライナ関係である。
今もなお、ウクライナは、中国の勢力圏に留まっていると言えるかもしれない。
例えば、昨2021年夏、ウクライナは「反中国」の国連声明(新疆ウイグル自治区での人権侵害を非難)への署名を撤回し、国際的に波紋を広げた。その背景として、もしキエフがその署名を撤回しないならば、中国は、ウクライナへの中国製ワクチン提供を差し止めると脅したのだという。
キエフは安全保障問題で北京と一線を画しながらも、中国との経済協力を継続する「ドイツモデル」を見習おうとしている。
<注>
トップ写真:香港に入港する中国初の空母「遼寧」(2017年7月7日、香港) 出典:Photo by Keith Tsuji/Getty Images
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この記事を書いた人
澁谷司アジア太平洋交流学会会長
1953年東京生まれ。東京外国語大学中国語学科卒。東京外国語大学大学院「地域研究」研究科修了。元拓殖大学海外事情研究所教授。アジア太平洋交流学会会長。