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.国際  投稿日:2022/1/30

ウクライナ危機と台湾海峡危機


澁谷司(アジア太平洋交流学会会長)

【まとめ】

・ウクライナをめぐり、米ロ間で緊張が高まっている。

・米国がウクライナと台湾海峡での戦いという「2正面作戦」に直面したとき、中国軍が台湾へ侵攻するかもしれない、との観測がある。

・しかし、1979年米国は「台湾関係法」を制定したし、2005年以降台湾には米軍が配備されている。

  

目下、ウクライナをめぐり、米ロ間で緊張が高まっている。

後述するように、ロシアとしては、是が非でもウクライナの北大西洋条約機構(以下、NATO)加盟を阻止したいと考えているのだろう。そこで、ウクライナとの国境に、ロシア軍10万人を展開させ、NATOの東方拡大を牽制している。

他方、米国は、8500人をウクライナへ派兵する準備を始めた。したがって、米ロ間でいつ戦闘が起きても不思議ではないだろう。

ただ、EUは、一枚岩ではない。米英はウクライナに経済的・軍事的支援を行っている。しかし、ドイツはウクライナを支援していない。ドイツは、ロシアからエネルギー供給を受けているので、同国との関係悪化を望んでいないのではないか。

一方、中国は、北京オリンピック開催直前である。この時期、米ロで戦闘を始めて欲しくないだろう。もし両国が開戦したら、北京五輪は霞んでしまう。場合によっては、オリンピックが中止になるかもしれない。習近平政権としては、それだけは避けて欲しいのではないか。

▲写真 北京冬季オリンピック村に到着した日本チーム(2022年1月30日、中国・北京) 出典:Photo by Mark Schiefelbein – Pool/Getty Images

さて、なぜロシアはウクライナのNATO加盟を阻止したいのか。ウクライナはベラルーシと同様、ロシアの西側で国境を接している(あとは、かつてソ連邦の「衛星国」、バルト3国の2国、ラトビア・エストニアがロシア西側に位置する)。

地政学的に、ウクライナとベラルーシは、ロシアとNATOとの間のバッファーゾーン(緩衝地帯)を形成している。したがって、ロシアとしては、(ベラルーシは「親ロシア」なので問題なしとしても)ウクライナというバッファーゾーンを失う。NATOと直接対峙するのは好ましくないだろう。また、NATOのミサイルが、ロシアの喉元であるウクライナに配備されるのも歓迎できない。

これは、北朝鮮が中国(一部ロシア)と韓国・在韓米軍の間にあり、両陣営のバッファーゾーンとなっているのと同じ構図ではないか。中ロにとって(将来、北朝鮮が崩壊した暁に)在韓米軍が「統一コリア」と“新国境”まで迫るのを警戒している。

ちなみに、韓国としては、同国一国で貧しい北朝鮮を併合するのはあまりにも負担が大きい。他方、日本は核を保持したままの「統一コリア」誕生を快く思わない。また、南北朝鮮が統一される際、戦争が起こる公算も大きい。日本にも甚大な被害が及ぶ事も考えられる。だから、中ロ・日韓は、陰に陽に、今の北朝鮮を支えているのではないだろうか。

閑話休題。最近、ロシアのウクライナへの侵攻と中国の台湾への侵攻をパラレルに捉える人がいる。彼らの主張は、次の通りである。

もしロシア軍がウクライナに侵攻した場合、米軍は必ず同国を軍事支援するだろう。その時、米国はウクライナと台湾海峡での戦いという、同時「2正面作戦」に直面する。その間隙を突いて、中国軍が台湾へ侵攻するかもしれない、と。

一見、ロシア対ウクライナと中国対台湾は、似た図式に見えるだろう。

ところが、この発想は「今日の香港は、明日の台湾」という“スローガン”と変わらないのではないか。実際、香港と台湾では、まったく状況が異なっていた。それにもかかわらず、香港と台湾が同列に語られていた時期がある。

第1に、香港は中国大陸と地続きである。また、ウクライナもロシアと長い国境線で接する。ところが、台湾は中国大陸とは海で隔てられている。

第2に、香港はかつて英国植民地だった。また返還後、中国の「一国二制度」下に入る。ウクライナもソ連邦時代、同国の一部として併合された。だが、台湾(中華民国)は中国(中華人民共和国)に統治された事実はない。台湾は日本統治から脱して以来、一貫して中国から独立している。

第3に、米国には“香港防衛のための法律”、あるいは“ウクライナ防衛のための法律”が存在するのだろうか。寡聞にして知らない。

実は、1979年、米国は「台湾関係法」という国内法で台湾人の生命・財産・基本的人権を守ると約束した。つまり、米国は台湾を同国の準州(グアムや北マリアナ諸島のサイパン)と同じように位置付けたのである。

しばしば米国は、台湾防衛を明確化しない「曖昧戦略」を取ってきたと言われる。けれども、それは米国の中国に対する見かけ上の“外交的ポーズ”に過ぎないのではないだろうか。

第4に、1997年、香港が英国から中国へ返還された際、同地に中国人民解放軍が配備された。だが、人民解放軍が台湾に駐屯した事はない。それどころか、2005年以降、台湾には秘密裡に、米軍が配備された(数は不明)。また、2018年、米国在台協会(AIT)の新庁舎が台北に設立されて以来、米軍が駐屯している(同)。

ところで、無論、現在、ウクライナにロシア軍は駐屯していない。ただし、同国東部には、「親ロシア派」のロシア系住民が住んでいる。かつて台湾にも、「親中派」の外省人が多かった。だが、彼らは「本土派」に変わりつつある。将来、ロシア系住民が愛国者へと変わる可能性も捨て切れないだろう。

トップ写真:ウクライナにジャベリン対戦車ミサイルなどの武器を輸送する米軍機(2022年1月25日、ウクライナ・キエフ近郊のボルィースピリ空港) 出典:Photo by Sean Gallup/Getty Images




この記事を書いた人
樫山幸夫ジャーナリスト/元産経新聞論説委員長

昭和49年、産経新聞社入社。社会部、政治部などを経てワシントン特派員、同支局長。東京本社、大阪本社編集長、監査役などを歴任。

樫山幸夫

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