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.国際  投稿日:2022/3/19

ロシアのウクライナへの軍事行動即時停止要求:国際司法裁判所の仮保全措置の持つ意味


植木安弘(上智大学大学院グローバル・スタディーズ研究科教授)

「植木安弘のグローバルイシュー考察」

【まとめ】
国際司法裁判所、ロシアに軍事行動を即時停止するよう求める仮保全措置を命令。
・ロシア側の主張に反し、本件に関する国際司法裁判所の法的管轄権が認められた。
・国際司法裁判所に判決の強制権限はないが、今回の命令は国際社会の司法判断として重要な意味を持つ。

  国家間の係争を裁く国連の国際司法裁判所は、3月16日、ロシアに対して、ウクライナへの軍事行動を即時に停止することを要求する仮保全措置を命令した。

 これは、ウクライナが、ロシアがウクライナへの軍事侵攻の根拠としているドネツクとルハンスク両州へのウクライナのジェノサイド(集団殺害)行為」という主張が全く根拠のないものだとして、即時に軍事行動を停止するよう国際司法裁判所に判断を求めたものだ。

 ウクライナの主張は、1948年に採択されたジェノサイド条約の第3条で規定する「ジェノサイドの行為」を根拠にロシアはウクライナへの軍事行動を正当化できないというものである。

 ジェノサイドの行為というのは、「集団殺害、集団殺害を犯すための共同謀議、集団殺害を犯すことの直接かつ公然の教唆、集団殺害の未遂、集団殺害の共犯」であり、ウクライナは、ドネツクとルハンスク州でそのような行為は行なっておらず、従って、ロシアの主張には全くの根拠がないということになる。

 また、ウクライナは、ロシアのいわゆる「ドネツク人民共和国」と「ルハンスク人民共和国」の独立承認はこれらの州でジェノサイド行為が行われているという誤った情報に基づいており、ロシアの「特殊軍事行動」も同様に根拠がないとしている。そのため、当面の措置として、国際司法裁判所にロシアに対し即時の軍事行動停止を要求する仮保全措置を求めたのである。 

写真) ロシア軍による攻撃を受けるウクライナの都市イルピン(2022年3月11日)
出典) Photo by Laurent Van der Stockt pour Le Monde/Getty Images

 これに対し、ロシアは、この訴えを十分検討する時間が与えられていないとして3月7日の公聴会への出席を拒否したが、ジェノサイド条約の締約国であることもあり、国際司法裁判所に書簡を送り、ロシアの行動は、国連憲章第51条で認められている自衛権の行使であり、また、ジェノサイド条約は武力の行使を扱うものではなく、ジェノサイド条約の解釈や運用の判断を求めるものではないとした。そして、ウクライナの訴えをジェノサイド条約の下に審理する法的管轄権は同裁判所にはないとの主張を伝えた。

 ロシアもウクライナも、ジェノサイド条約には加盟しており、条約の第1条で、「締約国は、集団殺害が平時に行われるか戦時に行われるかを問わず、国際法上の犯罪であることを確認し、これを、防止し処罰することを約束する」と、締約国の責務が明示されている。また、ジェノサイド条約第9条では、条約の解釈や運用についての係争については、締約国が国際司法裁判所に判断を求めることができることになっている。

 

写真) ロシアの軍事行動に関する国際司法裁判所での公聴会(2022年3月7日 ハーグ)
出典) Photo by Frank van Beek/ICJ via Getty Images

 ウクライナの訴えに対しては、先ず、国際司法裁判所がジェノサイド条約下で審議する法的管轄権があるかどうかが注目されたが、裁判所の判断は、ロシアやウクライナの公的発言の中でジェノサイドへの言及があり、二国間にジェノサイドに関する係争があることが認められるため、条約の解釈や運用に関する係争を審理する管轄権が国際司法裁判所にあるとの判断だった。

 この判断の下に、ウクライナで起きている深刻な人道状況に懸念を表明し、ロシアによる武力行使はウクライナの権利を取り返しのつかない状況にする可能性があり、また、原子力発電施設のダメージがウクライナ以外の国々にも影響を与え得ることから、ロシアに対して、軍事行動の即時停止を求める仮保全措置を命令を下した。

 この命令では、15人の裁判官のうち13人が賛成票を投じ、ロシアと中国の裁判官2人が反対した。他方、状況を悪化させる行動を取らないようにとの要請については、全員が支持した。

 仮保全措置は法的拘束力があるとの判断だが、本格的な審理はこれからとなる。ロシアは、国際司法裁判所の管轄権はないと主張していることから、審理に参加することは考えにくく、最終的な判決がウクライナに有利に出た場合、それを受け入れることはしないと思われる。

 国際司法裁判所に判決の強制的権限はないため、その執行については、最終的には国連の安全保障理事会の判断と決定による。安全保障理事会では常任理事国のロシアが拒否権を持っているため、実際には行動が取れないことになる。そのため、今回の仮保全措置はシンポリックな法的判断と見られている。

 ただ、国際司法裁判所の判断は、国際社会の司法判断となり、さらに、国際刑事裁判所がロシアの戦争犯罪など一連の犯罪を訴追する時の法的判断の基礎ともなりうるので、無視は出来ないであろう。

トップ写真) ロシアの軍事行動に関する公聴会が行われる国際司法裁判所を見つめる、ウクライナ国旗に身を包む女性(2022年3月7日 ハーグ)
出典) Photo by Michel Porro/Getty Images




この記事を書いた人
植木安弘上智大学大学院グローバル・スタディーズ研究科教授

国連広報官、イラク国連大量破壊兵器査察団バグダッド報道官、東ティモール国連派遣団政務官兼副報道官などを歴任。主な著書に「国際連合ーその役割と機能」(日本評論社 2018年)など。

植木安弘

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