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.政治  投稿日:2022/4/8

根拠なき自民党の防衛費GDP比2パーセント公約


【まとめ】

・岸田文雄総裁は防衛費の対GDP比2%との目標を掲げたが、その根拠は不透明である。

・何をもって2%以上とするかという基準を持ち合わせていない。

・防衛費増額よりも先に、社会保障費を増額させるべきだろう。

 

 昨年秋、自民党の岸田文雄総裁は第49回衆議院総選挙に勝利し、岸田内閣が発足した。衆議院選に際して自民党が出した公約で安全保障に関して「NATO諸国の国防予算の対GDP比目標(2%以上)も念頭に、防衛関係費の増額を目指します」という公約を掲げた。

 ウクライナの事態を受けて、我が国でも防衛を強化すべきという議論がにわかに盛り上がり、このGDP比2パーセントという数字についてメディアや「識者」が議論を戦わせているが、実はその算定の根拠は極めて薄弱である。だが、知ってか知らずか、誰もそれを指摘しない。

 恐らくその根拠になったのはオバマ政権以来、米国がNATO加盟国に強くその実現を求めた国防費の水準だ。

 マーク・エスパー米国防長官は2020年9月16日に米ランド研究所で行った講演において、NATOだけではなく、米国の同盟諸国・友好諸国に対して、それぞれの国防費を少なくともGDP比2%以上に引き上げ、質・量ともに軍事力を強化してほしい旨を明言した。自民党が念頭においたのはこの数字だろう。

 だが選挙公約に「アメリカに言われたから防衛費を2倍に増額します」というのは、あまりにも安直で、主体性がないのではないか。独立国家の政権を目指す政党の総選挙公約に盛り込むべきものなのか。

 そもそもNATOと同じ2パーセントの根拠が乏しい。同じ2パーセントといっても、フランスや英国は核戦力も保有しており、少なくない費用をあてている。対して、我が国には核武装がない。そして我が国はこれら英仏、更にドイツとほぼ同等の金額の防衛費を支出している。

更に申せば、在日米軍に対する支出もNATO諸国よりも遥かに多く払っている。そうした中、何のためにGDP比2パーセント、現在の約2倍の水準に防衛費を上げるのかという根拠は示されていない。 

 2022年の段階で、国防費GDP比2パーセントを達成したのはNATO加盟30カ国のうち、米国を含む11カ国に過ぎない。今後はウクライナ問題の影響もあってドイツなどは増額する方向だが、全NATO諸国がクリアするかどうかは大変難しいだろう。つまりNATO加盟国がすべて2パーセントを達成しているわけではない。

 そして問題なのは自民党のいう防衛費GDP比2パーセントの積算基準根拠だ。よく知られているように我が国は1976年の三木内閣の閣議決定以降、防衛費をGDP比1パーセントに収めることを国是としてきた。だが我が国の防衛費の対GDP比率の算定基準と、NATOのそれとでは算定方法が異なる。自民党の公約ではどちらの基準を採用するのか述べていない。

 日本政府は21年度当初予算で0.95%だと説明しているが、NATOが国防関連予算として盛り込んでいる退役軍人年金や日本の海上保安庁に相当する沿岸警備隊の経費、国連平和維持活動(PKO)拠出金などは除外されている。このため、NATO基準で計算すると日本の防衛費の対GDP比は1.2~1.3%になる(令和3年度財政制度分科会の防衛関連資料)。

 つまり、どちらを基準にするかで数値は約4割も異なることになる。「アメリカから言われた」から従うのであれば、NATO基準による数字を採用すべきだろう。筆者はこの件を防衛省の防衛大臣記者会見で岸信夫防衛大臣に質したが、明確な回答はなかった。自民党の有力議員にきいても、公約の算定基準は決めていなかったという。これは政権与党の公約としては極めていい加減、無責任だと言わざるを得ない。

  実は、日本の防衛費の明示されている金額自体が怪しい。粉飾され、国民に実態がわかりにくいように世論操作されているといっても言い過ぎではない。

 防衛費は毎年8月末に概算要求が出る。これがたたき台となって財務省などと調整して政府予算の額が決定される。だが第二次安倍内閣からこの概算要求の一部が「事項要求」して金額を入れずに要求されている。

その金額は概算要求時には明らかにされず、政府予算案の時に明らかになるが、概ね2〜3千億円である。以前は金額が明示されていた予算が、突如金額を出さなくなったことに対する法的な根拠や合理的な説明は何もない。

 例えば新聞の見出しで「防衛費概算要求、5.3兆円」というのは「事項要求」を含まない金額だ。「事項要求」が3千億円ならば本来は「防衛概算要求、5.6兆円」となる。5.3兆円と5.6兆円では世論の印象も随分変わるだろう。だが新聞やテレビは防衛省の発表通りの「事項要求」には触れずに「事項要求」抜きの金額を報道する。このため国民は概算要求の金額を低めに認識している。

 更に問題なのはこれまた第二次安倍政権から始まった次年度予算と、当年度の補正予算の一体化だ。本来補正予算は予算編成時に想定していなかった支出、例えば大規模な災害派遣や、現在のような原油価格の急騰によって、著しく燃料費が高騰した場合等に対する追加の支出を手当するものだ。それは財政法第29条に明記されている。

 だが、第二次安倍政権からは航空機や装甲車、個人装備、施設の建設など、本来本予算で要求すべき予算を補正で賄っている。このため補正予算が「第二の防衛予算」あるいは「お買い物予算」化している。このため、実際の防衛費の伸びはより大きい。

 特に昨年度の補正予算は巨額で「お買い物予算」も大きい。

防衛省 防衛力強化加速パッケージ 令和3年度補正予算の概要

防衛省 防衛力強化加速パッケージ 令和4年度予算の概要

 岸田政権になってからは防衛省のサイトの令和3年の補正予算の項目には「防衛力強化加速パッケージ」と明記されて以下のように記されている。

「令和3年度から防衛力強化を加速できるよう、令和4年度予算と合わせて、令和3年度補正予算においても、現下の安全保障環境に対応するために必要な事業をしっかりと確保する」

 つまり、堂々と翌年度予算と当年度の補正予算の一体化を謳っているのだ。

 令和3年度補正予算の総額は7,738億円と巨額だ。そのうち本来の補正予算に当たるのは令和3年7月及び8月大雨の被害を受けた自衛隊施設の復旧の25億円、自衛隊による海賊対処行動や大規模接種センターの活動も踏まえた自衛隊病院等の運営等に必要な経費、原油価格の上昇に伴う燃料費の増額の384億円(内海賊対処は本来本予算で賄うべき)。つまり7,738億円の内、本来の補正予算は最大でも409億円に過ぎない。殆どが本来は本予算で要求すべき予算だ。

 その他の大部分は哨戒機、輸送機、ヘリコプター、地対空ミサイル、空対空ミサイル、魚雷、トラック、個人装備などの装備関連や、基地などの施設費用、米軍再編関係経費のうち地元負担軽減分など、いずれも本来は本予算で賄うべき予算だ。補正予算はその性質上、本予算に比べて手順が簡略されており、財務省の査定も甘くなりがちだ。つまり、政府は補正予算を打ち出の小槌として利用しているのだ。

 実態としては、翌年度の防衛予算+補正予算(−本当の補正予算)=本当の防衛予算となる。令和4年度の防衛費は過去最大の5兆3687億円だが、これに昨年度の補正予算の「お買い物予算」7,329億円を加えると、6兆1016億円となる。

 仮に、昨年の衆議院総選挙前に新聞などで防衛費概算要求が5.4兆円ではなく6.1兆円と報じられていたら、自民党や公明党は議席を減らしたのではないだろうか。無論、新聞やテレビなどの記者クラブメディアはこういうカラクリを殆ど解説してこなかった。これまた世論操作といわれても仕方があるまい。

 多くの政府の資料のグラフなどでは「防衛費」として表記されるのは当年の本予算の額のみである。補正予算の「お買い物予算」は含まれない。つまり、実際よりも過小な金額が掲載されているわけで、これをベースに議論をすれば事実を見誤ることになる。中国の国防予算は不透明だと政府もメディアも攻撃するが、日本の防衛予算も不透明なのだ。

 防衛費のGDP比2パーセントの議論において、上記のような事項要求や、補正予算の「お買い物予算」も含まれるか。これについても筆者は岸防衛大臣に会見で質したが明確な回答がなかった。つまり政府、与党自民党、公明党、防衛省という当事者が、何をもって防衛費をGDP比2パーセントとするかという基準すら持っていないことになる。

出典:清谷信一公式ブログ 清谷防衛経済研究所 財政制度分科会(令和3年11月15日開催) 防衛関連資料を読むその2

 そして、現状でも防衛予算は優遇されている。財務省では毎年財政制度分科会が開催されている。これは国の予算、決算および会計の制度に関する事項などを調査審議するものだ。その中に防衛分科会があり、そこで使用される資料が毎年公表されている。防衛省では出さない資料や都合の悪い指摘も含まれており、貴重な資料となっている。

この資料で防衛費が優遇されている事実が指摘されている。

財務省資料 防衛

防衛関係費と他の非社会保障関係費の動向(P6)

○ 防衛関係費は、厳しい財政事情の中にあっても、安定的かつ継続的に他の分野よりも手厚い増額を確保。

と、指摘している。平成27年度を基準にすれば防衛費の増額は約3400億円であり、「骨太」の歳出改革目安(非社会保障:2000億円)、公共事業約1,000億円、文教及び科学振興費約700億円と比べ、防衛費の伸びは3千億円と大きい。その他の費用が約3千億円マイナスで、それを全部防衛につぎ込んでいるような形となっている。つまり、今の状態ですら防衛費は長期的に相当優遇されているということだ。

 更に申せば我が国の借金は1220兆円、地方まで加えると1600兆円以上だ。GDPの2~3倍と巨額である。そしてその返済が進むどころか、本年度予算も30兆円以上を国債に頼っている。将来の少子高齢化は待ったなしで、人口減によるGDPや税収の減少も進んでいく。果たしてこのような財政状態で、防衛費を2倍に増やす余裕はあるのだろうか。果たしてその原資は存在するのか。

 実は防衛省のカネの使い方はでたらめであり、哨戒機P-1や輸送機C-2は調達単価も運用コストも外国の機体に比べて3倍以上だ。空自の救難ヘリも単価23.75億円で調達といって落札したが、実態は50億円以上で、二倍以上だ。機銃などの小火器にしても外国に比べて3~10倍も高い。防衛費を増やす前に、こういう他国の軍隊ではあり得ない乱脈を正すほうが先ではないのか。

写真:米海軍と自衛隊の合同演習(御殿場 2022年3月15日)

出典:Photo by Carl Court/Getty Images

 また、第二次安倍政権ではグローバルホーク・ブロック30、イージスアショアの導入をアセスメントもせずに決定し、お手つきでレーダーを調達したが白紙になった。これは、採用時に旧式化され、米空軍では退役予定のものだ。オスプレイは大変高価で陸自航空隊の予算を食いつぶしているなど、自衛隊に不要で高価な装備をまるで米国に貢ぐために導入しているかのようだ。これらの高価な米国製兵器の導入で、予算が食われて、整備費や訓練費、需品などに予算がまわらず自衛隊は弱体化している。

 公共事業で空港や道路を税金で整備する場合、乗数効果が高ければ経済が活性化して税収が増えるが、防衛費は単に税金を消費するだけで経済的な価値を産まない。しかも先述のように、昨今の装備調達は米国からのFMS(優勝軍事援助)が多く、雇用すら生じない。

 防衛費を5~6兆円も増やすよりは、その額を貧困対策や職業訓練、無償奨学金に当てて、勤労者の能力向上を図り、それによって税収を増やす、あるいは国債召喚費にあてて財政を健全化させる方が、結果として国力が上がり、将来の防衛費を負担できる基盤ができるのではないだろうか。

トップ写真:記者会見に臨む岸田文雄首相(2022年3月16日)

出典:Photo by Stanislav Kogiku – Pool/Getty Images

防衛予算過少に見せる安倍政権

https://japan-indepth.jp/?p=49781

新聞が誤報する史上最大の防衛補正予算

https://japan-indepth.jp/?p=63181

来年度の防衛予算5.3兆円が実はもっと多い訳

実際は5.7兆円、過小に見えているのはなぜか

https://toyokeizai.net/articles/-/398559

日本人は防衛予算の正しい見方をわかってない

2020年度は「5.3兆円超」でなく6兆円前後に?

https://toyokeizai.net/articles/-/313774

増額すれば自衛隊は強くなるという危険な幻想

防衛費

https://toyokeizai.net/articles/-/576169

補正予算は「平成の臨時軍事費特別会計」だ

防衛費は、補正を含めると5兆円の大台を突破

https://toyokeizai.net/articles/-/58914




この記事を書いた人
清谷信一防衛ジャーナリスト

防衛ジャーナリスト、作家。1962年生。東海大学工学部卒。軍事関係の専門誌を中心に、総合誌や経済誌、新聞、テレビなどにも寄稿、出演、コメントを行う。08年まで英防衛専門誌ジェーンズ・ディフェンス・ウィークリー(Jane’s Defence Weekly) 日本特派員。香港を拠点とするカナダの民間軍事研究機関「Kanwa Information Center 」上級顧問。執筆記事はコチラ


・日本ペンクラブ会員

・東京防衛航空宇宙時評 発行人(Tokyo Defence & Aerospace Review)http://www.tokyo-dar.com/

・European Securty Defence 日本特派員


<著作>

●国防の死角(PHP)

●専守防衛 日本を支配する幻想(祥伝社新書)

●防衛破綻「ガラパゴス化」する自衛隊装備(中公新書ラクレ)

●ル・オタク フランスおたく物語(講談社文庫)

●自衛隊、そして日本の非常識(河出書房新社)

●弱者のための喧嘩術(幻冬舎、アウトロー文庫)

●こんな自衛隊に誰がした!―戦えない「軍隊」を徹底解剖(廣済堂)

●不思議の国の自衛隊―誰がための自衛隊なのか!?(KKベストセラーズ)

●Le OTAKU―フランスおたく(KKベストセラーズ)

など、多数。


<共著>

●軍事を知らずして平和を語るな・石破 茂(KKベストセラーズ)

●すぐわかる国防学 ・林 信吾(角川書店)

●アメリカの落日―「戦争と正義」の正体・日下 公人(廣済堂)

●ポスト団塊世代の日本再建計画・林 信吾(中央公論)

●世界の戦闘機・攻撃機カタログ・日本兵器研究会(三修社)

●現代戦車のテクノロジー ・日本兵器研究会 (三修社)

●間違いだらけの自衛隊兵器カタログ・日本兵器研究会(三修社)

●達人のロンドン案内 ・林 信吾、宮原 克美、友成 純一(徳間書店)

●真・大東亜戦争(全17巻)・林信吾(KKベストセラーズ)

●熱砂の旭日旗―パレスチナ挺身作戦(全2巻)・林信吾(経済界)

その他多数。


<監訳>

●ボーイングvsエアバス―旅客機メーカーの栄光と挫折・マシュー・リーン(三修社)

●SASセキュリティ・ハンドブック・アンドルー ケイン、ネイル ハンソン(原書房)

●太平洋大戦争―開戦16年前に書かれた驚異の架空戦記・H.C. バイウォーター(コスミックインターナショナル)


-  ゲーム・シナリオ -

●現代大戦略2001〜海外派兵への道〜(システムソフト・アルファー)

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●現代大戦略2003〜テロ国家を制圧せよ〜(システムソフト・アルファー)

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●現代大戦略2005〜護国の盾・イージス艦隊〜(システムソフト・アルファー)

清谷信一

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