スー・チーさんに禁固5年の判決
大塚智彦(フリージャーナリスト)
「大塚智彦の東南アジア万華鏡」
【まとめ】
・ミャンマーの民主化指導者アウン・サン・スー・チーさんに対し、汚職の容疑で禁錮5年の有罪判決。
・裁判は軍の影響下で行われ、その公平性、中立性に疑問符が付く。
・昨年のクーデター以降、既に1798人の市民が殺害され、人道上の危機が続いている。
ミャンマー民主化運動の指導者で2021年2月1日にミン・アウン・フライン国軍司令官率いる軍によるクーデターで転覆されるまで民主政府の実質的指導者だったアウン・サン・スー・チーさんに対し、軍政の強い影響下にある裁判所が、汚職罪の容疑で4月27日に禁固5年の実刑判決を下した。
スー・チーさんはクーデター発生と同時に軍政によって身柄を拘束され、首都ネピドーの自宅に軟禁状態にされ、過去のあらゆる行動を軍政がチェックした結果として多数の容疑で訴追され、裁判所に出頭する以外の外出を禁じられているという状況が続いている。
▲写真 東京で行われた、軍によるスー・チー氏の身柄拘束に抗議するデモの様子(2021年2月) 出典:Photo by Carl Court/Getty Images
現地からの報道などによると、4月27日、スー・チーさんが率いていた民主政党「国民民主連盟(NLD)」の首席大臣だったピョー・ミン・テイン氏からビジネスへの特別配慮と引き換えに現金60万ドルと金塊11.4キロをスー・チーさんが受け取ったとする収賄罪容疑で訴追を受けていた。
ピョー・ミン・テイン氏はNLDの重鎮でスー・チーさんを引き継ぐとみられていた人物だが、裁判の過程で同氏が汚職罪でスー・チーさんに不利な証言をしていたという。
■ 裁判の公平性、中立性に疑問
これについて、クーデター後に軍政に対抗するために民主政府関係者などを中心に組織された地下組織「国家統一政府(NUG)」のティン・ウー法務大臣は、同氏は軍政に強要されて告発、裁判での証言を行ったものとの見方を示し、裁判の公平性、中立性に大きな疑問を投げかけた。
スー・チーさんは2021年10月に弁護士と面会した際にこの告発に関して「ばかげている」と述べ、容疑に関して全面的に否定していた。
スー・チーさんはこれまでに今回判決が下された汚職容疑に加えてNLDが勝利した2020年の総選挙で不正があったとする選挙容疑、コロナ拡大防止対策が不十分だったとする公衆衛生法容疑、不許可の通信機を使用していたという通信法違反容疑など11件の訴追を受けている。
スー・チーさんは弁護士を通じて全ての容疑を否認している。今回の禁固5年はこれまでに判決がでた6件の裁判で受けた実刑判決の刑期と合わせると計禁固11年となる。
■ 禁固の合計100年以上との見方も
地元メディアなどでは全ての訴追容疑での裁判で実刑判決がでたとすると、その刑期合計は100年を超える可能性もある、としており軍政がスー・チーさんの政界復帰を阻止して政治生命を完全に絶つことを意図していることは明らかである、としている。
ミャンマーでは裁判所は軍政の強い影響下にあり、裁判官と検察官は軍政の裁判指揮に口を挟むことは失職や懲戒や異動に結び付くことから唯々諾々と従っているのが実態といわれている。
裁判所は2021年10月にスー・チーさんと弁護士の面会を制限し、面会後にその内容を内外の報道陣に伝えることも弁護士に禁止する判断を示し、スー・チーさんの近況や裁判の詳しい状況が分からなくなっている。
76歳と高齢で実質的軟禁状態にあるスー・チーさんの健康問題への懸念も出ているが、軍政側は情報を遮断している。
■ ASEAN仲介も手詰まり状態
ミャンマーもメンバーである「東南アジア諸国連合(ASEAN)」はミャンマー問題の仲介・平和的解決を目指して動いているが、実質的な成果を生み出すことに失敗し続けている。
というのも2021年4月にインドネシアの首都ジャカルタでインドネシアのジョコ・ウィドド大統領など主導で開催されたASEAN緊急首脳会議の場でミャンマーの軍政トップであるミン・アウン・フライン国軍司令官も対面で出席し、「5項目の議長声明」で合意した経緯がある。
この合意には「即時武力行使の停止」と共に「ASEAN特使による全ての関係者との面会」との項目が含まれている。2021年10月までのASEAN議長国ブルネイのASEAN特使、10月以降の議長国であるカンボジアの特使による、ミャンマー軍政との交渉、ミャンマー訪問、ミン・アウン・フライン国軍司令官との会談などの努力にもかかわらず「武力行使停止」「全ての関係者としてのスー・チーさんとの面会」も実現していないのが実情だ。
▲写真 2021年4月のASEAN緊急首脳会議の会場前で行われた、軍に拘束された人々の解放を求めるデモの様子(インドネシア・ジャカルタ) 出典:Photo by Ed Wray/Getty Images
■ 依然と続く軍と民主派の戦闘
ミャンマー各地では現在も国軍と民主派「NUG」が「目には目を」として組織した武装市民組織「国民防衛隊(PDF)」や少数民族武装勢力との戦闘が続いており、実質的な内戦状態にあるという状況だ。
内戦状態の中でかつての民主政権、民主派への厳しい弾圧はミン・アウン・フライン国軍司令官率いる軍政の強権体質を表しており、ミャンマー問題の解決に向けた国際社会とりわけ地域に影響力をもつASEANのさらなる役割が求められている。
人権侵害、市民殺戮、戦闘激化はなにもウクライナだけではないのだ。
タイに本拠を置く人権団体「政治犯支援協会(AAPP)」によると、クーデター以降4月27日時点で軍政によって殺害された市民は1798人、逮捕・拘束された市民は10377人に達している。
トップ写真:アウン・サン・スー・チーさんの解放を求める人々 (2021年3月、ミャンマー・ヤンゴン) 出典:Photo by Hkun Lat/Getty Images
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この記事を書いた人
大塚智彦フリージャーナリスト
1957年東京都生まれ、国学院大学文学部史学科卒、米ジョージワシントン大学大学院宗教学科中退。1984年毎日新聞入社、長野支局、防衛庁担当、ジャカルタ支局長を歴任。2000年から産経新聞でシンガポール支局長、防衛省担当などを経て、現在はフリーランス記者として東南アジアをテーマに取材活動中。東洋経済新報社「アジアの中の自衛隊」、小学館学術文庫「民主国家への道−−ジャカルタ報道2000日」など。