スー・チーさん さらに禁固3年 計20年
大塚智彦(フリージャーナリスト)
「大塚智彦の東南アジア万華鏡」
【まとめ】
・スー・チーさんに新たに実刑判決、刑期は計20年に。裁判所はスー・チーさん側主張を一切受け入れず。
・スー・チーさんの政治生命を絶ち、来る総選挙で「国民民主連盟(NLD)」の参加を認めないのが軍政の目論見。
・軍政は英政府の要求跳ね除け、元駐ミャンマー英大使夫妻に禁固1年判決。日本人ジャーナリストも拘束、訴追。
ミャンマー軍事政権の強い影響、管理下にある裁判所は9月2日、2021年2月1日に起きたクーデター前の民主政府で実質的指導者でありノーベル平和賞受賞者でもあるアウン・サン・スー・チーさんに対し、選挙違反の罪で禁固3年の実刑判決を言い渡した。
スー・チーさんは複数の罪約20件で訴追されており、今回の判決を含めてこれまでに判決が出た5つの裁判ではいずれも禁固刑の有罪判決が下され、刑期の合計は20年に及んでいる。
裁判はスー・チーさんが収監されている首都ネピドー郊外にある刑務所敷地内に特別に設けられた法廷で行われた。これまでの全ての裁判と同様にスー・チーさんは訴追された罪を全面的に否定しているが、裁判所はスー・チーさんや弁護団の主張を一切聞き入れない姿勢を貫いている。
こうした厳しい判決の背景にはミン・アウン・フライン国軍司令官をトップとする軍政によるスー・チーさんの「政治生命を完全に断ち切る」との目論見があるのは間違いない。
そして「いずれ治安が安定したら2023年8月までに実施する」と軍政が公にしている総選挙にスー・チーさんや民主政府の与党だったスー・チーさん率いる「国民民主連盟(NLD)」の参加を何としても認めない姿勢の表れといえる。
軍政はNLDを違法組織として党幹部らを摘発対象にしており、いずれ実施されるかもしれない総選挙も民主勢力を排除した軍政による官製選挙となることは確実とみられており、ミャンマーの民主化への道のりはますます険しくなっているのが実情だ。
写真)ミン・アウン・フライン国軍司令官にバツ印をつけた盾を持つ反軍政デモ隊(2021年3月2日 ミャンマー・ヤンゴン)
出典)Photo by Hkun Lat/Getty Images
今年77歳になったスー・チーさんは8月初めに独房内の洗面所で転倒しそうになったといわれ、健康問題への懸念が高まっている。
独房ではネピドーの自宅軟禁中にそばにいた医療スタッフや身の回りを世話する女性や英国在住の次男から贈られた愛犬の同伴が許可されずに、刑務所側が手配した3人の女性が世話をしているという。
食事の質と量が不十分なため、毎週行われる公判に同席する弁護士が特別の食事を手配しているという。
刑務所内のスー・チーさんの動静に関しては軍政が弁護士らに口外を厳禁しているため、刑務所関係者や出入りする民間人らによる断片的な情報しか伝わってこない。支援組織や民主派団体の焦燥は高まっている。
■ 軍政は自由で公正な選挙実施を掲げる
今回の裁判では2020年に民主政権下で実施された総選挙に際して票の操作や選挙人登録での不正などがあり「大規模、組織的な不正が行われた」と軍政は主張して選挙法違反罪でスー・チーさんを訴追していた。
この時の総選挙では与党のNLDが圧勝したが、軍政はその選挙結果を無効としている。
現在は2021年8月1日に軍政が設置した「国家統治評議会(SAC)」が暫定政府として軍政を支えている。
SACの議長はミン・アウン・フライン国軍司令官が兼務しており「憲法に基づく自由で公正な選挙の実施」を目標に掲げているが、「自由で公正な選挙」の実施は現状では非現実的といわざるを得ない。
■ 元英大使に禁固1年の判決
中心都市ヤンゴンにあるインセイン刑務所内に特設された裁判所は9月2日に英国の元ミャンマー駐在大使だったビッキー・ボウマンさんに対し入国管理法違反の罪で禁固1年の実刑判決を下した。
ミャンマー国内でビジネス支援活動行う団体の代表を務めるボウマンさんは入管に届け出ていたヤンゴン市内の住居から移転した際に入管への届け出や許可をしなかったとして入管法違反で8月24日に身柄を拘束され、訴追されていた。
ボウマンさんの夫でミャンマー人芸術家のテイン・リン氏もボウマンさんの入管法違反幇助の罪で訴追され、裁判で同じく禁固1年の判決を受けた。
ボウマンさん夫妻の裁判は身柄拘束から10日で結審して判決が言い渡されるというスピード裁判だった。
ボウマンさん夫妻の「早期釈放」を求めていた在ミャンマー英国大使館や英外務省などからの要求をはねつけ、英政府が実施しているミャンマーへの経済制裁に強い姿勢を示すことでプレッシャーをかけたいとの意向が軍政に働いたとの見方が有力だ。
■ 日本人久保田氏は以前拘留中
一方、7月30日にヤンゴン市内で行われた反軍政デモを取材中に当局に身柄を拘束された映像ジャーナリストの久保田徹氏は8月16日にヤンゴンのインセイン刑務所内の特設裁判所で初公判が非公開で行われた。それ以降は動静に関する情報は明らかになっていない。
久保田氏の罪は、観光ビザでミャンマーに入国しジャーナリスト活動をした「資格外活動」だが、同時に「社会秩序を乱そうとした」扇動罪にも問われているとされ、裁判の長期化が心配されている。
トップ写真:反軍政デモ(2021年2月16日 ミャンマー・ヤンゴン)
出典:Photo by Hkun Lat/Getty Images
あわせて読みたい
この記事を書いた人
大塚智彦フリージャーナリスト
1957年東京都生まれ、国学院大学文学部史学科卒、米ジョージワシントン大学大学院宗教学科中退。1984年毎日新聞入社、長野支局、防衛庁担当、ジャカルタ支局長を歴任。2000年から産経新聞でシンガポール支局長、防衛省担当などを経て、現在はフリーランス記者として東南アジアをテーマに取材活動中。東洋経済新報社「アジアの中の自衛隊」、小学館学術文庫「民主国家への道−−ジャカルタ報道2000日」など。