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.国際  投稿日:2021/6/15

ミャンマー、スー・チー氏徹底排除へ


大塚智彦(フリージャーナリスト)

「大塚智彦の東南アジア万華鏡」

【まとめ】

・軍政府はスー・チー氏を次々と訴追することで拘束を長期化。

・将来的な軍主導総選挙からスー・チー氏等反軍派の排除を狙う。

・社会経済活動再開の裏で、内戦の危機に直面している。

 

2月1日にクーデターで政権を掌握した軍は民主的政府復活を求めて軍政に反対する一般市民に対して実弾発砲を含む強権的手法で治安維持に当たっている。

その結果、これまで800人以上が犠牲となり、北部や西部を拠点とする少数民族武装組織と軍との衝突も激化が伝えられるなどミャンマー情勢は混迷の度を深めている。

そうした不安定の中で軍政はトップのミン・アウン・フライン国軍司令官の指示の下、クーデター前の民主政府の実質的な指導者としてミャンマーを率いていたアウン・サン・スー・チー国家最高顧問兼外相に対する締め付けを強化している。

2月1日のクーデター発生直後に首都ネピドーで軍によって身柄を拘束され、自宅に軟禁状態となっていたスー・チーさんは軍政から複数の容疑で起訴され、現在公判が続いている。

■複数の容疑でスー・チーさん訴追

これまで明らかになっている容疑には「不法に外国から無線機を取得した輸出入法違反」や「2020年11月の総選挙時にコロナ感染防止対策を怠った自然災害管理法違反」、「免許がないのに通信機器を所持した通信法違反」などが含まれている。3月1日にはこれらの容疑に加えて、スー・チーさんが率いた政党「国民民主連盟(NLD」関係者やクーデター後に民主派が結成した「国民民主連盟(NLD)」などが「国際社会に反軍政の声明を出し、社会不安を扇動した刑法違反」が加えられたといわれている。

そして6月9日、軍政はスー・チーさんを「地方当局関係者から55万ドル相当(約6000万円)の金塊を受け取った汚職防止法違反容疑」で追加訴追したことが明らかになった。

軍政としては訴追を追加することで拘束期間と裁判の長期化を図り、加えて有罪判決による長期の「服役」でスー・チーさんの社会復帰を遅らせ、ひいては政治的影響力の低下を企図しているものとみられている。

■スー・チーさんの出廷写真公開

身柄を拘束されて自宅軟禁後に訴追されたスー・チーさんだが、この期間、担当弁護士もスー・チーさんに面会することができず、消息が一時途絶え市民の不安が高まった時期もあった。

こうした中、4月31日に弁護団のキン・マウン・ゾウ弁護士がオンラインでスー・チーさんと面会することができ、2月1日以降初めて消息が明らかになった。同弁護士は「映像でみる限り健康そうだった」とスー・チーさんの健康状態にも言及、民主派はとりあえず一安心したのだった。

そして5月24日に軍政は公判に出廷するスー・チーさんの写真を公開した。この時はミン・ミン・ソー弁護士が約30分、スー・チーさんと直接面会することができた。スー・チーさんは弁護士を通じて国民に「民主政府は国民がいる限り存続する」とのメッセージを送った。

こうした弁護士との面会や公判写真の公開は、軍政が司法を掌握していることを内外に示し、反軍政の動きや市民のスー・チーさん支持を抑えこもうとする動きとみられている。

■狙いは総選挙からのスー・チーさん排除

こうした一連の軍政によるスー・チーさんへの動きは、ミン・アウン・フライン国軍司令官率いる軍政がクーデター後に明らかにした「2年以内に情勢が安定したら民主的選挙を実施して、選ばれた政府に政権を移譲する」とする「公約」の実現を視野に入れたものであるといえる。

つまり将来実施される軍政主導による「民主的な選挙」からスー・チーさんの政党NLDや反軍政組織「NUG」やスー・チーさんを含めたその関係者を完全に排除することで軍政関連政党などの勝利を確実に、引き続き軍の政治への強大な影響力を維持したいとの狙いがあるのは間違いない。

このため軍政はNUGを非合法組織としてメンバーである「閣僚」の摘発に全力を挙げ、組織の解体を目指している。

こうした軍政のあからさまな「民主派潰し」「スー・チーさん排除」に対して反軍政を掲げるNUGは自主的防衛組織として「国民防衛隊(PDF」を組織して、「目には目を」「武力には武力を」の路線を打ち出し、軍政との対決姿勢をさらに強めている。

▲写真 即席の武器を持ち軍へ抗議する市民(ヤンゴン 2021年4月3日) 出典:Stringer/Getty Images

都市部の学生を中心とする若者が「カレン民族同盟(KNU)」などの少数民族武装組織と連携、ジャングルでの銃の使い方、ゲリラ戦の手法などの軍事訓練、武器提供を受けて既に都市部に戻っている、との報道もある。

少数民族武装組織も周辺部で軍の拠点などへの攻撃をエスカレートしており、軍は報復として空爆や砲撃を繰り返しているという。

主要都市ヤンゴンでは最近、商店や飲食店、市場、銀行などが次々と営業を再開して、経済活動が復活しているという。「社会的安定」「市民生活正常化」で政権掌握をアピールする軍政の指示と同時に経済的な困窮から商売を再開せざるを得ないという市民の状況も背景にはあるという。

こうした表向きの社会経済活動の「安定」の裏で、都市部では武装市民による蜂起、そして周辺部では少数民族武装組織による軍への攻撃というように、スー・チーさんが表舞台から消えたミャンマーは「内戦の危機」という最大の危機に直面している。

トップ写真:アウン・サン・スー・チー氏(シンガポール 2018年11月12日) 出典:Suhaimi Abdullah/Getty Images




この記事を書いた人
大塚智彦フリージャーナリスト

1957年東京都生まれ、国学院大学文学部史学科卒、米ジョージワシントン大学大学院宗教学科中退。1984年毎日新聞入社、長野支局、防衛庁担当、ジャカルタ支局長を歴任。2000年から産経新聞でシンガポール支局長、防衛省担当などを経て、現在はフリーランス記者として東南アジアをテーマに取材活動中。東洋経済新報社「アジアの中の自衛隊」、小学館学術文庫「民主国家への道−−ジャカルタ報道2000日」など。


 

大塚智彦

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