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.国際  投稿日:2022/5/10

「新疆化」する上海市


澁谷司(アジア太平洋交流学会会長)

 【まとめ】

・「ゼロコロナ政策」下、上海市住民が新疆と同じように厳重な社会的統制と監視の対象に。

・習近平氏は「経済成長」と矛盾する「ゼロコロナ政策」推進を強調。“デジタル全体主義”で次に北京市、中国全土を「新疆化」か。

・中国各地での国際イベントが次々中止に。「習派」と、習氏3期目阻止の「反習派」による熾烈な党内闘争が進行中か。

 

今年(2022年)5月6日、『ニューヨーク・タイムズ』には袁莉による「上海市の『新疆化』」という興味深い論考が掲載(a)された。

最初の一部は、次の拙訳通りである。

かつて上海と新疆は、コインの裏表のような存在だった。

上海は中国の光・輝き、そこには摩天楼、アールデコスタイルのアパートが立ち並び、中流階級の人々はパリでショッピングし、日本の京都を散策した。

一方、新疆ウイグル自治区(以下、新疆)は中国の暗部である。新疆はテキサス州の2倍の面積を持ち、1000万人以上のイスラム系少数民族が暮らす。彼らは大規模な拘禁、宗教的弾圧、デジタルによるプライバシー侵入や物理的な監視の下に置かれている。

今年4月以来、上海の2500万人住民は、市全体が厳重に封鎖される中、若干、新疆のような待遇を受けた。

ウイグル人は安全保障上の脅威がないことを証明するため検問所に行列を作るが、上海市民は、コロナ流行の中、その陰性を証明するため、何度もPCR検査を待つ行列に並ばなければならなかった。

▲写真 ウイグル族への弾圧が続く新疆ウイグル自治区(2009年7月7日 ウルムチ) 出典:Photo by Guang Niu/Getty Images

政府による上海市「ゼロコロナ政策」の政治的スローガンは、新疆の弾圧のそれと呼応している。両地域の住民はいずれも社会的統制と監視の対象になった。新疆の住民は再教育キャンプに送られ、陽性判定を受けた約50万人の上海市民は隔離センターに送られる。

多くの上海住民の経験は2017年以降、新疆でウイグル人とカザフ人が経験した残酷な暴力とは比較にならない。だが、彼らは皆、偏執的な妄想と不安、行き過ぎた権威主義に起因する無意味な政治運動の犠牲者である。

厳重なロックダウンを行う都市が増えるにつれ、人々は、パンデミック中、政府に明け渡す前、彼らが持っていた小さな個人の自由を取り戻すことができるかどうか、初めて真剣に議論している。

新疆やチベット、監視社会に関する著作のある王力雄は、「上海市の閉鎖は、社会統制のストレステスト(耐久試験)だ」とインタビューに答えた。「もし、当局が上海のような複雑な社会をコントロールできるなら、中国のどこでもコントロールできるだろう」

SFだけでなくノンフィクションも執筆している王力雄は、3月から上海で監禁されている。王は、今日よりもさらにディストピア(暗黒郷)的な未来の中国を恐れている。“デジタル全体主義政権”は、戦争、飢饉、気候災害、経済崩壊など、将来の危機において、すべての人々を監視し、各地域を強制収容所にし、同じ鉄拳で社会を支配する。

以上のように、習近平政権は、まず上海市を「新疆化」した。次に、北京市も「新疆化」する。更に、中国全土を「新疆化」するのかもしれない。

4月29日、中央政治局会議が開催(b)された。習近平主席は「(動態的)ゼロコロナ政策」を実施し、年間経済発展目標(GDP5.5%成長)の達成に努めると言明した。

ただし、この2つの目標は、相矛盾する。「ゼロコロナ政策」に固執すれば、経済成長は困難となる。他方、経済を優先すれば、「ゼロコロナ政策」は破綻するだろう。

ところが、5月5日に行われた中央政治局会議で、習主席は「防疫政策を歪め、疑い、否定するあらゆる言動と断固戦う」と改めて強調(c)している。この時点で、習政権は、経済成長を“放棄”した可能性が高い。

おそらく「ゼロコロナ政策」は、上海市と北京市という2大重要都市を「新疆化」するための“口実”かもしれない。習政権は、ジョージ・オーウェルが『1984』(1949年刊行)で描いたような、「ビッグ・ブラザー」が人々を完全に監視下におく“デジタル全体主義政権”を構築するつもりではないだろうか。

▲写真 習近平国家主席(左)と李克強首相(右)(2022年3月10日 北京) 出典:Photo by Kevin Frayer/Getty Images

ただ、未だ「習派」に歯向かう「反習派」(李克強首相の国務院「実務派」と趙楽際の「中央紀律検査委員会」)が存在する。「上海閥」と「共青団」がスクラムを組み、習総書記の3期目阻止という目標で共闘している公算が大きい。目下、水面下で、「習派」と「反習派」による熾烈な党内闘争が進行中だと考えられよう。

そのためか、6月から7月にかけて四川省成都市で開催予定だったワールドユニバーシティゲームズが延期(d)された。また、9月の浙江省杭州市でのアジア大会の延期も決定している。

更に、5月6日、世界陸連は7月30日に上海市で、8月6日に広東省深圳市で開催を予定していたダイヤモンドリーグ(ワールドアスレティックス主催の最高峰のリーグ戦)の2試合を中止にすると発表した。

 

<注>

(a)『ニューヨークタイムズ』「上海は新疆ウイグル自治区になったのか?」

「英文」(Has Shanghai Been Xinjianged? – The New York Times)

「中文」(https://cn.nytimes.com/china/20220506/shanghai-xinjiang-china-covid-zero/)。

(b) 『中国瞭望』「ゼロコロナからGDP5.5%まで:習近平は政治独裁から政治的賭けへと進む」(2022年5月5日付)

(c)『VOA』「習近平は『ゼロコロナ政策』を主張し、批判は許されない チャイナウォッチャー:悲惨な結末が待っている?」(2022年5月6日付)

(习近平坚持“清零”还不准批评观察人士:将迎来灾难性结局?)。

(d)『月刊陸上』「【陸上】上海、深センで開催予定のダイヤモンドリーグが中止 アジア大会、ユニバの延期に続きコロナ禍の影響続く」(2022年5月6日付)

トップ写真:北京でも陽性者が相次ぎ、次々と建物が封鎖されている(2022年5月5日 北京市) 出典:Photo by Andrea Verdelli/Getty Images




この記事を書いた人
澁谷司アジア太平洋交流学会会長

1953年東京生まれ。東京外国語大学中国語学科卒。東京外国語大学大学院「地域研究」研究科修了。元拓殖大学海外事情研究所教授。アジア太平洋交流学会会長。

澁谷司

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