比大統領選、マルコス候補が当確
大塚智彦(フリージャーナリスト)
「大塚智彦の東南アジア万華鏡」
【まとめ】
・マルコス元大統領の長男で前上院議員のフェルディナンド・マルコス候補が圧倒的多数の得票を獲得し当選を確実にしたが、「暗黒時代への逆戻り」を懸念する声も強く、今後も緊張状態が続く可能性のあるといえる。
・「ドゥテルテ政権の主要政策は継承する」ことを明らかにしていることから、今後も経済政策での中国による経済支援、インフラ投資などへの依存という対中融和策は継続される可能性が極めて高い。
・現状ではマルコス元大統領の長男と現ドゥテルテ大統領の長女サラによる正副大統領という異例の新政権が誕生する可能性が極めて高くなっており、サラ候補者は副大統領と教育相を兼務する可能性も出てきた。
フィリピンの大統領選は5月9日に投票が行われ、選挙管理委員会などの非公式集計ではマルコス元大統領の長男で前上院議員のフェルディナンド・マルコス(愛称ボンボン・マルコス)候補が圧倒的多数の得票を獲得し、当選を確実にした。
ボンボン・マルコス陣営では10日からマニラ首都圏マンダルーヨン市の選対本部周辺で勝利を祝う支持者らの集会が断続的に開かれ、支持者は歓喜に酔った。
ボンボン・マルコス候補の報道担当を務めるビッグ・ロドリゲス氏によると11日の開票率98%の時点でボンボン・マルコス候補は約3109万票で2位の副大統領レニー・ロブレド候補との差が1600万票と大差をつけており、ロドリゲス氏は「ボンボン・マルコス候補が次期大統領に就任する」と勝利を確信するコメントを発表している。
主要野党の統一候補として政権交代を目指した副大統領のレニー・ロブレド候補は、反ドゥテルテ大統領、反マルコス元大統領の支持を結集することはできなかった。
ただ野党陣営は一斉に「正確な集計結果の確定を」「マルコス元大統領時代の強権弾圧政治への回帰反対」などを唱えてマニラ市イントラムロスにある選管本部前などで抗議活動を始めており、警戒にあたる警察部隊とのにらみ合いが続いているという。
写真)5月10日、マニラで警戒を続ける反マルコス・ドゥテルテのデモ隊。
出典)Photo by Lauren DeCicca/Getty Images
6階級制覇の世界的プロボクサーで国民的英雄でもあるマニー・パッキャオ候補は貧困層の支持を訴えたが、集会に集まる群衆の数が得票数に結びつかず、11日に大統領選での敗北宣言に追い込まれた。
貧民街出身の俳優でマニラ市長のイスコ・モレノ候補も全国的な知名度と人気がありながらも得票を伸ばすことは難しく、敗北が確実な状況に追い込まれている。
★対中融和策を継承へ
大統領就任が確実となったボンボン・マルコス候補は選挙戦でコロナ禍により疲弊した国民生活の回復と沈滞する経済状況の改善を前面に出して有権者にアピール、外交安全保障などの政治方針は封印してきた。
さらにマルコス元大統領時代の反政府活動家や学生への強権的弾圧、反政府メディアへの厳しい検閲、マルコス一族の不正蓄財疑惑などへの追及を回避するために選挙運動中は滅多に記者会見も行わず、選管主催の大統領候補者による公開討論会にも出席せず、SNSや地方遊説などをフルに活用した選挙戦を展開した。
このため新たに誕生するボンボン・マルコス政権の外交安全保障政策などは不明確だが、本人が「ドゥテルテ政権の主要政策は継承する」ことを明らかにしていることから、今後も経済政策での中国による経済支援、インフラ投資などへの依存という対中融和策は継続される可能性が極めて高いとみられている。
懸案の南シナ海での領有権問題についてもドゥテルテ政権と同様に「表向きは譲らない姿勢ながら本音は現状維持」を貫き、余計な波風を絶たせず、米国との関係も維持するというこれまでの外交政策が予想されている。
大統領選と同時に行われた副大統領選ではドゥテルテ大統領の娘ミンダナオ島ダバオ市の市長サラ・ドゥテルテ候補が圧倒的リードをしており、副大統領当選がこちらも確実な情勢となっている。
現状ではマルコス元大統領の長男と現ドゥテルテ大統領の長女による正副大統領という異例の新政権が誕生する可能性が極めて高くなっている。
11日にテレビ放送で会見したボンボン・マルコス候補は「まだ開票作業が100%終わっていない」として自身の勝利宣言は行わず、ペアを組んで共闘してきたサラ副大統領候補について「教育相の仕事は困難だが、私がサラさんにできるかと聞いたところ、教育相就任を受諾した」と早くも新内閣の人事に着手したことを明らかにした。このためサラ候補者は副大統領と教育相を兼務する可能性も出てきた。
今回の大統領選はボンボン・マルコス候補の圧勝に終わりそうだが、「ドゥテルテ政権の継承」をうたい、独裁政権だったマルコス元大統領の子息による政権運営にはマルコス元大統領時代を知る人々や人権活動家などからは「暗黒時代への逆戻り」を懸念する声が強く、今後も緊張状態が続く可能性のあるといえるだろう。
トップ写真)5月10日、マニラで集会を行うマルコス候補支持者。マニラで部分的に結果が出始め、彼がリードしているため、彼の本部の前で手をあげて応援している。
出典)Photo by Lauren DeCicca/Getty Images
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この記事を書いた人
大塚智彦フリージャーナリスト
1957年東京都生まれ、国学院大学文学部史学科卒、米ジョージワシントン大学大学院宗教学科中退。1984年毎日新聞入社、長野支局、防衛庁担当、ジャカルタ支局長を歴任。2000年から産経新聞でシンガポール支局長、防衛省担当などを経て、現在はフリーランス記者として東南アジアをテーマに取材活動中。東洋経済新報社「アジアの中の自衛隊」、小学館学術文庫「民主国家への道−−ジャカルタ報道2000日」など。