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.国際  投稿日:2022/4/13

白熱する比大統領選


大塚智彦(フリージャーナリスト)

「大塚智彦の東南アジア万華鏡」

【まとめ】

・五月のフィリピン大統領選、マルコス元大統領の長男とドゥテルテ現大統領の娘のペアが強いが、現副大統領も猛追。

・このペアは現大統領がマルコス元大統領の遺体を英雄墓地に埋葬したことがきっかけで結びつきが深まった。

・大統領選には有名人も立候補した他、同時期に様々な選挙も行われ、内外から注目されている。

 5月9日に投票されるフィリピンの大統領選が白熱を帯びてきた。これまでの各種世論調査で常に断トツのトップを走ってきたフェルディナンド・マルコス・ジュニア(愛称ボンボン)前上院議員とペアを組む副大統領候補、ミンダナオ島ダバオ市のサラ・ドゥテルテ市長だが、ここへ来て野党統一候補のレニー・ロブレド副大統領が大学生や労働団体などの支持を取り付け、猛追している。

 名前が示す通り、ボンボン候補はかつて戒厳令を布告して反政府、反マルコス陣営を弾圧したフィリピンの「暗黒時代」を生み出した張本人マルコス元大統領の長男である。

 このため当時を知る一定年齢層は「悪夢の時代への逆戻り」を警戒しているのだ。

 しかし高いボンボン候補への支持率の背景には、強い指導者への期待、麻薬犯罪への厳しい取り締まりへの支持などが農村部や都市部の若年労働者の間で根強いことも事実だ。特にマルコス元大統領の出身地で、長女エイミーさんが州知事を務めた北イロコス州を中心としたルソン島北部での支持は圧倒的だ。

★独裁者と強権大統領の息子、娘の政権か

 現状のまま投票日を迎えると、独裁者マルコス元大統領の息子と麻薬事件捜査で法的手続きを無視した「超法規的殺人」を黙認したり、反政府メディアを弾圧したりするなど強権政治を続ける現職のドゥテルテ大統領の娘という政権が誕生する可能性が高いとみられている。

写真)フェルディナンド・マルコス・ジュニア(愛称ボンボン)前上院議員とサラ・ドゥテルテ市長。それぞれ大統領・副大統領候補(2022/02/19)

出典)Photo by Ezra Acayan/Getty Images

 もっとも、フィリピンの大統領選はインドネシアのように正副大統領のペアに投票するのではなく、大統領と副大統領は別々の投票となる。

 ドゥテルテ大統領はフィリピン最大与党「ラバン」が支持母体だったが、野党「自由党」のレニー・ロブレドさんが副大統領に選出され、「超法規的殺人」や「メディア弾圧」「親中国外交」などのドゥテルテ大統領の政策に反対を表明するなど政権内のバランスをとってきた経緯がある。これはある意味でマルコス政権を打倒してエドサ革命で民衆が勝ち取ったフィリピンの民主主義の成果の一端といえるだろう。

★政権交代狙う野党候補が善戦

こうしたボンボン候補の圧倒的な知名度や支持率に対して野党統一候補として政権交代を狙うレニー・ロブレド副大統領には若い大学生の支持が広がっている。首都圏の主要大学の学生を対象にした世論調査ではどの大学でもレニー・ロブレド副大統領の支持が80%を超えた、との報道もある。

 

写真)大統領選のキャンペーンとして集会に参加したレニー・ロブレド副大統領(2022/03/20)

出典)Photo by Ezra Acayan/Getty Images

大統領選、副大統領選と同時期に上下院議員選挙、地方議会選挙、地方自治体首長選挙なども実施され、選挙好きでなおかつお祭り好きのフィリピン人はいやがうえにも盛り上がっているのだ。

★世界的ボクサーや元俳優も立候補

 大統領選にはこの他に6階級制覇を成し遂げた世界的プロボクサーで国民的英雄でもあるマニー・パッキャオ上院議員、俳優として人気の高かったマニラ市長のイスコ・モレノ氏なども知名度を背景に精力的な選挙キャンペーンを展開している。

集会や演説会には世界的ボクサーや「イケメン」の元俳優を一目見ようと、人だかりができるがそれが支持、投票につながるかが鍵となる。

★ボンボン候補に脛の傷

 ボンボン候補は父親であるマルコス元大統領や妻であり母である元下院議員のイメルダ・マルコス夫人に関わる数々の醜聞、批判、訴追などに関しては、極力黙秘を続けている。

 選挙管理委員会が主催する大統領候補者の討論会にもボンボン候補は欠席を続けている。討論会は汚職問題や人権問題、対中国外交などがテーマだが他の候補者から過去の問題などを追及されることを回避するための欠席、と言われている。

 ボンボン陣営は、討論会より地方遊説が優先である、と討論会欠席を正当化している。それ以外にも数々の過去の問題で野党系議員や人権団体が選管にボンボン候補の立候補取り消しを求めているが、選管はいずれも却下しているという。

エイミーさんも「いずれのケースも過去の亡霊に過ぎない」とボンボン候補への「いちゃもん」に反論している。

 マルコス家とドゥテルテ大統領は長年マルコス一族が念願していた故郷北イロコス州に眠る故マルコス大統領の遺体をマニラの英雄墓地に埋葬することだった。ドゥテルテ大統領が大統領就任直後の2016年8月に決断してマルコス元大統領の英雄墓地への埋葬が実現して以来、近い関係となったといわれている。

 それが今回の大統領選でマルコス元大統領の長男とドゥテルテ大統領の娘による正副大統領立候補に結び付いているとみる人は多い。

 果たしてどうなるか、白熱する選挙戦の行方に内外の注目は高い。

トップ写真)集会を行うフェルディナンド・マルコス・ジュニア(愛称ボンボン)前上院議員(2022/02/19)

出典)Photo by Ezra Acayan/Getty Images




この記事を書いた人
大塚智彦フリージャーナリスト

1957年東京都生まれ、国学院大学文学部史学科卒、米ジョージワシントン大学大学院宗教学科中退。1984年毎日新聞入社、長野支局、防衛庁担当、ジャカルタ支局長を歴任。2000年から産経新聞でシンガポール支局長、防衛省担当などを経て、現在はフリーランス記者として東南アジアをテーマに取材活動中。東洋経済新報社「アジアの中の自衛隊」、小学館学術文庫「民主国家への道−−ジャカルタ報道2000日」など。


 

大塚智彦

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