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.国際  投稿日:2020/8/19

比ルソン島で政府軍と新人民軍交戦


大塚智彦(フリージャーナリスト)

「大塚智彦の東南アジア万華鏡」

【まとめ】

・比で陸軍と「新人民軍(NPA)」が交戦、死傷者が出た。

・ドゥテルテ氏はNPA和平路線が難しく対決姿勢が強まっている。

・ドゥテルテ氏は高い支持率も、国内外に多くの課題を抱える。

 

フィリピン・ルソン島北西部にある南イロコス州で8月8日、巡回パトロール中の陸軍兵士とフィリピン共産党(CPP)の軍事戦闘部門である「新人民軍(NPA)」のメンバーとの間で交戦状態となり、NPAメンバーと兵士の7人が死亡し、兵士5人が負傷したほか、戦闘の巻添えとなった市民1人が死亡、市民2人が病院で手当を受ける事態になった。

これは9日にルソン北部地区陸軍関係者が地元メディアなどに明らかにしたもので、交戦は8日の午後、同州の海岸沿いの街サンタ・ルシア付近で発生し、激しい銃撃戦による交戦は同日夜まで続いたとしている。

軍関係者によるとこの戦闘でNPAのメンバー6人と陸軍第702歩兵旅団所属の兵士1人が死亡した。また激しい戦闘に巻き込まれた市民1人が死亡したほか、負傷者もでたほか付近の約200人の周辺住民が戦闘を逃れるため一時郊外などへ避難する事態となったという。

軍関係者によると戦闘状態となったNPAのメンバーはフィリピン共産党傘下の一つで各地区において反政府運動を展開するNPAのルソン島北部イロコス地方の分派組織で「ネロ」と呼ばれる人物が指揮官として活動しているグループとみている。

 

■ 東南アジアで最も長い武装闘争の一つ

NPAは1969年に設立された戦闘組織で東南アジアでも最も長い反政府活動を続けている組織の一つとされている。フィリピンの農村部や山間部で活動し、主な拠点は南部のミンダナオ地方北部や東部で戦闘員の半数以上は同地域に展開しているとされる。さらにルソン島やビサヤ地方でも活動しており、低所得者層や農民の支持を受けているとされ、現在の戦闘員としてのメンバーは全土で約3700人と見積もられている。

活動・戦闘資金調達のために企業襲撃や身代金目当ての誘拐にも手を染め、1986年に発生した日本の総合商社マニラ支店長誘拐事件への関与も認めているほか、2018年に至ってもミンダナオ島ダバオの日系企業への襲撃などを続けている。こうした犯罪行為ともいうべき活動から、実際には国民の支持はかなり失われているとの見方もある。

 

■ ドゥテルテ大統領は和平交渉断念

2016年6月に政権についたドゥテルテ大統領は当初NPAを含む多くの反政府勢力との間での和平を標榜して、同年7月にはNPAとの間で一方的に停戦を宣言、NPA側もこれに応じて停戦が実現して和平に向けた交渉が開始された。

しかしNPA側が大量の政治犯釈放などを要求するなど和平条件巡って意見が対立したほか、各地でNPA側が軍部隊への攻撃を完全に停止せずに襲撃事案が続いた。

こうしたことから2017年には戦闘が再開、双方による停戦破棄の通告を経てドゥテルテ大統領はNPAとの和平交渉の打ち切りを宣言する事態となり、以来各地で軍部隊との衝突、戦闘が現在まで続いている。

▲写真 ドゥテルテ大統領(2016) 出典:Presidential Communications Operations Office

ドゥテルテ大統領はNPAとの和平交渉断念と同時に他の反政府勢力や武装勢力との間の和平路線も実現が難しくなった結果として現在は各地で対決姿勢が強まっている

軍や警察などの治安当局はこのほかに麻薬シンジケートや中国人オンライン犯罪集団などとの対決、南シナ海では中国艦艇との対峙なども抱えており、多方面同時作戦を強いられる状況となっているという。

 

■ 内憂外患のドゥテルテ政権

今年4月にはコロナ感染防止対策の一環として住民に支援物資を運搬する政府職員を警護していた軍兵士がNPAの攻撃を受けて死亡する事件が起きた。ドゥテルテ大統領は「誇りある職務遂行中の兵士が殺害されたことは悲しい出来事である。犯行グループにはいつでも報いの罰が下されるだろう。和平交渉など絶対に2度とあり得ない」と激怒して、この時の犯行グループとされるNPAに対し「絶縁状」を叩きつけたのだった。

現在はコロナ感染防止の対策で手一杯の状態であるドゥテルテ大統領だが、NPAとの戦闘他にもの南部スールー諸島やミンダナオ島では「アブ・サヤフ」をはじめとするイスラム系武装組織によるテロとの戦いにも直面している。

国内的にはさらに大統領就任当時から進めているものの内外の人権団体などから人権侵害との指摘を受け続けている麻薬関連犯罪への超法規的殺人を含めた強硬策、治安当局の権限強化を盛り込んだ反テロ法への反対運動、政権批判を強めるメディアとの対決など多くの課題に直面している。

さらに南シナ海の領有権を巡る中国との外交関係でも米主導の共同軍事演習にフィリピン海軍の参加を見合わせる一方でフィリピンが実効支配する島周辺に接近、展開する中国側艦艇を厳しく非難するなど硬軟両様の対中外交を展開。

さらに米軍兵士のフィリピンでの共同軍事演習参加の法的根拠となる「訪問軍地域協定(VFA)」の破棄方針の一時保留などに象徴されるはっきりしない対米外交など外交面でも難問山積している。

しかし依然としてフィリピン国民のドゥテルテ大統領への支持は80%前後と高い水準を維持しており、2022年5月までの残る大統領としての任期中もこの高い支持率を背景にして内憂外患の難局をなんとか乗り越えていく可能性が高くなっている。

だがその乗り越えていく際のドゥテルテ大統領の手法は基本的に「経済は経済閣僚任せ」であり、他の内外の課題も「対麻薬犯罪、対テロ、対メディアでの強硬策」や「硬軟両様で優柔不断な外交」であることから、今後政権運営で正念場を迎えることも予想される事態となっている。

 

トップ写真:CPPとNPAのポスター 出典:christian razukas


この記事を書いた人
大塚智彦フリージャーナリスト

1957年東京都生まれ、国学院大学文学部史学科卒、米ジョージワシントン大学大学院宗教学科中退。1984年毎日新聞入社、長野支局、防衛庁担当、ジャカルタ支局長を歴任。2000年から産経新聞でシンガポール支局長、防衛省担当などを経て、現在はフリーランス記者として東南アジアをテーマに取材活動中。東洋経済新報社「アジアの中の自衛隊」、小学館学術文庫「民主国家への道−−ジャカルタ報道2000日」など。


 

大塚智彦

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