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.国際  投稿日:2022/5/17

シンガポール、食料自給率3割アップ狙う


中村悦二(フリージャーナリスト)

【まとめ】

シンガポール、コロナ禍で2030年までに食料自給率を30%引き上げる政策、「30×30」を展開。

・グローバリゼーションからローカリゼーションへのパラダイムシフトの中で食料の安全保障体制強化が急務。

・フードテック、アグリテック分野での研究開発拠点化、投融資センター、人材育成、新産業育成など複合的な成果を狙っている。

都市国家シンガポールがコロナ禍に伴う食料のサプライチェーンの危うさに直面、技術を生かしたフードテックやアグリテックの振興を図り、2030年までにカロリーベースの食料総合自給率を30%に引き上げる政策「30×30(30 by 30)」を展開している。

この政策は2019年から始まった。現在は2021年2月発表の気候変動に対処する「シンガポール・グリーンプラン2030」に組み込まれている。

シンガポールは建国来、東京23区内を少々上回る程度の国土上の制約を考慮しつつ、外資誘致による経済開発を進め、その際には航空・海運、金融センター、地域統括本社、留学生誘致など地の利を生かした「ハブ・ビジネス」も育成してきている。

シンガポール・グリーンプラン2030(https://www.greenplan.gov.sg/)は、気候変動問題に対処する総合政策。取り組むべき課題として、

①100万本の植樹、公園増などで自然の中の都市創出

②一人当たりの一日のごみ廃棄量を2026年までに20%、2030年までに30%削減。自転車専用道路設置や地下鉄(MRT)の延伸で2030年までに通勤客の公共交通機関利用率75%達成など持続可能な生活の推進

③2030年の電力需要の3%を太陽光発電で賄う、東南アジア諸国連合(ASEAN)などからの電力や水素の輸入促進、海水淡水化事業での省電力化、国際民間航空機関(ICAO)が目標とする2050年まで燃料効率の年2%改善および国際海事機関(IMO)が目指す2050年までに船舶の温室効果ガス排出量の50%以上削減に積極貢献。2030年までに国内の建物の総床面積の80%を緑化するとともに国民の約80%が住むHDB(公団住宅)のエネルギー消費量の15%削減、電気自動車利用の促進など

④石油化学の基地であるジュロン島のエネルギー・化学パーク化、脱炭素・水素技術の研究拠点化に向けた投融資の促進、関連ソリューションの地域開発センター化といったグリーン経済の進展。炭素税はすでに導入している。

⑤海水面の上昇から海岸線を守る保全計画の策定。2030年までにカロリーベースの食料総合自給率を30%に引き上げるといったレジリエント(強靭)な未来の構築を掲げる。

それは、1965年にマレーシアからの分離独立を迫られて以来とってきた生き残り作戦と同様に大規模なもので、機を見るに敏な特質を生かした国造りの再生を狙ったものといってよい。

シンガポールの農地は国土の1%未満。葉物野菜で国内需要の14%、鶏卵で同26%、魚で同10%を賄っているに過ぎない(2019年シンガポール食品庁=SFA調べ)。一方、人口は1990年に300万人台を突破、2000年には400万人台に乗り、2020年では約569万人(うちシンガポール人・永住者は404万人、国連の世界人口ランキングでは590万人)となっている。人口抑制策の解除、外国からの優秀な人材誘致などがこの人口増の要因とされている。食料需要は高まり、それをこれまで世界170の国・地域からの輸入で吸収してきたが、コロナ禍に伴うグローバリゼーションからローカリゼーションへのパラダイムシフトの中で食料の安全保障体制強化が急務になってきた。

写真)シンガポールのウェットマーケット(2020年3月28日、シンガポール)

出典)Photo by Suhaimi Abdullah

「30×30」でもまた、同国の機敏な特質は生かされようとしている。単に食料安全保障面から食料自給率を引き上げるだけでなく、世界的に注目されているフードテック、アグリテック分野での研究開発拠点化、投融資センター、人材育成、新産業育成などと複合的な成果を狙っている。

SFAが「30×30」のモデルケースにしようとしているのが、マレーシアとの国境であるジョホール海峡に面するリムチューカン地域(約17平方キロメートル)の再開発。ここには、農場、養鶏場、養魚場などがあり、昨年5月から6か月間、同地域の一定部分(同国ではほとんどが国有地で、ここのリース期間は20年が多いという)の再開発に関し、農場関係、建設関係、食品関係、インキュベーター関係、ソリューション・プロバイダー、一般市民、政府機関、ナンヤン・ポリテクニクなど教育関係、企画企業関係からの代表者がオンラインを含めた会合に参加し、マスタープランづくりの議論を交わした。すでに、その報告書は出されている。2023年までに具体的なプランが出されることになっている。この地域では観光農業も一部で行っている。

エビの細胞養殖、人工ミルクの細胞培養、代替豚肉の開発などの分野でスタートアップも育ってきている。SFAは、フードテック、アグリテックの応用や開発での補助金制度を設けており、エンタプライズ・シンガポール(中小企業庁)は、大学や研究機関で実用化されていないディープテックの商用化や創業初期段階のフードテック、アグリテックのスタートアップ支援のシーズ・キャピタルを設立。ベンチャー・キャピタルと連携し、そうしたスタートアップ向けに総額9000万シンガポール・ドル(約55億7300万円)をプール、投資に充てている。

また、シンガポールの政府系ファンドであるテマセク・ホールディングスは、米国ニューヨークを拠点とする「垂直農業」の最大手とされるバウェリ・ファーミング(Bowery Farming)に、GV(前グーグル・ベンチャーズ)などと共に投資している。バウェリは倉庫などの室内において多層階でレタスなどを栽培し、収穫にはロボットを活用している。当然、同社技術はシンガポールにとって魅力的なのだろう。

トップ写真)シンガポールの魚市場 (2020年3月28日、シンガポール)

出典) Photo by Suhaimi Abdullah/Getty Images




この記事を書いた人
中村悦二フリージャーナリスト

1971年3月東京外国語大学ヒンディー語科卒。同年4月日刊工業新聞社入社。編集局国際部、政経部などを経て、ロサンゼルス支局長、シンガポール支局長。経済企画庁(現内閣府)、外務省を担当。国連・世界食糧計画(WFP)日本事務所広報アドバイザー、月刊誌「原子力eye」編集長、同「工業材料」編集長などを歴任。共著に『マイクロソフトの真実』、『マルチメディアが教育を変える-米国情報産業の狙うもの』(いずれも日刊工業新聞社刊)


 

中村悦二

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