英米は「第二のシリア化」を憂えている 気になるプーチン政権の「余命」その4
林信吾(作家・ジャーナリスト)
林信吾の「西方見聞録」
【まとめ】
・ウクライナの前線には、「アゾフ大隊」のような過激なウクライナ民族主義者たちから成る義勇兵部隊もある。
・戦争に紛れ込んでいる白人至上主義の過激派が実戦経験を積み、それを自国に持ち帰ってフィードバックして行くのではないか、と英米などは警戒している。
・侵攻の背景、戦争各国にある諸問題や、「ロシアの論理」などを知ったうえで、武力で国際秩序を変更しようとしたロシアの行為を論じることが大事。
今次のロシアによるウクライナ侵攻に際しては、双方が正規軍以外に、日本では耳慣れない名称の兵力を前線に投入している。具体的には「義勇兵」や「準軍事組織」そして「国家親衛隊」などだ。
東部マウリポリのアゾフスタリ製鉄所に立てこもってロシア軍に対する抵抗を続けていた「アゾフ連隊」も、ウクライナの準軍事組織である。
この製鉄所は1930年代にソ連邦によって建設されたもので、当初から防空壕などが整備されていたが、冷戦時代に大拡張され、核攻撃にも耐え得る地下6階建ての要塞があるという。避難してきた民間人ともども数千人を収容することができた。
もともとソ連邦の工業地帯では地下壕などの防備を施した例が多く、ナチス・ドイツとの戦争においても、スターリングラード(現ボルゴグラード)では工場・家屋のひとつひとつを奪い合うという凄惨な市街戦が展開された。
今次のロシア軍も、地下要塞に立てこもる相手を攻めあぐねたが、5月20日にはウクライナ軍側が「任務は達成された」として防衛戦闘の終結を呼びかけ、数百名が投降。23日にはロシア軍側がマウリポリを「解放した」と宣言した。
その後、まずはウクライナ側が捕虜交換を打診したが、当初ロシア側は、
「彼らは、戦時捕虜でなくネオナチの犯罪者集団である」
として拒否する意向であった。その後なにがあったのか、22日付の報道によれば、ロシア側も、親ロシア派武装勢力と、アゾフ連隊の将兵との捕虜交換に前向きな姿勢を見せはじめているようだ(時事通信のサイトなどによる)。
……話がいささか先回りしてしまったが、そもそもアゾフ連隊とはどのような組織か。
ごく簡単に述べれば、過激なウクライナ民族主義者たちから成る義勇兵部隊であるが、創設当初はもっぱら「アゾフ大隊」と呼ばれていた。
これは私個人の推論を含むものであると明記しておくが、2014年に親ロシア派武装勢力との戦闘で名を挙げた時点では、メンバーは600名弱とも800名程度とも言われていたものが、現在は1500名以上にまで増強されているからではないかと思われる。
昨今は兵器の近代化にともなって、編成単位の人数は少なく、言い換えれば部隊がコンパクト化する傾向にあるが、伝統的な歩兵部隊の基準で言うなら、800名はたしかに一個大隊規模で、1500名ならば連隊規模だ。
いずれにせよ、これらは単なる俗称で、正式名称は「アゾフ特殊作戦分遣隊」であり、ウクライナ国家親衛隊の東部作戦司令部第12特務旅団の麾下にある。
国家親衛隊、という名称自体、冒頭でも述べたように日本ではあまり耳慣れないが、実はソ連邦の時代から、一部のエリート部隊を正規軍とは別に政府直属として、親衛隊と称していた。装備や給与などの面でも優遇されており、アゾフ大隊がこの国家親衛隊に組み込まれ、増強されたというのは、前述のように、親ロシア派武装勢力相手に奮戦したことに対する論功行賞の意味もあったものと思われる。
問題はその思想性で、過激なウクライナ民族主義者たちと述べたが、ナチスの親衛隊と同じドクロの徽章を採用するなど、たしかにネオナチと呼ぶべき者が多かった。
2019年には、ユダヤ系のウォロディミル・ゼレンスキー氏が大統領に就任したという事情もあって、極右(=ネオナチ)思想や反イスラム思想の持ち主は排除されたと報じられているが、これについては疑問視する向きも決して少なくない。もともと政治家あるいは政治党派に属する人たちは、自分たちの立場を悪くするような事案は決して認めないものだ。
さらに言えば、やはり3月のシリーズに登場していただいた、日本において戦争反対の声を上げ続けているロシア人女性も、今回あらためて取材に応じてくれたのだが、
「あの人たち(アゾフ連隊)の中にネオナチがいたことは、ウクライナでは有名です。前回のインタビューの時は、私は中立の立場で語らなければならないし、特にロシア政府のプロパガンダに与するようなことがあってはならない、と強く思っていましたので、ネオナチという表現は慎重に避けましたが」
「ただ、ゼレンスキー大統領になってから、東部での武力衝突が少し収まり、アゾフがらみの残虐行為の話をあまり聞かなくなったことも、また事実なのです」
と語っていた。
「結局は、戦争が悪いのです。戦争にさえならなければ、ロシア人もウクライナ人も、理性を欠いた行為に容易に手を染めることはなかったはずです」
というのが彼女の結論で、私も同意見である。
ネットの一部には、彼らを硫黄島で奮戦した日本軍と二重写しに描いて英雄視する声があったりするのだが、アゾフ連隊のなんたるかを少しは学ぶべきではないか。
英雄視と言えば、ウクライナ政府の要請に応じて、各国から義勇兵がはせ参じたわけだが、こちらについても、日本ではあまり報道されていない問題がある。
英米豪からの義勇兵の中に、過激な白人至上主義者が紛れ込んでいるとして、各国の情報機関が警戒を強めているのだ。
▲写真 ポーランドからウクライナに入国した英国の義勇兵(2022年3月11日 ポーランド・メディカ) 出典:Photo by Sean Gallup/Getty Images
かつてのシリア内戦に際し、多くの国からイスラム過激組織のメンバーが戦闘に加わった。そうして実戦経験を積み、銃火器の扱いや仕掛け爆弾の製造法などを習得して、各国に散っていったのである。
この戦いは2011年に始まって今も完全には収束していないわけだが、この間イスラム過激派によるテロが後を絶たないことは、広く知られる通りだ。
つまり、今次のウクライナにおける戦いにおいて、白人至上主義の過激派が実戦経経験を積み、それを自国に持ち帰ってフィードバックして行くのではないか、と英米などは警戒しているわけだが、我々日本人にとっても、これはあまり気持ちのよい話ではない。
新型コロナ禍の中で、英米のアジア系住民に対するヘイトクライムが幾度となく報じられたが、それが組織的なテロに発展し、手段もエスカレートしたら……
前回、いや3月のシリーズや新年特大号においても、単なる「ロシア憎し」の議論には危険な側面があると、私が繰り返し述べてきた理由のひとつがこれなのである。
武力で国際秩序を変更しようとしたロシアの行為は、断じて許されるものではないが、その背景にある諸問題や、事の当否を別とした「ロシアの論理」を知ろうともしないまま、
「ウクライナ頑張れ」「日本も防衛力増強を」
の大合唱を続けるのは、断じて健全なことではない。
トップ写真:ドネツクの最前線に再び参加するため、マリウポリ近くの基地で訓練を行うアゾフ大隊の兵士(2019年2月6日、ウクライナのウルズフ) 出典:Photo by Pierre Crom/Getty Images
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この記事を書いた人
林信吾作家・ジャーナリスト
1958年東京生まれ。神奈川大学中退。1983年より10年間、英国ロンドン在住。現地発行週刊日本語新聞の編集・発行に携わる。また『地球の歩き方・ロンドン編』の企画・執筆の中心となる。帰国後はフリーで活躍を続け、著書50冊以上。ヨーロッパ事情から政治・軍事・歴史・サッカーまで、引き出しの多さで知られる。少林寺拳法5段。