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.国際  投稿日:2022/5/28

核抑止とはなにか 兼原元国家安全保障局次長と語る 最終回 日本の非核三原則のウソ


古森義久(ジャーナリスト・麗澤大学特別教授)

「古森義久の内外透視」

【まとめ】

・核の保有を通し、対立が核戦争に発展しないよう互いを慎重にさせるのが核抑止である。

・自国の安全を守るには核兵器が最も有効だと考える国も存在する。

・近年隣国の核の脅威は増大しており、非核三原則を巡る議論を始めなければならない。

 

古森: アメリカの歴代政権は、日本国内への核の持ち込みや配備に前向きな政策案を保ってきた現実があります。東西冷戦中はソ連の核の脅威に対して、また冷戦終結後は中国や北朝鮮の核兵器の脅威に対して、アメリカが自国の防衛のための核抑止や同盟諸国を防衛するための拡大核抑止を有効に保つには、最前線の日本の領土や領海にも自陣営の核があったほうが効率がよい、という思考が少なからず存在してきました。

 しかしアメリカは、同盟国の日本には非核三原則が存在する事情を認知してきたので実現しなかった。ですので、仮に日本側から非核三原則を変えるのであれば、アメリカは核シェアリングを歓迎するでしょう。

兼原信克:ただ、アメリカ政府から核シェアリングを持ち掛けることは考えられないので、まずは日本が本気になってアメリカを説得しなければなりません。

古森: 私は1981年にアメリカの民主党系研究機関のカーネギー国際平和財団で日米の安全保障をテーマに研究をしましたが、その研究の一環としてエドウィン・ライシャワー元駐日大使にインタビューしました。彼は私との長時間の一問一答のなかで、「アメリカの海軍艦艇は日米両国政府の公式否定にもかかわらず、長年日本の港に核兵器を搭載したまま寄港を重ねてきた」と語りました。つまり、「持ち込まず」を謳う非核三原則は虚構だったわけです。この結果は毎日新聞に大きく報道されました。

 そもそも、日本国内では「核をもたないほうが安全」という意見の人が存在しますが、国際社会の現実は「核をもったほうが安全」という真逆の考え方です。

兼原: 日本が核をもつことで核戦争のリスクが高まる、というのは大間違いですよ。事態がエスカレートしたら核戦争になるからこそ、逆にお互いが慎重になり、通常兵器でさえも一発も撃たせない状況をつくりだすのが核抑止の基本。たとえれば、ピストルをもっている人に向かって、ピストルをもつのが核抑止です。ピストルをもっている人に対して、果物ナイフをもち出しても何の抑止にもならない。実際に、ピストルをもち合っている米ロ、米中が撃ち合うことはありませんが、果物ナイフしかもたない非核保有国は撃たれる可能性が十分にあります。こうした大きな常識が日本にはないんですよ。

古森: イギリスやフランスもピストルをもつことで、自国の安全保障を確立しています。冷戦中に核大国のソ連に対して、イギリス、フランス両国とも究極的にはモスクワに核弾頭を撃ち込む潜水艦搭載のミサイルを保持していたのです。いまもその保持は続いています。

 私が中国に駐在していたとき、建国50周年の大式典が開かれましたが、「核開発によってわれわれ中国は急速な発展をし、大国となった」と、中国で核兵器を開発していた研究者たちが国民多数の前で表彰されました。また、私のワシントン駐在時代にパキスタンが核を保有しましたが、知り合いのパキスタン人は「こんなうれしい日はない」と涙ながらに喜んでいた。要するに自国の安全、独立、自由を守るためには核兵器を保有することがもっとも有効だと考える諸国が存在するのです。

兼原: それが普通の感覚ですよ。中国や北朝鮮が核軍拡を続けているのに、日本人は非核三原則や憲法九条を念仏のように唱えている。海外の人からしたら、「なぜ核武装したヤクザに囲まれているのに、日本は核武装しようとしないんだ?」と不思議がられています。

▲写真 原爆投下から75周年(広島、2020年8月5日) 出典:Photo by Carl Court/Getty Images

古森: もちろん唯一の被爆国として、非核三原則や憲法九条を厳守すべきだとする主張も理解はできます。しかし日本が核の議論から逃げ続けたことで、隣国の核の脅威が増大している現実と向き合わなければならない。「ヒロシマ」「ナガサキ」といった言霊(ことだま)だけで核廃絶を叫ぶのは、あまりに無責任です。

兼原: まったく同感です。繰り返しになりますが、アメリカが助けてくれる保障はどこにもありません。国民の間で議論が巻き起こるためには、まずは政治家が議論をスタートしなければならない。政治家が議論してはじめて、メディアからの批判がでて、国民の間で議論されるようになります。もし政治家が議論しないのであれば、国民に本当のことを教えないプーチンとやっていることが同じになってしまう。

古森: 岸田文雄首相には、政府として非核三原則の是非をめぐる議論を開始してもらいたいですね。

(終わり。その1その2その3その4

**この記事は月刊雑誌『WILL』2022年6月号掲載の古森義久、兼原信克両氏の対談「核を防ぐのは核だけ」の転載です。

トップ写真:日本で行われたクアッド首脳会議(5月24日) 出典:首脳官邸ホームページ 日米豪印首脳会合




この記事を書いた人
古森義久ジャーナリスト/麗澤大学特別教授

産経新聞ワシントン駐在客員特派員、麗澤大学特別教授。1963年慶應大学卒、ワシントン大学留学、毎日新聞社会部、政治部、ベトナム、ワシントン両特派員、米国カーネギー国際平和財団上級研究員、産経新聞中国総局長、ワシントン支局長などを歴任。ベトナム報道でボーン国際記者賞、ライシャワー核持込発言報道で日本新聞協会賞、日米関係など報道で日本記者クラブ賞、著書「ベトナム報道1300日」で講談社ノンフィクション賞をそれぞれ受賞。著書は「ODA幻想」「韓国の奈落」「米中激突と日本の針路」「新型コロナウイルスが世界を滅ぼす」など多数。

古森義久

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