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.国際  投稿日:2022/7/22

韓国弁護士団体、殺人などの容疑で文前大統領告発


朴斗鎮(コリア国際研究所所長)

【まとめ】

・韓半島人権と統一のための弁護士会は、文在寅前大統領をソウル中央地方検察庁に告発。

・「帰順(脱北)漁民強制北送事件」とは、2019年11月2日、韓国軍が北方限界線を越えた北朝鮮漁船に乗っていた2人の漁師を北朝鮮へ強制送還したものもの。

・文政権による対北朝鮮内通疑惑は複数あり、国連は究明の要求をしている。

 

韓国の弁護士団体である「韓半島人権と統一のための弁護士会(韓弁)」と北朝鮮人権団体総連合などは7月18日、保護申請書を書いていた帰順(脱北)漁民2人が北朝鮮へ強制送還された事件(2019年11月)で、文在寅大統領を「強制北送を決定した最高指示者」と規定し、送還されれば処刑されることを知りながら決定した「未必殺人の故意がある」として、殺人・国際刑事犯罪法違反、職務放棄、職権濫用、不法逮捕監禁など5つの容疑でソウル中央地方検察庁に告発した。

「韓弁」は告発状で「政府組織法と国家安保室職制規定によると、国家安保室長は大統領の命を受けて事務を処理することになっている」とし「大統領の指揮なしで鄭義溶(チョン・ウィヨン)安保室長(当時)が独断的に重大な行為を行ったということは納得できない」と 指摘し、「北に帰順漁民引き渡し意思を伝えた日(2019年11月5日)、金正恩に釜山での「ASEAN(東南アジア諸国連合)特別首脳会談」の招待親書を送っていたので、文前大統領は強制北送に利害関係があり、指示の可能性も大きい」とも指摘した。

韓弁らはまた、強制北送を「国際刑事犯罪法違反(反人道的犯罪共謀)」と規定し、彼らを「過酷な拷問や処刑が明らかな北朝鮮へ追放したのは、国際法規(拷問防止協約)にまで違反するもので、「北朝鮮が犯す殺害・監禁・拷問など反人道犯罪に共謀したもの」 と断罪した。

「帰順(脱北)漁民強制北送事件」とは

2019年11月2日、韓国軍はNLL(北方限界線=海上の軍事境界線)を越えた北朝鮮漁船を拿捕し2人の漁師を拘束した。当時の文在寅政権の合同調査チームは、2人が亡命意思を明らかにしていたにも関わらず、この漁師2人が「仲間の漁師16人を殺害した」との北朝鮮の主張をそのまま受け入れ、脱北者「調査」をわずか三日で終わらせて11月7日に処刑が待ち受ける北朝鮮へ強制送還した

文政権は「亡命の意思が信頼できない」「16人を殺害した凶悪犯を送還しただけ」と主張していたが、脱北漁民は亡命意向書を自筆で作成していた。証拠隠滅のために即返還した漁船の消毒に立ち会った検閲官は「血痕の痕跡はなかった」と語っている。

文前政権によるこの反倫理的、反人道的不法行為は、国民に知らせないまま内密に進められていたが、それが明らかとなったのは、強制送還当日の午前、国会に出席していた金有根(キム・ユグン)青瓦台安保室第1次長(当時)が、共同警備区域(JSA)大隊長から受けた報告(スマートフォンのショートメッセージ)を偶然にメディアのカメラがキャッチしたからだった。

統一部が公開した衝撃写真と映像

7月12日、この犯罪的行為の有様が、尹錫悦政権の統一部によって10枚の写真で公開された。その後7月18日には、脱北者で国会議員である太永浩(テ・ヨンホ)氏の資料請求によって、板門店での強制送還場面を撮影した約4分の動画が公開された。

動画には脱北漁師らが板門店の軍事境界線(MDL)を越える際に抵抗する様子や、その時の音声などがそのまま記録され、脱北漁師らが縄で縛られた状態で移動する様子も映っていた。待機場所が映った後、送還当時の様子と漁師の一人が板門店前で座り込む姿や壁に頭を打ち付け自害を図ろうとした場面も記録されていた。

さらにこの漁師が倒れた状態で引きずられる際「やいやい」という声と共に複数の護送担当者(警察庁警備局対テロ課所属特攻隊員)が彼を強制的に軍事境界線に引きずる場面もあった。その後、もう一人の漁師は諦めたかのよう歩いていった。

写真を見たクリス・スミス米下院議員は「北朝鮮政権と文在寅政権が共謀した」とし「(写真を見て)衝撃を受け、驚愕した」と語った。米国だけでなく国連はもちろん英国議会からも究明の要求が出ている。文在寅前政権のこの行為が、脱北者を韓国国民と規定している韓国憲法と国内法を無視した違法な行為であるばかりか、難民保護を義務付けている国際法にも反する反倫理的行為だからだ。国連国際難民規約では、もし凶悪犯だとしても拷問や殺害の危険性がある所に送還してはならないとしている。

にもかかわらず当時の鄭義溶国家安保室長は「その人たち(脱北漁民)は凶悪犯だから韓国民を保護するために追放した」と話した。しかし脱北者を追放できないのは韓国大法院(最高裁)の判例(1996年)にもある。鄭義溶が知らないはずはない。亡命意思を明らかにした脱北者を北朝鮮に強制送還したのは韓国で初めてのことだ。

文政権によるその他の対北朝鮮内通疑惑

文前政権が金正恩体制を助けた事例はこれだけではない。遡れば政権発足後間もなく起こった韓国海軍による日本の哨戒機へのレーダー照射事件もその疑いが濃厚だ。

韓国海軍レーダー照射問題とは、2018年12月20日15時頃、日本海(東海)において韓国海軍の駆逐艦「広開土大王」(クァンゲト・デワン)が、海上自衛隊のP-1哨戒機に対して火器管制レーダー(射撃指揮システムで使用されるレーダー)を照射した事件だ。

文政権は北朝鮮漁船を救助するためにレーダーを稼働したとしているが、漁船救助で交戦を意味する火器管制レーダーを作動させる国はない。レーダー照射を行ったのは、金正恩除去の動きに失敗して逃亡してきた人たちを、北朝鮮からの通報を受けた韓国政府が、拿捕する現場だったからだと見られている。

これ以外にも2019年6月15日に、江原道の三陟(サムチョク)港に北朝鮮の工作船と見られる船舶が侵入した時もそれを放置、また2019年7月27~28日には北朝鮮工作船と見られる船を軍が拿捕した時も大統領府の命令で即釈放する事件が起こっている。

この事件については、8月上旬、朴漢基(パク・ハンギ)合同参謀本部議長〔当時〕が、「北朝鮮船舶を拿捕せずに送り返せ」という大統領府からの指示に従わずに拿捕したとして、大統領府行政官からの屈辱的な取り調べを受けただけでなく、大統領府から叱責もされた。しかしこの船舶も北朝鮮工作船との指摘がなされている。

トップ写真:第103回三一節式典に出席する韓国の文在寅前大統領と妻の金正淑氏(2022年3月1日、韓国・ソウル) 出典:Photo by Jeon Heon-Kyun – Pool/Getty Images




この記事を書いた人
朴斗鎮コリア国際研究所 所長

1941年大阪市生まれ。1966年朝鮮大学校政治経済学部卒業。朝鮮問題研究所所員を経て1968年より1975年まで朝鮮大学校政治経済学部教員。その後(株)ソフトバンクを経て、経営コンサルタントとなり、2006年から現職。デイリーNK顧問。朝鮮半島問題、在日朝鮮人問題を研究。テレビ、新聞、雑誌で言論活動。著書に『揺れる北朝鮮 金正恩のゆくえ』(花伝社)、「金正恩ー恐怖と不条理の統治構造ー」(新潮社)など。

朴斗鎮

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