ブレグジットの評価が必要
村上直久(時事総研客員研究員、学術博士/東京外国語大学)
【まとめ】
・ジョンソン英首相の最大の遺産はブレグジットを実現したことであり、ブレグジット派が求めたのは「主権の回復」だった。
・ブレグジットには良い影響、悪い影響がある為、単純に成功だった、失敗だったとは決めることはできない。
・ジョンソン氏後継者は就任後早い時期に、独立の調査委員会を立ち上げ、ブレグジットの調査報告を命じるべき。
◎ジョンソン氏の遺産はEU離脱
与党保守党内の不祥事への対応における「不誠実さ」などへの党内批判に直面して辞意を表明したジョンソン英首相の最大の遺産は英国の欧州連合(EU)離脱(ブレグジット)を実現したことだろう。2020年1月末に難航の末実現したブレグジットのバランスシートはどうなっているのだろうか。英国、特に経済にとってプラスだったのだろうか、それともEU残留が懸念したように英経済の足を引っ張っているのだろうか。
◇ブレグジットの影響
ジョンソン氏が事実上率いた英国のブレグジット派が求めたのは「主権の回復」でであり、具体的には移民の流入に対するコントロールの強化や経済分野などでの一部のEU規制からの自由だった。
英国とEUの間で4年間の厳しい交渉の末実現したブレグジットは現在、どのように機能しているだろうか。ブレグジットの結果は「まだら(mixed)だ」と言うのが、米紙ニューヨーク・タイムズの経済コラムニスト、ピーター・コイ氏だ。
同氏によると、ブレグジットは英経済にとって明らかに否定的な作用を及ぼしたが、残留派の一部が恐れていたほどではなかった。
また、EUとのゼロ貿易関税についての合意や非EU諸国からの移民に対する寛大な規則など、(残留派を)勇気付けるいくつかの材料もあった。
EU残留派の主張は、ブレグジットが英経済への信認を損なうことによって、同経済を傷つけるだろうというものだった。実際、どうだったのだろうか。英通貨ポンドの為替相場は下落したものの、一方、市場金利は上昇し、株価や住宅価格は下落しなかった。さらに労働市場は堅調で、失業率はわずかに下がった。
食料品価格はブレグジットから二年間の間にブレグジットがなかったと仮定した場合に比べて6%上昇したと試算されている。これはブレグジットによって食料品価格は下落するとの離脱派の見立てとは異なる。
英国の銀行システムにあった資産の10%は国外に移されたが、英国から海外への働き口の流出は1桁台にとどまったとされる。
貿易については、EUから英国への輸入はゼロ関税合意にもかかわらず、非EU地域からの輸入に比べて減少幅が25%上回った。
興味深いのは地域別の実態だ。2016年の国民投票で、ブレグジット賛成票の比率が高かった地域ほど経済的な悪影響の程度が大きいという。残留派が上回ったロンドンはこれまでおおむね「傷を負っていない」とされる。
◇グローバル・ブリテン
英国の貿易でEU諸国は貿易相手として輸出入とも50%以上を占めてきたが、英国はブレグジット後、非EU地域に販路を求めようとして「グローバル・ブリテン」戦略を打ち出してきた。その一環として、英国は対日EPA(経済連携協定)を結び、日本などアジア太平洋地域11カ国が加盟する環太平洋(TPP11))入りを目指して、現在交渉を続けている。
「ブレグジットは英経済に否定的な影響を及ぼさなかったというのはもちろん間違っている。企業にとって不確実性は増し、対EU貿易はますます困難になった。また一部の職種での労働者確保は難しくなり、インフレは確かにやや高進した」との英国の独立系エコノミスト、ジュリアン・ジーソン氏の指摘をコイ氏はコラム記事で引用した。
ジーソン氏は続けて、「このことは悲観論者が正しかったことを意味するのではものではない。悪影響の規模とそれが今後、どの位続くか、そして政策へのインパクトについて多くの意見の違いがあることを示している」とした。
ジョンソン氏は、離脱派の旗振り役になることによって、首相の座を射止めるという自己の政治的野望を達成したと指摘する向きもある。ジョンソン氏の後継者は少なくとも就任後早い時期に、ブレグジットの実態、それが英国に政治、経済、社会分野において与えている影響、今後の見通しなどについて独立の調査委員会を立ち上げて、調査・報告を命じるべきだろう。
(了)
トップ画像:ジョンソン英首相 2022年7月21日 イギリス・ロンドン
出典:Photo by Peter Nicholls – WPA Pool/Getty Images
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この記事を書いた人
村上直久時事総研客員研究員/学術博士(東京外国語大学)
1949年生まれ。東京外国語大学フランス語学科卒業。時事通信
時事総研客員研究員。東京外国語大学学術博士。