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.国際  投稿日:2023/2/6

イギリス経済不調の一因 ブレグジット


村上直久(時事総研客員研究員、学術博士/東京外国語大学)

「村上直久のEUフォーカス」

【まとめ】

・英経済不調の一因はブレグジットによる労働力不足との指摘も。

・小売りや運輸、接客サービス分野で約33万人が不足。

中長期的に成長軌道に戻るにはEUとの経済関係改善は避けて通れない。

 

英国が欧州連合【EU】から離脱して3年が経過した。英経済は不調にあえいでいるが、その一因はブレグジットによる労働力不足との指摘もある。そうした中で、英国世論の過半数が今ではブレグジットに反対している。しかし、英国のEU再加盟交渉への機運は高まるには至っていない。

マイナス成長

ブレグジット3周年を迎えて、英国では政治家による目立った発言はほとんどなかったようだ。一方、英国民は現下の経済危機に気をとられてさほど関心はなかったようだ。

国際通貨基金(IMF)は先月、2023年の経済見通しで、英国の経済は主要7カ国の中で唯一マイナス成長に落ち込む見通しを示したが、ブレグジットが同国の経済的困難の原因であるとは直接的に言及していない。IMFは英労働市場における需給が非常にタイトであることが生産活動を制約しているとしている。

これは、ブレグジットによってEU加盟国である東欧諸国やバルト3国から英国の農業、医療、運輸、観光、飲食サービスなど労働条件が比較的厳しい分野で働くための移民の大量流入が事実上ストップしたことを念頭に置いたものとみられる。

スナク英首相はブレグジットを前向きにとらえており、「われわれはEU離脱後の3年間、ブレグジットがもたらした(国家主権を行使する)自由を享受してきた」と指摘、その例として、新型コロナウイルス対応のワクチン接種の実施は欧州で最も早かった点や、これまで70を超える国と貿易協定を締結したこと、そして国境の管理権を取り戻したことを挙げ、「我々は自信をもって独立した国家の道を確立した」と強調した。

しかし、ロンドンのキングズカレッジのアナンド・ミーノン(Anannd Menon)教授(西欧諸国の政策論)は、「英経済の弱体化の原因の一つはブレグジットであり、それは主要な原因ではない。ただ、何年間もブレグジットについての論争が続いたために諸政策をめぐって一種の停滞、マヒ状態が生じて来た」とし、ブレグジットをめぐる国民投票が行われた2016年以来、政府による実際の統治がほとんど行われてこなかったことは驚くべきことだ」と述べた。

ミーノン教授は、英国が直面する問題として、インフレ、医療危機、教員や鉄道労働者らによるストの多発などを挙げ、「政府レベルではこの7年間ほとんど何もなされなかった」と強調した。

新型コロナワクチンについては、たとえEUにとどまっていても接種キャンペーンの開始は早かったはずだとの説もある。

米紙ニューヨーク・タイムズは、「英国の国内世論はブレグジット反対に傾いた」と指摘。世論調査会社ユ―ガブ(YouGov)によると、調査対象の56%がEU離脱は間違いだったと回答。32%が良い考えだと答えた。

ブレグジットの影響に対する幻滅はほぼ英国内全体に広がっているという。しかしそれにもかかわらず、EU再加盟に向けた交渉開始への機運は盛り上がらないようだ。再加盟交渉で厳しい条件を突き付けられると予想されるからだとみられる。

◇33万人の不足

ブレグジットで最も痛みが強いのが労働市場だ。3年前のブレグジットの後1年間は移行措置としてEUの単一市場に留まることができたが、その後、ポーランドをはじめとする東欧諸国などから英国に働きに来ることは自動的には許可されなくなり、ビザの取得が義務付けられるようになった。

こうした中で、複数の調査機関によると、英国は小売りや運輸、接客サービスなどの分野での低スキルの仕事を中心に約33万人の労働力不足に直面しているという。

ブレグジットをめぐる2016年の国民投票以降、欧州大陸からの多くの移民が英国を去り、また、空いたポジションを埋めるための人材確保はブレグジットにより難しくなったようだ。

英国はブレグジットにより移民管理などでEUから主権を取り戻したが、その代償として労働力不足などに直面しているといえよう。

そして、東欧諸国など英国への移民の主要な送り出し国では労働条件などが徐々に改善してきており、その一方でブレグジットで英国での労働が厳しく規制されるようになったことを勘案すれば、英国は欧州大陸から見ればもはや魅力的な労働市場ではないとの見方もある。

労働力不足を解消するためにはブレグジットに伴う厳しい移民管理を緩和すべきだとの主張もあるが、それだけでは不十分なのは明らかだ。

こうした中で、英国が中長期的に成長軌道に戻るにはEUとの経済関係の全般的な改善は避けて通れないだろう。

(了)

トップ写真:ブレグジット3周年を迎えた英国会議事堂前でプラカードを掲げる反ブレグジット運動家 出典:Photo by Carl Court/Getty Images




この記事を書いた人
村上直久時事総研客員研究員/学術博士(東京外国語大学)

1949年生まれ。東京外国語大学フランス語学科卒業。時事通信社で海外畑を歩き、欧州激動期の1989~1994年、ブリュッセル特派員。その後,長岡技術科学大学で教鞭を執る。


時事総研客員研究員。東京外国語大学学術博士。

村上直久

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