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.政治  投稿日:2022/8/22

書評:「辺野古入門」熊本博之著


目黒博(ジャーナリスト)

「目黒博のいちゃり場」

【まとめ】

・著者は辺野古の調査旅行をするうちに、反対派、容認派両サイドから疎まれた西川氏という「辺野古問題」の矛盾を体現する人物と出会った。

・「辺野古問題」の交渉は様々な人と関わって、辺野古区が切り回せるほど単純ではない

・マクロの視点から語られがちな「基地問題」を考えるにあたって、ミクロの視点を導入したのは本書の素晴らしさ。

 

普天間辺野古」に関して膨大な数の本が出版されてきた。その中にあって、本書は、余り話題にならなかった、「辺野古の住民たち」に光を当てている点で異彩を放つ。読者は、生の語りを通して、彼らの複雑で微妙な思いを知ることができる。

■「普天間・辺野古問題」で軽視されてきた地域事情

普天間飛行場の辺野古への移設問題(以下、「辺野古問題」)は、沖縄県民を二分してきた。県民や地域住民は、賛成派(もしくは容認派)と反対派の陣営に単純に色分けされ、それぞれの陣営内部に多様な立場があることは軽視されがちであった。

辺野古の住民を、金目当てで辺野古移設を容認している、として切り捨てる傾向がある。「地元の民意」を掲げて国と対峙してきた「オール沖縄」陣営内でさえ、「地元そのもの」であるこの集落に関心を示す人は少ない

本書の著者、熊本博之氏は、大学院生時代にジュゴン保護運動に関わり、名護市で行われたデモに参加した。その時、名護市民の冷ややかな言葉を浴びる。「あんた、ナイチャー(内地の人)ね。他人(ひと)のシマで勝手なことしないほうがいいよ」。

この一言で、彼は、沖縄についての知識不足を思い知らされる。そして、辺野古区を知らずして「辺野古問題」を語れるのか、と思い始める。この疑問こそ、熊本氏の辺野古研究の出発点であり、彼はその後20年にわたって辺野古に通うことになる。

▲写真 『辺野古入門』(熊本博之著、ちくま新書・2022/04/05出版) 提供:目黒博氏

■辺野古区の住民たちとの出会い

著者は、辺野古の調査旅行するうちに、西川征夫氏に出会う。同氏は、いわゆる「活動家」とは一線を画し、地元住民として辺野古移設反対運動をけん引してきた人である。住民組織「命を守る会」の初代代表でもあった

▲写真 西川征夫氏(2020.1.28撮影) 提供:目黒博氏

一方、座り込みなどの行動には参加せず、平和運動家たちから非難された。彼自身はあくまで「辺野古移設」反対にとどまり、「海兵隊は出ていけ」などの主張には同調しなかった。そのため、「活動家」たちとの溝が深まる。

他方で、条件付き容認に傾く辺野古区の有力者たちにとって、元来保守でありながら反対派に転じた彼は、人望が厚く人脈もあるだけに、厄介な存在である。反対派、容認派両サイドから疎まれた西川氏は、「辺野古問題」の矛盾を体現する人物と言える。

辺野古の一般住民は本音を語りたがらない。集落内に親類が多く、人間関係の密度が濃いため、対立を孕む話題は避ける。また、考えが揺れ動き、口ごもるケースも多い。

記者たちは、余り辺野古集落を訪れない。住民たちから率直なコメントが取りづらいからだ。むしろ、「絵」になる、シュワブ第一ゲート前での集会や座り込みの方へ流れる。著者は、住民たちの思いがスルーされ、埋もれてきたことを目の当たりにする。

▲写真 キャンプ シュワブの拡張の為の建設車両に抗議するデモ隊(2018年 5月31日、沖縄県名護市) 出典:Photo by Carl Court/Getty Images

熊本氏は、辺野古に頻繁に通い、住民と信頼関係を築いていく。居酒屋で知人と酒を飲むうちに、初対面の人から誘われ、はしごすることもあった。アルコールが入り、話が盛り上がると、本音が漏れることもある。

住民たちの発言の内容が屈折することもある。その典型は、「本当は、辺野古移設には反対だ。でも、結局基地はできるんだろう。反対ばかりしていてもねえ」という類のものだ。その歯切れの悪さに、逡巡と諦めがにじむ。

■辺野古区とキャンプ・シュワブの「平和共存」

フィールドワークを続けるうちに、熊本氏は、辺野古区が海兵隊基地キャンプ・シュワブと密接な関係を築いてきたことに気づく。

辺野古区・シュワブ関係の歴史は長い。沖縄が米軍統治下にあった1955年に、辺野古の広大な土地を接収し、海兵隊基地を建設すると予告される。その際、区の有力者たちは、米軍側と粘り強く交渉し、接収には応じつつ、彼らの要求を通す術を身に着けた。

また、著者は、辺野古区とシュワブがさまざまな形で交流してきた事実に注目する。米軍基地に対する同区の柔軟な姿勢に、「平和共存」のための知恵を見出す。

同時に、辺野古区民は、シュワブとの良好な関係にあるがゆえに、シュワブ内に建設される施設には反対しにくい自縄自縛の状況が生まれた、と著者は考える。さらに、区のリーダーたちが、従来の発想で現在の「辺野古問題」に対応しようとすることに、危うさも感じる。

キャンプ・シュワブをめぐる交渉相手は、米軍であった。だが、「辺野古問題」の主な当事者は、日本政府である。しかも、県、名護市、本土の大物政治家なども関わる。「辺野古問題」の交渉は、辺野古区が切り回せるほど単純ではない

果たして、同区は、「反対」から「条件付き容認」に追い込まれ、世帯別補償など、最も重視してきた要求も政府に一蹴された。熊本氏は、そこに、辺野古区の指導者たちの経験と知恵の限界を見る。

■外から見えにくい地域事情の重要性

筆者が本書を高く評価する最大の理由は、マクロの視点から語られがちな「基地問題」を考えるにあたって、ミクロの視点を導入したこと、つまり地域事情を知ることの重要性を指摘したことである。

この本を読みながら、筆者はあるジャーナリストの言葉を思い出す。「大文字で語られる沖縄」。基地問題が話題になるとき、政府と対立する「沖縄」ばかりに焦点が当たり、沖縄社会内部の複雑さは無視されやすい

昨今の台湾情勢の緊張に伴い、「南西地域」の安全保障がホットな話題になっている。その流れはますます強まるだろう。そんな時代だからこそ、その最前線の沖縄とはどのような地域なのか、筆者自身も含めて本土の人間は大いに関心を持つべきだと思う。

「辺野古問題」に関心を持つ人々が、一人でも多く本書を手に取り、地域事情の重要性を考えるきっかけになってほしいと強く願っている

トップ写真:キャンプ ・ シュワブのゲート前(2018年5月31日、沖縄県名護市) 出典:Photo by Carl Court/Getty Images




この記事を書いた人
目黒博ジャーナリスト

1947年生まれ。東京大学経済学部(都市問題)卒業後、横浜市勤務。退職後、塾講師を経て米国インディアナ大学に留学(大学院修士課程卒)。NHK情報ネットワーク(現NHKグローバルメディアサービス)勤務(NHK職員向けオフレコ・セミナー「国際情勢」・「メディア論」を担当)、名古屋外国語大学現代国際学部教授(担当科目:近現代の外交、日本外交とアジア、英文日本事情)、法政大学沖縄文化研究所国内研究員などを歴任。主な関心分野:沖縄の「基地問題」と政治・社会、外交・安全保障、日本の教育、メディア・リテラシーなど。

目黒博

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