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.国際  投稿日:2022/8/23

「核バカッター」も制裁を受けるべき 戦争と歴史問題について その6


林信吾(作家・ジャーナリスト)

林信吾の「西方見聞録

【まとめ】

・JSFと名乗る人物が、駐日ウクライナ大使が核の脅威について述べたツイートを批判したことがあった。

・誰もが発信できるインターネット上では、他者を批判する自由があると同時に、発言には責任も伴う。

・核の脅威に対し、詳しい知識を持たないまま軽率な発言をすることは断じて許されない。

 

この春からTwitterのアカウントを持っているが、今のところ「見るだけの人」である。

さすがに情報源として無視できなくなったのでアカウントは取ったが、初心者ゆえカラクリもよく分からず、たとえば高名な整形外科医のツイート通知が連日メールで送られてくるのにも対処できない。

「みかんもらった。なう」

とか笑。忙しいのに勘弁してくれよ、と言いたくなるが、まず間違いなく、この医者の落ち度ではないのだろう。

そうした次第なので、JSFを名乗る人物がセルギー・コルスンスキー駐日ウクライナ大使のツイッターに噛みついて自爆したという話は、寡聞にして最近まで知らなかった。

事の発端は2月18日付の大使のツイートで、内容は以下である。

「ロシアがウクライナを攻撃した場合に何が起こるかについては、無限の議論があります。やめろ。この画像見て。私たちの領土には15基の原子炉があります。戦争の可能性を最小限に抑えなくてはなりません!今すぐ制裁を課してください!」

日本語が少々不自然なのは、おそらく翻訳ソフトを用いて書いたからだろう。これに対して前述のJSFが、

「これも世論への同情を訴える宣伝戦なのだろうけど、原発への攻撃は戦時国際法違反なので攻撃される可能性はまず無い。またロシアは核兵器を持っているので、原発攻撃だとか面倒な真似をする動機が無い」(原文ママ)

と噛みついたのである。大使もすぐ反応し、

「We are not talking about imitation.We are talking about missile attack or attack with massive airforce」(同)

と返信した。

「我々はイミテーション(この場合は欺瞞あるいは偽情報と訳すべきだろう)について語っていません。ミサイル攻撃もしくは大規模な空爆について語っているのです」

一読して、これは相当立腹しているな、と感じた。ツイッターは初心者だが、本業の方では英国人作家の手になる小説を翻訳・出版したキャリアもある私なので、英文のニュアンスを読み取ることにかけては素人ではない。これに対してもJSFは、

「それはウクライナの軍事基地ないし都市に行われる事であって、原発が目標となるのは無理がある設定です」

などとやり返した。このようにしつこくからむ行為を「粘着」と呼ぶらしい。

その後の経緯はご案内の通りで、2月24日にロシア軍はウクライナに侵攻。そして3月4日、欧州最大規模であるウクライナのザポロジエ(=ザポリージャ)原発が砲撃を受けた。関連施設で火災が生じたものの、放射線量の上昇などは見られなかった模様だと、AP電などで世界中に配信されたことを、ご記憶の向きも多いだろう。

当然ながらJSFを糾弾する声も上がったが、なんと当人は、

「私はその投稿でちゃんと攻撃の定義を〈原子炉を破壊する〉と条件を限定してますよ」

などと開き直ったのである。こんな話が通用するなら、たとえば私が、

「JSFというのは死ななきゃ治らないレベルのバカだ」

と書いても、問題にならないのではないか。侮辱だの名誉毀損だのと言われたら、

「私はバカの定義について〈死ななきゃ治らないレベル〉にちゃんと限定してます。死んで身の証しを立ててみろ、などという発想が現実的でも合理的でもない以上、何人も私の発言を批判などできません。はい、論破」

……いや、笑い事ではない。戦時国際法が明確に規定しているのは、

「危険な力を内蔵する工作物等(ダム、堤防、原子力発電所)の保護」

である(ジュネーブ条約第4編第56条)。

原子炉を直接攻撃しなければ問題ない、などという解釈は成立する余地がなく(ダムを攻撃しても決壊しなければ大丈夫、と言うようなものである)。

だからこそ3月4日のうちに国連安保理事会は緊急の会合を開き、ロシアの行為は「重大な国際法違反」であるとして強く非難した。またG7もオンラインで緊急の外相会議を開き、ロシアを非難する共同声明を取りまとめている。世界中でJSFだけが、

「原子炉が直接攻撃されていないから問題ない。私の軍事知識が正しい」

などと言い張ったのだ。

ところで、JSFなどと言われても、本紙の読者にとっては「誰?」という存在だろうか。

自称「軍事・生き物ライター」だが、著作はもとより商業メディアでの実績も皆無に近い。ネットでこそ、すぐに荒らしを仕掛ける輩として前々から悪名高かったが、早い話が素人である。ちなみに本名・経歴などは一切不明だ。

そのような素人を相手に……と言われるかも知れないが、まず、これが「初犯」ではない、ということがある。前にもちらとだけ触れたことがあるが、福島の原発事故の際、

「メルトダウンなんて起きるわけがない。バカは黙ってろ」

などとツイートして、メガトン級の自爆を遂げたのが、このJSFなのである。

あの時も、メルトダウンというのは国際的に確立した定義ではないとかなんとか、意味不明な言い訳(ならば〈起きるわけがない〉と断言した判断基準は?)を持ち出して、自分の誤りを認めなかった。

さかのぼれば2006年に私が『反戦軍事学』(朝日新書)を出版した際も、執拗に攻撃を加えてきたが、その内容もひどいもので、核の脅威がらみで言うと、自称・軍学者の兵藤二十八氏が展開していた核武装論を論難したのだが、なんと議論の中身には一誌も触れることなく、単に私が兵藤氏のことを「軍事オタクのカリスマと呼ばれているらしい」と紹介したくだりに噛みついてきた。

「(林の言は)嘘です。兵藤氏が軍事オタクのカリスマだなんて聞いたことがない。これは自分が論破した相手を大きく見せて読者をだます行為です」

そこで私は、一体どこの世界で「私はそんな話を聞いたことがない。だからその話は嘘です」などという「論理」が成立するのかと釘を刺し、最後はこう斬って捨てた。

「JSFは自分を論理的な人間だと信じ込み、ブログでも吹聴しているようですが、大いなる勘違いです。根拠のない自信は人生になんのプラスももたらしませんよ」

プロの物書きとして不本意かつ不愉快ではあるが、最後の一節は取り消させていただく。

思い上がりもここまで突き抜けてしまうと、もはや自分を神格化してしまうと言うか、本当に自分は無謬の存在だと信じ込んでしまうのだろうか。それもそれで「幸せな信仰生活」なのであろうか。ただし、統一教会の信者と同様、世の中にはいい迷惑である。

さらに言えば、現時点でJSFが下手人であるとの確証までは得られていないことを明記しておくが、林信吾の名前を騙る「成りすまし」まで、ネットに登場した。私がツイッターを始めても、今のところ見るだけの人だと述べた理由も、これでご理解いただけよう。アカウントの乗っ取りや偽ツイートの被害が、年中報じられるからである。プロの物書きだから書いたことには当然責任を持つが、どこの誰が書いたかかも知れないことで責められては、たまったものではない。

しかも今次の案件は、相手もあろうに駐日ウクライナ大使のツイートに、嘘知識をかざして噛みつき、言うなれば日本の恥を世界に向けて発信してくれたのである。愛国者として、どうしてこれが黙って見過ごせようか。

そのように反省しない相手だとすると、今度は矛先を林に向けてくるのではないか、と思われるかも知れない。心配はご無用……と言うよりも、それこそこちらの思う壺である。

10年以上なにひとつ進歩していないJSF一派(にわかに信じがたいことだが、今でも若干名の支持者はいるらしい)を尻目に、彼らを取り巻くネット社会の方は、かなり進歩してきている。

Wikipediaの記事を改ざんしたり、悪意あるコメントを連投したりすれば、容易に発信者を特定して法的処置を講ずることができるし、ネット上での誹謗中傷を拡散しただけでも名誉毀損に該当するとの判例もある。侮辱罪も厳罰化された。

司直の手にかかれば、これまでなぜか必死で隠してきた素性も明かされるし、そうなれば、

「国立の大学院を出た理系の修士である」

「複数の外国語に堪能で、英語とロシア語の文献には毎日目を通している」

といった触れ込みの真偽も、満天下に明かされることとなるだろう。

お望みなら私が英語で尋問してもよいし、ロシア語、ドイツ語、アラビア語に関しては、ネイティブもしくはそれに近い能力を備えた人の協力が得られるので、検証可能性ならば十二分にある。受けて立つかね?

……ここまでやられても、おそらくこの人物は「徹底抗戦」を試みるだろう。

折も折、原発への砲撃について、ロシア側は「ウクライナの仕業だ」と言い出した。

たしかに客観的に見て、親ロシア派が実効支配した地域にある原発をロシア軍が砲撃するというのは不自然な話で、ロシアの暴虐を世界に訴える目的での、ウクライナによる謀略である可能性もゼロではない。ヨーロッパの一部メディアでは、そうした意見も見受けられるし、もしもこの説がネットでポピュラーになれば、私の言った通りですね、などと「顔の見えないドヤ顔」になるのだろう。

しかしながら、ロシアによる「核の威嚇」の一環であるというゼレンスキー大統領の主張の方を国際世論が受け容れていることも事実で、そもそもこの戦争はどちらが仕掛けたのかを思い起こせば、理非は明らかではないか。

一瞬で千里を駆け抜けたと思ったところが、実は釈尊の掌の上であったことを悟って心を入れ替えたのは孫悟空だが、なにひとつ「反省」もせずにロシアの掌の上で踊り狂うようでは、それこそサルにも劣ると言われても仕方あるまい。

以下、読者には蛇足の説明になるかも知れないが、私が言いたいのは、こういうことだ。

現在のネット社会においては、ブログやツイッターも常に不特定多数の目にとまる。そこに著名人も素人もないのだから、批判の自由もまた、万民平等に担保されるべき、というのが彼らネット民の主張であった。

ご高説ごもっとも。ならば「責任を伴う自由だけが本物の自由である」という大原則にも、ちゃんと従っていただきたい。

今次のロシアの暴挙は歴史の名において重く罰せられねばならないが、核の問題についてまともな知見も備えていないくせに、核の脅威を憂慮する人々を嘲笑した行為も、断じて許されてはならないのである。

トップ写真:ウクライナのプリピャチにあるチェルノブイリ原子力発電所 出典:Photo by Brendan Hoffman/Getty Images




この記事を書いた人
林信吾作家・ジャーナリスト

1958年東京生まれ。神奈川大学中退。1983年より10年間、英国ロンドン在住。現地発行週刊日本語新聞の編集・発行に携わる。また『地球の歩き方・ロンドン編』の企画・執筆の中心となる。帰国後はフリーで活躍を続け、著書50冊以上。ヨーロッパ事情から政治・軍事・歴史・サッカーまで、引き出しの多さで知られる。少林寺拳法5段。

林信吾

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