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.国際  投稿日:2022/9/13

英国葬と安倍元総理国葬の違い


宮家邦彦(立命館大学 客員教授・外交政策研究所代表)

「宮家邦彦の外交・安保カレンダー 2022#36」

2022年9月12-18日

【まとめ】

・9月9日に英国のエリザベス女王が逝去され、19日には国葬が行われる予定。

・日本で多くの国民が反対している安倍元首相の国葬と、世界が追悼するイギリスの国葬とは異なるとの意見も。

・エリザベス女王の国葬に関し、英国の植民地支配への批判が出ている他、一部途上国には、「旧宗主国が植民地支配を謝罪すべきだ」との意見がある。

 

先週9日、英国のエリザベス女王が逝去された。王室医師団が「懸念」を表明して間もなく、女王はその偉大な生涯を閉じた。70年間の王位は決して平坦なものではなかっただろう。個人的にお話しする機会は勿論なかったが、公平に見て、女王の人間的魅力は英国王室の中でも抜きん出ていたと思う。心からご冥福をお祈りしたい。

エリザベス女王の時代は大英帝国の黄昏の時代だったのかもしれぬ。彼女が即位した頃から、世界の指導的地位は米国に移っていった。彼女の即位は1952年2月6日、ウェストミンスター寺院で戴冠式が行われた1953年は、考えてみたら筆者が生まれた年ではないか。不遜ながら、本当にお疲れ様でした、と申し上げたい。

さて、英国では9月19日にエリザベス女王の国葬が行われる。ところが、この訃報を受け、日本ではSNS上で「本物の国葬」という言葉がトレンドになっているそうだ。「本物の葬儀」がイギリスの国葬であって、9月27日に予定される日本の安倍晋三元首相の国葬は「本物ではない」ということらしい。一体どういうことか?

例えば、「世界中が追悼するイギリスの本当の国葬と、多くの国民が反対しているにもかかわらず強行されようとしている日本の国葬形式の式典」とか、「今の日本政府が強行しようとしている国葬には、絶対に参加したくない」というのだが、どうも違和感がある。この点についてはJapan Timesに英語のコラムを書くつもりだ。

確かに、英国では女王の国葬に対する反対や懸念は少ないだろう。しかし、アフリカやインド亜大陸の旧英国植民地では既に疑問の声が上がっている。安倍晋三元首相が世界中から弔意を示されたのとは対照的に、エリザベス女王国葬の場合は、旧植民地を中心に、英国の過酷な植民地支配に対する批判が出ているらしいのだ。

問題は国葬の是非に止まらない。これまでも一部途上国には、「旧宗主国が植民地支配を謝罪すべきだ」という意見がある。例えば、アルジェリアはフランスに対し「植民地支配を謝罪すべし」と求めているが、フランスが謝罪したという話は聞かない。勿論、英国も奴隷売買や植民地支配について謝罪したことはない。

それに比べれば、日本の村山談話はユニークだ。何しろ、一国の総理大臣が過去の「戦争と植民地支配」に対し「痛切な反省の意を表し、心からのお詫びの気持ちを表明」したのだから。英仏指導者が謝罪しない正確な理由は不明だが、恐らく戦勝国は当時の「戦争」や「植民地」が国際法上合法だったと考えているのだろう。

ドイツもつい最近まで「戦争」には「謝罪」してこなかった。ドイツの宰相は「ホロコースト」に対し「首を垂れる」ことはあっても、「戦争」自体については「謝罪」していない、というのが筆者の理解だった。ところが、今やドイツも「戦争」そのものに対し「謝罪」に近い発言をしている。しかも、今度の相手は「ユダヤ人」ではなく「ポーランド」だ。

事実関係はこうだ。2019年9月1日、ドイツ大統領はポーランドの首都ワルシャワで行われた第二次大戦80周年記念式典で次のように述べている。

●80年前の今日、我が国ドイツはあなた方の祖国である隣国ポーランドを侵略した。我が国民は数百万人のポーランド人を含む5000万人以上の命を奪った恐るべき戦争を始めた。On this day 80 years ago, my country, Germany, invaded its neighbouring country of Poland – your homeland. It was my compatriots who unleashed a horrific war that would cost far more than 50 million people – among them millions of Polish citizens – their lives.

●この戦争はドイツの犯罪である。This war was a German crime.

●ドイツからの客人として、私はこの広場において皆さんの前で真摯に立っている。As a German guest, I stand barefoot before you on this square.

●私はポーランド人の自由への戦いに感謝する。I look gratefully to the Polish people’s fight for freedom.

●私は犠牲者たちの痛みに対し悲しみの中で首を垂れる。I bow in grief before the victims’ pain.

●私はドイツの歴史的罪に対し赦しを求める。I ask for forgiveness for Germany’s historical guilt.

●私はドイツの永遠の責任を認める。I recognise our enduring responsibility.

うーん、「お詫び」「謝罪」なる語はないが、欧州紙はこのドイツ大統領発言を「謝罪」と報じた。これを如何に解釈するかは読者各位にお任せする。なお、最近民族主義的傾向を強めているポーランド政府はドイツ政府に対し「戦時賠償支払」を求めているが、ドイツ側としては「同問題は解決済」との立場を変えていないようだ。

〇アジア

中国国家主席が新型コロナ感染拡大後、初の外遊となる中央アジア訪問で、ロシアのプーチン大統領と会談するそうだ。ということは2年以上外国出張がなかったということか。慎重なのか、臆病なのか、党大会を前の計算された外遊なのか、色々な見方が可能だが、まずは発言内容に注目したい。新味はないだろうが・・・。

〇欧州・ロシア

米ISWはウクライナ軍が急速な反撃でハルキウ州のほぼ全域を奪還したと分析。重要拠点イジュームを奪還したことでロシアのドンバス地方完全掌握は困難になったようだ。これが一時的なものなのか、それとも戦争の流れが変わったのか。後者であると良いが、戦争はそれほど甘くはない。今しばらくは様子を見よう。

〇中東

サウジアラビアのメディア規制当局は、GCC(湾岸協力会議)の「イスラム教の価値観」に反しているとして、同性愛を描いたと思われるネットフリックスのコンテンツの削除を求めたらしい。うーん、政治的理由ではなさそうだが、これではサウジも中国を笑えないということだ。勿論、笑う気などないだろうが・・・。

〇南北アメリカ

米国の同時多発テロから11日で21年、NY、DCなど各地で追悼式典が開かれたが、CNNはその時間帯も英国女王関連番組を長時間スコットランドから生中継していた。他の英連邦諸国も同様だろう。なるほど米国も旧英連邦だったのか、という当たり前の事実を、エリザベス女王の逝去は示しているのだろう。

〇インド亜大陸

あるインド人がこうツイートした。エリザベス女王は「イギリス帝国がインドに対して犯したおぞましい犯罪の数々に謝罪も、償いも、遺憾を示す気概も無かった。・・・それでも『安らかに』。」なるほど、出てくる、出てくる、インドでの英国の蛮行の数々。エリザベス女王だから済んでいたが、チャールズ新国王は如何なる発言をするのだろか。気になるところだ。

今週はこのくらいにしておこう。いつものとおり、この続きは今週のキヤノングローバル戦略研究所のウェブサイトに掲載する。

トップ写真:スコットランドのセントジャイルズ大聖堂に運ばれていくエリザベス女王の棺 出典:Photo by Max Mumby/Indigo/Getty Images




この記事を書いた人
宮家邦彦立命館大学 客員教授/外交政策研究所代表

1978年東大法卒、外務省入省。カイロ、バグダッド、ワシントン、北京にて大使館勤務。本省では、外務大臣秘書官、中東第二課長、中東第一課長、日米安保条約課長、中東局参事官などを歴任。

2005年退職。株式会社エー、オー、アイ代表取締役社長に就任。同時にAOI外交政策研究所(現・株式会社外交政策研究所)を設立。

2006年立命館大学客員教授。

2006-2007年安倍内閣「公邸連絡調整官」として首相夫人を補佐。

2009年4月よりキヤノングローバル戦略研究所研究主幹(外交安保)

言語:英語、中国語、アラビア語。

特技:サックス、ベースギター。

趣味:バンド活動。

各種メディアで評論活動。

宮家邦彦

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