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.国際  投稿日:2022/9/20

世界一幸せな国ブータンの観光振興策


中村悦二(フリージャーナリスト)

【まとめ】

・コロナ禍でマイナス成長のブータンの観光客受け入れ再開策が注目されている。事実上の「観光税」が4倍に。

・ブータンは国民総幸福量(GNH)を提唱。経済成長を過度に重視する考え方でなく、国民の幸福に資する開発の重要性を唱えている。

・「High Value、Less Volume」の観光とGNHの現状に触れてみてはいかが。

 

新型コロナ感染のパンデミック(世界的感染)が下火になるにつれ、外国人観光客の受け入れを解禁する国が相次いでいる中、ヒマラヤの小国ブータンの再開策が注目されている。

ブータンは、「9月23日から外国人観光客受け入れ再開」と発表。その際、Sustainable Development Fee(SDF=持続的国土開発費)を1泊当たり従来の65米ドルから200米ドルに引き上げた。なんと3倍以上の値上げだ。4泊のブータン旅行で、一人当たりのブータン地上費が540米ドル(約7万7,200円)高くなる。ほかに、ホテル代・移動代・食事代・ガイド代が別にかかる。

陸路で入国する場合が多いインド人の場合も、従来は無料だったが、1泊当たり1,200ニュルタム(=1,200インド・ルピー=約2,170円=約15ドル)のSDFが課せられる。インド紙報道によると、決められた地点から陸路で入るバングラデシュ人、モルディブ人もインド人の場合と同額のSDF支払いが義務づけられるという。

ブータンは国土が九州ほどの広さで、人口は77.2万人。立憲君主制で、主要産業は農業、林業、水力発電による余剰電力のインド向け輸出、観光業だ。世界銀行資料(2021年10月6日段階)によると、同国経済は1980年代来、平均7.5%成長を続け、1日の生活費が3.2米ドル以下とする貧困層の全国民に対する割合は2017年には2007年の3分の1の12%に低下した。しかし、新型コロナ感染拡大で、2020年7月/2021年6月の経済成長率は、前年度の二けたマイナスほどではないが、マイナス1.2%となった。インフレも食品を中心に進行している。

ブータン政府観光局(Tourism Council of Bhutan/TCB)のウエブ上の説明によると、同国観光は1974年に政府主導で開始。1991年の終わりに民営化が実施され、政府観光庁(Tourism Authority of Bhutan/TAB)が発足。観光事業の促進および統制役をになった。その後TABは貿易・産業省下の観光庁という位置づけとなり、2008年には首相をトップにいただき、ブータン政府観光局(Tourism Council of Bhutan)という名称に変更されたという。その実権を政府が持っていることに変わりなく、ホテルの格付け、同国旅行に必須のガイド、輸送業者などの認定についてもTCB が行っている。

TCBが9月17日に開いたインターネット・セミナーでの説明によると、SDFの支払いはビザないし入国申請時に電信送金あるいはクレジット・カードで、としている。

SDFは実質的には観光税といえるが、ブータンは国民総幸福量(GNH: Gross National Happiness)という独自の概念を提唱している。経済成長の観点を過度に重視する考え方でなく、経済成長と開発、文化遺産の保護と伝統文化の継承・振興、豊かな自然環境の保全と持続可能な利用、良き統治-を柱として、国民の幸福に資する開発の重要性を唱えている。

観光業も、環境保全、文化遺産の促進、主権国家の保護とGNHの実現のために力になっていくことが求められ、「High Value、Less Volume」の観光政策を採ってきている。

同国政府は、今回のSDFの大幅引き上げは、そのための一環としている。

観光業界からは、若者が豪州、中東へ出稼ぎに出かけてしまい、「労働力不足」との声も聞かれる。

ブータンを日本に初めて紹介したのは、中尾佐助氏(1961年に大阪府立大教授)の『秘境ブータン』(毎日新聞社1959年刊)。筆者が読んだのは、同名の現代教養文庫(世界文化社、1971年刊)だが、日本エッセイスト・クラブ賞を受賞した本らしく、軽妙なタッチでブータンの自然、社会、文化を活写(現在、岩波現代文庫に入っている)。氏は後に西日本から台湾、華南、ブータン、ヒマラヤに広がる照葉樹林圏と植生日本との類似性をも論じた「照葉樹林文化論」を展開して話題となった。

▲写真 来日したジグミ・ケサル国王夫妻(2011年11月17日 東京) 出典:Photo by Jun Sato/WireImage

日本との外交関係樹立は1986年3月。日本は2007年11月のブータンの総選挙時には、公正・円滑実施に向け100万米ドル強の緊急無償支援を実施。一方、ブータンは2011年3月11日の東日本大震災に際し、翌12日にジグミ・ケサル国王主催の祈りの式典を行い、義援金100万米ドルを寄付した。同年11月には外交関係樹立25周年を記念して国王夫妻が国賓として訪日。その折、王妃が「ユニクロに行きたい」といったことが、日本の茶の間で、ほほえましい、と話題になった。

ブータン旅行には、トレッキングもある。高価な上に狭い枠とはいえ、GNHの現状に触れてみては、いかがだろうか。

トップ写真:標高約3000m以上の切り立った岩壁に建つチベット仏教信仰の聖地、タクツァン僧院と若い僧侶。ヒマラヤの山々を望むブータンは観光立国でもある。(2008年 ブータン・パロ) 出典:Photo by Paula Bronstein/Getty Images




この記事を書いた人
中村悦二フリージャーナリスト

1971年3月東京外国語大学ヒンディー語科卒。同年4月日刊工業新聞社入社。編集局国際部、政経部などを経て、ロサンゼルス支局長、シンガポール支局長。経済企画庁(現内閣府)、外務省を担当。国連・世界食糧計画(WFP)日本事務所広報アドバイザー、月刊誌「原子力eye」編集長、同「工業材料」編集長などを歴任。共著に『マイクロソフトの真実』、『マルチメディアが教育を変える-米国情報産業の狙うもの』(いずれも日刊工業新聞社刊)


 

中村悦二

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