マレーシア総選挙 思惑入り乱れ
中村悦二(フリージャーナリスト)
【まとめ】
・マレーシア総選挙時期めぐり、政治的思惑入り乱れる。下院解散時期の選択肢は3つとの見方が支配的。
・連立の動き、首相の党内順位、実力者の汚職や前首相への恩赦獲得の動き、有権者年齢引き下げなど、不確定要素が多数影響。
・イスマイル首相はインド人貧困学生支援で延命図るが、与党トップ5による予算決定会合は延期に。政治的圧力を示唆。
マレーシアでは、国王が任期5年の下院議員の定数222の内、誰が過半数支持を得るかについて判断し、首相として任命する。
総選挙で雌雄を決する形で決着がつけば問題ないが、総選挙なしに誕生したムヒディン前首相、イスマイル・サブリ・ヤーコブ現首相の場合には、複雑な連立の動きがあり、国王の判断に基づいた。現在の下院議員の任期は2023年7月16日まで。連邦下院、州議会の総選挙とも小選挙区制のため、選挙区の与野党や各党派内、連立相手の調整なども活発となる。その結果、自然解散前の解散時期を巡って思惑が入り乱れることになる。
写真)エリザベス2世女王死去を受け、弔意の記帳をするイスマイル・サブリ・ヤーコブ首相(2022年9月15日 クアラルンプール)
出典)Photo by Annice Lyn/Getty Images
通常、11月下旬―1月のマレー半島東海岸側のモンスーン時期、1月末の中国正月、イスラム教徒の断食期間(2023年は3月23日から約1か月間の4月末まで)、6月末のハリラヤ・ハジ(犠牲祭)の時期は総選挙実施に適さないと見られている。
また、政府は10月7日に2023年予算案を提出し、1か月程度内に可決をしたいとしている。
このため、自然解散前の総選挙の可能性は、11月のモンスーン入り前(同国気象庁は昨年のモンスーン入りは11月21日としている)、来年2月-3月の断食入り前、5月―6月のハリラヤ・ハジ前までの三つしかない、との見方が支配的だ。
事態をさらに複雑にしているのは、議会の解散権をもつイスマイル首相は、母体の統一マレー国民組織(UMNO)では、ザヒド・ハミディ総裁、モハマド・ハッサン副総裁に次ぐ副総裁補でナンバー3に過ぎないこと。しかも、ザヒド・ハミディ総裁、モハマド・ハッサン副総裁は、政府系ファンドである1MDBの45億ドルともいわれる不正資金流出事件で禁固12年の実刑判決を受け収監されたナジブ・ラザク元首相と同様、汚職問題で訴追されている。ザヒド・ハミディ総裁のビザ・システム受注を巡る汚職容疑に関しては、マレーシア高裁が9月23日、無罪を宣告したが、他の汚職案件でも起訴されている。現地紙は、「今回の無罪判決で、ザヒド・ハミディ総裁が次期総選挙に立候補することは可能」との法律家の見方を伝える一方、「まだ別の汚職案件があるので、立候補は無理」といった見方も示している。
写真)ナジブ・ラザク元首相(2013年)
出典)Photo by Nicky Loh/Getty Images
ナジブ元首相は、「高血圧と胃潰瘍」の治療とかで、刑務所からクアラルンプール市内の病院に移ることを許され、さらにリハビリの病院で治療をしていたが、保健省は「健康状態は良好で、独自の理学療法が可能」との声明を出し、ナジブ氏は9月23日に刑務所に再収監された。
ザヒド・ハミディUMNO総裁は、マレー人の間でまだ人気があり、「実質的なUMNOの指導者」ともいわれるナジブ元首相に対するアブドラ国王の恩赦獲得に動いている。訴追されている身では選挙に立候補できない。
同国の国王には、スルタンないしラージャーを擁する半島部の9州の統治者が輪番で就いている。首都クアラルンプールに隣接するセランゴール州のスルタン、シャラフディン・イドリス・シャーは9月12日、ナジブ元首相とその妻のロスマ・マンスール氏に与えた勲章の取り消しを発表。「汚職を許さず」の姿勢を鮮明にした。ぺラ州のスルタンであるナズリン・シャーも9月22日、汚職問題を軽視してはならない、と警鐘を鳴らした。国王が果たして恩赦の道筋を立てるかどうか。まだ、分からない。
2018年5月の第14回連邦下院総選挙で、1981年7月から22年間にわたって首相を務めたマハティール氏は野党連合の希望連盟(PH)を率い、与党UMNOの首相候補だったナジブ氏を破り、首相に返り咲いた。マハティール氏の1981年時の支持母体はUMNO。返り咲き時にはUMNO支配を初めて打破することとなった。そのマハティール氏は、ナジブ首相の生みの親だったが、今は「汚職は悪だ」と手厳しい。
写真)マハティール元首相(2018年)
出典)Photo by Ulet Ifansasti/Getty Images
イスマイル首相は、10月7日提出予定の2023年予算案に関し、UMNOトップ5による9月17日の会合で決める予定だったが、延期を余儀なくされた。同首相は、政治的な圧力があったことを示唆している。
現地英字紙によると、9月22日の閣議の主題はモンスーン時の洪水問題。ニュー・ストレート・タイムズ紙は、気象庁は急激な気候変動が収まるのは来年2月末ないし3月初めとしている、と報道。カイリー・ジャマルディン保健相は、大雨が続いた際などの衛生問題などにも言及した。
ザヒド・ハミディUMNO総裁は、「UMNOは(モンスーンの)洪水時でも総選挙を行うべきとした覚えはない」などと言い、言い回しが微妙に変化してきている。
イスマイル首相は、「昨年12月に有権者年齢が21歳から18歳に引き下げられて約400万に上る有権者が増え、国政選挙の初の有権者となる若者は780万人になる。次の総選挙での有権者数は前回の約1,490万から少なくとも2,270万人に上る」と指摘。UMNOを中心とする政党連合である国民戦線(BN)がこの人口動態を踏まえ、若者の動向を見極めないと、2018年の総選挙と同様に「敗退という事態になる」とする。汚職体質を引きずっていてはまた負ける、といっているように聞こえる。
同首相は、BNの一角を占めるマレーシア・インド人会議(MIC)の集会の場で、2023年予算案に貧しいインド人学生向け支援で200万リンギを織り込んだ、などと語り、若者支援を前面に出している。
イスマイル首相にして見れば、首相在任期間は長いほどよい。
トップ写真:マレーシア首都クアラルンプール(2000年)
出典:Photo by Tim Graham/Getty Images
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この記事を書いた人
中村悦二フリージャーナリスト
1971年3月東京外国語大学ヒンディー語科卒。同年4月日刊工業新聞社入社。編集局国際部、政経部などを経て、ロサンゼルス支局長、シンガポール支局長。経済企画庁(現内閣府)、外務省を担当。国連・世界食糧計画(WFP)日本事務所広報アドバイザー、月刊誌「原子力eye」編集長、同「工業材料」編集長などを歴任。共著に『マイクロソフトの真実』、『マルチメディアが教育を変える-米国情報産業の狙うもの』(いずれも日刊工業新聞社刊)