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.国際  投稿日:2022/11/29

セルビアで再確認、陸上国境の脆弱性


宮家邦彦(立命館大学 客員教授・外交政策研究所代表)

「宮家邦彦の外交・安保カレンダー 2022#47」

2022年11月28-12月4日

 

【まとめ】

・バルカン半島に位置するセルビアは、3つのランドパワーの脅威に直面しているため、複雑怪奇な歴史に翻弄されてきた。

・隣国が友好的な国でないと海洋への出口がのぞめない、という陸上国境の恐ろしさがある。

・陸上国境を巡る紛争は常に「ゼロサムゲーム」であり、その脆弱性は地政学の基本的法則だ。

 

 今週はセルビアについて書く、と先週申し上げた。でも、モルドバの首都キシナウからセルビアの首都ベオグラードまでは何故か直行便がない。一度イスタンブールに戻り、改めて同じトルコ航空でセルビアまで飛ぶ。三角形の二辺を行くようなモドカシサはあるが、要はイスタンブールが地域の重要な「ハブ」の一つになっているのだろう。 

ベオグラードは昔のユーゴスラビアの首都。しかし、過去二千年以上の歴史からすれば、「ユーゴ」なんてごく最近のエピソードに過ぎない。バルカン半島は、北西から西欧のカトリック勢力等、北東からはロシア、更に南方からはイスラムという、3つのランドパワーの脅威に長年直面してきたからである。 

セルビアはバルカン半島の中央に位置する地域の有力国だが、その地政学的位置は必ずしも良好ではない。それどころか、このセルビア正教会の旧王国は、不幸にも、北西のカトリック諸国とドイツ、北東のロシア帝国・ソ連・ロシア連邦、南部のイスラム・オスマン帝国から直接圧力を受け続ける運命を背負ってきたのである。 

ベオグラードは古代から欧州の東西と南北の交通の交差地点であり、諸帝国がこの地を通り、地域と世界の覇を競ってきた。市内のドナウ川とサワ川が合流する地点を見下ろす過去2300年の歴史を誇る城壁は圧巻である。この地に立つとローマ時代からオスマン帝国、ユーゴスラビアへと続く長いセルビアの歴史の重さを実感する。 

最も興味深かったのは陸上国境の恐ろしさだ。こればかりは海に囲まれた日本に全くない感覚である。友好的な国と陸上国境を共有すれば、これほど恩恵をもたらすことはない。人とモノが国境を行き来するだけ、両国の国民は潤うからだ。ところが隣国が敵対国である場合は、全く逆のことが起こる。 

その意味では、今回訪れたセルビアほど不幸な国はないだろう。残念ながら、この国には海岸線がなく、国境は全て陸上国境だからだ。昔はアドリア海に面するモンテネグロとの関係が良かったので、まだ海洋への出口はあったが、今は昔ほど良好でもないらしい。このハンディキャップは決して小さくないだろう。 

セルビアといえば、コソボ紛争について国際社会に批判されてきたが、実際にベオグラードでセルビアの歴史を深く知れば知るほど、冒頭述べた複雑怪奇なバルカン半島の歴史にセルビア人が翻弄されてきたことが見えてくる。東方教会系のセルビア正教にとって、北からのカトリック、南からのイスラムの圧力は実に強大だったからだ。 

誤解を恐れずに言えば、歴史的に見てセルビアは、オスマン朝の圧倒的に強力な軍事力による侵攻から、欧州のキリスト教社会、特に中欧のオーストリア・ハンガリー帝国のカトリックを守ってきた、と言えないこともない。中世から近代にかけてセルビア王国が最前線で戦わなければ、オスマン帝国の支配はオーストリア・ハンガリーから遠くドイツやフランスにまで及んだかもしれないからだ。 

この悲しいバルカン半島をめぐる戦争の歴史をベオグラードで振り返ってみたら、今回一つ新たな発見があった。陸上国境をめぐる紛争は常に「ゼロサムゲーム」であり、容易に「ウインウイン」とはならない、ということだ。オスマン帝国の圧力でセルビア人は北方に撤退し、オスマンは力の真空が生まれたコソボにアルバニア人を移住させた。その地はセルビアであると同時にイスラム系住民の土地でもある。 

 こうなると、紛争を「ノンゼロサムゲーム」にすることは極めて難しく、万一政治家が解決を急げば、往々にして「虐殺」が起きる。これはコソボだけでなく、パレスチナ問題でも、アフリカの部族間同士の紛争でも、基本的には同じ力学だ。今回のモルドバ・セルビア出張は、陸上国境の脆弱性という、地政学の基本的法則を再確認せざるを得ない旅となった。 

次回はいつになるか分からないが、スロベニア、クロアチア、ボスニアヘルツェゴビナ、モンテネグロ、アルバニアを北からレンタカーで縦断できればなぁ、と思っている。モルドバとセルビアでは日本大使館に大変お世話になった。この場を借りて関係者に深甚なる謝意を表したい。 

 

〇アジア  

中国でゼロコロナ対策に関し、習近平退陣を求めるデモが北京や上海で起きたと大きく報じられている。「中国で異変が起きている」「国民の不満をそらすため、習政権が台湾統一の動きを加速する危険性もある」と書くメディアもあるが、筆者今は信じない。この分析がどの程度信憑性があるか、今後慎重に見ていく必要があると思う。 

画像)11月28日、ゼロコロナ政策や言論統制への批判を込めて花と白紙を掲げる香港の若者たち。

出典)Photo by Anthony Kwan/Getty Images

 

〇欧州・ロシア 

ウクライナ国営原発運営企業トップが、ロシア軍のザポリージャ原発撤退準備の兆候に言及したそうだ。こうした情報が何を意味するかは不明だが、常識的には、原発のような施設を占領しても、軍事的に優位に立てるとは限らない。ロシアが困っている兆候なのかもしれないが、これも情報戦の一部かもしれないので、要注意だ。 

 

〇中東 

イラン当局は、ハメネイ最高指導者の姪を「残忍で子どもを殺す政権」だと現政権を動画で批判した容疑で逮捕したという。姪だから逮捕されない訳ではないが、先週イスタンブールで会ったイランの女子高生たちも含め、イランで何かが起きているのだろうが、それで体制が直ぐ揺らぐとは思えない。ここでも冷静な分析が必要だろう。 

 

〇南北アメリカ  

カリフォルニア州知事が次期大統領選でバイデンを支持し、民主党候補指名争いに名乗りを上げる考えはないことを明らかにしたそうだ。しかし、逆を読めば、バイデンが出馬断念となれば、直ぐに出馬表明するのではないか。そもそも、アメリカ政治では2年後のことなんて誰も分からないのだから。 

 

〇インド亜大陸  

 特記事項なし。今週はこのくらいにしておこう。いつものとおり、この続きは今週のキヤノングローバル戦略研究所のウェブサイトに掲載する。

 

トップ画像:セルビアのベオグラードにある聖サヴァ寺院とその周辺地域。

出典:Photo by Getty Images

 




この記事を書いた人
宮家邦彦立命館大学 客員教授/外交政策研究所代表

1978年東大法卒、外務省入省。カイロ、バグダッド、ワシントン、北京にて大使館勤務。本省では、外務大臣秘書官、中東第二課長、中東第一課長、日米安保条約課長、中東局参事官などを歴任。

2005年退職。株式会社エー、オー、アイ代表取締役社長に就任。同時にAOI外交政策研究所(現・株式会社外交政策研究所)を設立。

2006年立命館大学客員教授。

2006-2007年安倍内閣「公邸連絡調整官」として首相夫人を補佐。

2009年4月よりキヤノングローバル戦略研究所研究主幹(外交安保)

言語:英語、中国語、アラビア語。

特技:サックス、ベースギター。

趣味:バンド活動。

各種メディアで評論活動。

宮家邦彦

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