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.国際  投稿日:2022/12/22

北朝鮮、今年の穀物生産量激減


朴斗鎮(コリア国際研究所所長)

 

【まとめ】

・今年に入って北朝鮮住民の悲惨な食料事情は悪化の一途を辿っている。高位層であっても退職後は雀の涙ほどの配給で生きていかなくてはならない。

・今年の北朝鮮の食糧作物生産量は、昨年より18万トン減の451万トンで、穀物必要量600万トンを150万トン下回る。

・食料難の中で収穫物の横流しが深刻化しており、警察は個人がコメを売ったら銃殺刑」警察は言い出した。

 

 2022年1年中ミサイルを打ちまくり軍拡路線を突っ走っている金正恩総書記は、12月15日にも東倉里の西海衛星発射場で初の大出力固体燃料エンジンの地上実験を行い、18日には軍事偵察衛星実験とみられるロケットを高度500キロまで高角度発射した。

その一方で人民を欺瞞し自身の権威を高めるために、停電で地獄となる映画セットのような平壌の「高層アパート」を宣伝し、わずかな農作物すら個人栽培できない「見せるための農村住宅」映像を流し続けている。それらは住民が切実に求め続けている食料問題の解決には何ら役立っていない。今年に入って北朝鮮住民の悲惨な食料事情は悪化の一途を辿っている。

党中央幹部も退職すれば配給は雀の涙

金正恩総書記の金庫番であった全日春(チョン・イルチュン)前39号室室長の婿であるリュ・ヒョヌ前クウート北朝鮮代理大使(2019年9月脱北)、12月16日に朝鮮日報ユーチューブ「ペ・ソンギュ-ペ・ソビンの政治パンチ」に出演し、「北朝鮮高位層は太ってよい暮らしをする人々という誤解があるが、彼らも退職すれば雀の涙の配給で生きなければならない」と話し、「義父である全日春前室長は39号室長を退職した後、中央党からの配給がなくなり、国家配給所から配給を受けて生活しなければならなかった」とし「 配給された6ヶ月分の食糧はジャガイモ2kgだけだった」と話した。

リュ前代理大使は「国家公式配給では数日も生きられず、妻が父をつかんで泣いた」とも語り「北の高位層がこんな状態なので一般人民はいゆうまでもない」と語った。

 

彼は「北朝鮮の宣伝扇動部第1部部長を務めた李戴日(リ・ジェイル)も退職後に配給をまともに受けられず、家庭に米がなくなったという」と述べ、「宣伝扇動部で共に仕事をしていた金与正に頼んでやっと党中央配給所で配給を受けた」と語った。また「労働党書紀だった金養健(キム・ヤンゴン)が死んだ時、金正恩が金養健夫人に欲しいものがあるかと尋ねたところ、夫人が息子の住む家をお願いしますと頼んだ」とし、「金養健のような人でも子供の住む家がない状態」と明らかにした。

北朝鮮では現職の時は住宅と車両、月給、中央党の配給が出てくるが、退職すれば家と車両を返還しなければならず、配給も一般住民の水準に落とされる」とし「金正恩は自分の部下がどのように暮しているのかは全く知らず関心もない」と金正恩の非情さを指摘した。

 

■ 北朝鮮の穀物生産2022年はさらに減少

韓国農村振興庁は12月14日、北朝鮮地域の気象環境、病虫害発生、肥料需給状況、国内外研究機関の作況資料、衛星映像情報などを総合して分析した「2022年北朝鮮食糧作物生産量推定結果」を発表した。

それによると、今年の北朝鮮の食糧作物生産量は、昨年より18万トン減少した451万トンということが分かった。これは北朝鮮での穀物必要量600万トンを150万トン下回る数字だ。

作物別生産量はコメが207万トンで、昨年より9万トン(4.2%)減少した。この他、トウモロコシが157万トン、ジャガイモ・サツマイモ49万トン、小麦・麦18万トン、大豆18万トン、その他雑穀2万トンとなっている。トウモロコシは昨年より生産量が2万トン(1.3%)減少し、ジャガイモ・サツマイモは8万トン(14%)、大豆は1万トン(5.3%)減少した。

不作の主な原因は、コロナウイルスの蔓延による労働力投入の遅れと農村への投資不足だ。そして農繁期の干ばつと夏の大雨、稲の生育期である7月の低温および少ない日射量、穀物が熟す9月における気温の急激な低下なども大きく影響した。

 

■ 大号令をかけた小麦・麦生産も目標を大幅に下回る

ただ小麦・麦は耕作面積が増えて昨年より2万トン(12.5%)増加したという。しかしこれも目標を大きく下回った。

金正恩は昨年9月29日に開かれた最高人民会議第14期第5回会議の施政演説で、 「全国的に小麦と麦の耕作面積を2倍以上に増やし面積当たり収穫率も高め、人民に米と小麦を保証することで、食生活を先進的に改善していく条件を造成しなければならない」と指示したことがある。

その後金正恩は、昨年末に行われた党第8期4回総会でも、国の穀物生産構造を変え、稲と小麦生産を強く推進することが党の主な課題であると強調した。

しかし北朝鮮は小麦生産が計画ほど成果を出せないため、ロシアから小麦を輸入し、これを軍関連機関及び国家食糧販売所に提供した。 北朝鮮はロシア産小麦の輸入を継続しているようだが、これは不足した生産量を輸入で埋める意図であると思われる(韓国デイリーNK)。

 

■ 個人がコメを売ったら銃殺刑

北朝鮮当局は昨年5月、各地に国家食糧販売所を開設した。1990年代後半の「苦難の行軍」以降、市場(チャンマダン)に奪われた穀物の流通、価格決定の主導権を取り返すのが目的だった(元々北朝鮮では、市場でのコメなどの穀物売買は禁止されていた)。

だが、思うように穀物が入荷しなかったり、質が悪かったり、買い占めて市場で転売して儲ける商人が現れたりするなど、当局の思惑通りに進まない状況が続いた。

これに対して、当局は超強硬策に出たと咸鏡北道(ハムギョンブクト)のデイリーNK内部情報筋が伝えてきた。当局は、「個人が通り(道端)で穀物を販売する現象を徹底してなくすことについて」という指示を10月末と11月中旬の2回にわたって下した。現在、清津(チョンジン)市内では国家食糧販売所や国営商店以外の場所で個人(商人)の穀物販売が厳禁となっている。安全員(警察官)が通りをパトロールしており、摘発されれば穀物はすべて没収されるが、度重なる取り締まりにも一向になくならない。

個人販売に業を煮やしたのか、安全員はついに「個人がコメを売ったら銃殺刑」などと言い出した。何らかの法律や命令の施行初期に、摘発された者に重罰を課すのが北朝鮮の常套手段だ。情報筋も「国が警鐘を鳴らそうと決心すれば、見せしめに本当に銃殺される可能性がある」と、安全員の話が単なる脅しではないかもしれないと述べた。

こうした中で、北朝鮮メディアは12月8日、穀物の予想収穫量の判定や義務的な買い上げに絡む運用を定めた「農場法」と「糧政法」を改定する政令が採択されたと伝えた。収穫物の管理を強化するとみられるが、その背景には、食料難の中で収穫物の横流しが深刻化している状況がある。当局は農産物の収穫から流通までの全段階で統制を強める方針とみられる。

金正恩は「人民愛」を掲げて北朝鮮が「社会主義の最高レベルに達したと」と叫んでいるが、現実は彼が流すプロパガンダ映像とは正反対に進んでいる。

 

トップ写真:畑作業を行う北朝鮮農民(2005年04月20日、北朝鮮・サリウォン)

出典:Photo by Gerald Bourke/WFP via Getty Images

 

 




この記事を書いた人
朴斗鎮コリア国際研究所 所長

1941年大阪市生まれ。1966年朝鮮大学校政治経済学部卒業。朝鮮問題研究所所員を経て1968年より1975年まで朝鮮大学校政治経済学部教員。その後(株)ソフトバンクを経て、経営コンサルタントとなり、2006年から現職。デイリーNK顧問。朝鮮半島問題、在日朝鮮人問題を研究。テレビ、新聞、雑誌で言論活動。著書に『揺れる北朝鮮 金正恩のゆくえ』(花伝社)、「金正恩ー恐怖と不条理の統治構造ー」(新潮社)など。

朴斗鎮

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