無料会員募集中
.国際  投稿日:2024/7/14

過去の暗殺事件、ほとんどが〝理由なき犯行〟 少ない政治的背景


樫山幸夫(ジャーナリスト、元産経新聞論説委員長)

【まとめ】

・カムバックをめざすトランプ米前大統領が遊説中、撃たれた負傷した。生命に別条なし。

・選挙戦への影響がとりざたされているが、今後の状況を見守るべきだろう。

・洋の東西を問わず、選挙中の襲撃事件は明確な政治的動機をもった犯行というより、曖昧な〝理由なき犯行〟が少なくない。

 

■ タフさ誇示、トランプ人気、上昇か 

遊説中に撃たれたトランプ前大統領のけがの程度は不明だが、生命に別条なかったのは不幸中の幸いだった。

米国内、各国から凶行への非難、糾弾の声が相次いでおり、選挙戦への影響を推し量る動きが広がっている。銃撃にひるまずこぶしを突きあげタフさを誇示したトランプ氏の人気がたかまる可能性も指摘されている。

20歳の容疑者は射殺され、いまのところ動機などは明らかではないが、候補者を排除しようとして企てた暗殺計画が逆にその人気を高める結果になったなら、皮肉というほかはない。

一つの転機で情勢が大きく変わりうる選挙のことであり、帰趨を占うには今後の展開をしばらく注視する必要があろう。

■ 女優の気をひくために大統領狙う

アメリカ大統領、その候補が撃たれた過去の事件を見ると、1963年にテキサス州を遊説中に撃たれ死亡したジョン・F・ケネディ大統領(民主党)、1981年、ワシントン市内のホテルで撃たれ重傷を負ったロナルド・レーガン大統領(共和党)のケースなどがある。

ケネディ暗殺容疑者は逮捕2日後、留置されていたダラス市内の警察署で暗殺され動機は不明のまま。 

レーガン狙撃犯は精神を病んでおり、ファンだった女優の気をひくためというのが動機で政治的な色彩はなかった。  

大統領選候補の襲撃としては、1968年の予備選中、ロバート・ケネディ上院議員(民主党)が撃たれた事件を老境に入った人なら覚えているだろう。

ケネディ大統領の実弟、ことしの大統領選を無所属で戦っているロバート・ケネディ・ジュニア氏の父で、伝統的にイスラエル寄りのアメリカの中東政策に反発するパレスチナ系青年の犯行だった。ケネディ氏が選挙戦を継続していたら、当選有力とみられていた。

記憶している人は少ないだろうが、1972年の大統領選で第3の党から出馬していたジョージ・ウォレス・アラバマ州知事も、政治的動機を持たない青年に撃たれ、下半身不随となった。

犯人は氏を標的にしていたわけではなく、有名人ならだれでもよかったなどと供述した。

ウォレス氏は、大統領選継続を断念せざるを得なかったが、知事には1974年に再選された。

■ 投票前日に銃撃された台湾の陳総統

アメリカ国外の例をみると、2年前、奈良県内で参院選の応援演説中に安倍晋三元首相が撃たれ、死亡した事件を直ちに想起する。戦後最大の暗殺事件といわれる。

犯人は、母親が旧統一教会に多額の献金をして生活が困窮していたことから、教会の集会にビデオメッセージを送った安倍氏への恨みを募らせて犯行に及んだ。

当初は今日統一教会トップを狙ったというが実現しなかったという。代わって標的にされた安倍氏こそ気の毒というべきだろう。

1年足らず後の昨年4月には、衆院補選の応援のため和歌山市内を訪れた岸田首相の演説会場に爆発物が投げ込まれた。

首相は間一髪で難を逃れたが、その場で取り押さえられた犯人は黙秘、安倍襲撃事件の模倣犯なのか、動機はいまだに明らかにされていない。

さかのぼって2007年4月の長崎市長選では、4選をめざす当時の伊藤一長市長が、暴力団員に長崎駅近くの選挙事務所前で撃たれ間もなく死亡した。

犯人は公共工事をめぐって市当局に恨みがあったなどといわれたが、殺人を犯すにはあまりに薄弱な動機だった。犯人は無期懲役刑が確定した。

さらに時代をさかのぼると、当サイトでも紹介したことがあるが、1960年の総選挙。公示前、日比谷公会堂で行われた3党首演説会で、当時の日本社会党(社会民主党の前進)の浅沼稲次郎委員長が演説のさなか、演壇に駆け上った右翼の少年に刺され、死亡した。

犯人は、所属する右翼団体の幹部から使嗾され、浅沼氏が悪いと信じ込まされていたというが、収容されていた少年鑑別所で自殺、真相解明はならなかった。

今回のトランプ銃撃事件について中国のメディアがなぞらえたのは、2004年の台湾総統選での現職陳水扁候補の銃撃事件だ。

この時の総統選では民進党の陳水扁氏と中国国民党の連戦元副総統との間で激戦が繰り広げられていたが、投票前日の事件が有権者を動かし、陳総統に有利に運んだとの見方がなされている。

容疑者の男は10日後に湖で水死体となって発見され、動機はいまだに不明だ。

■ バイデン陣営、トランプ攻撃を抑制?

トランプ銃撃に話を戻すと、秋の大統領選で再選をめざすバイデン米大統領は、「誰もが非難しなければならない」と述べて事件の徹底捜査の方針を明らかにした。トランプ氏に見舞いの電話をかけたという。

今回の事件で、トランプ氏に「暴力に屈しない男」との称賛、けがへの同情も強まり、けがをした氏への配慮から、攻撃、非難を抑えざるをえなくなれば、バイデン大統領は不利な状況を強いられる。テレビ討論の不出来で、撤退圧力が強まっていることを考えればいっそう深刻だろう。

トランプ氏にとっては、大きな災いを福となしてますます勢いづくチャンスであり、トランプ優勢、バイデン劣勢の形勢がいよいよ鮮明になるとの見方も広がりつつある。

トップ写真:銃撃後、SPに支えられながらも拳を突き上げるトランプ氏(2024年7月13日アメリカ・ペンシルベニア)出典:Anna Moneymaker/Getty Images




この記事を書いた人
樫山幸夫ジャーナリスト/元産経新聞論説委員長

昭和49年、産経新聞社入社。社会部、政治部などを経てワシントン特派員、同支局長。東京本社、大阪本社編集長、監査役などを歴任。

樫山幸夫

copyright2014-"ABE,Inc. 2014 All rights reserved.No reproduction or republication without written permission."