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.国際  投稿日:2023/1/17

日本・マレーシア海保が共同訓練実施


大塚智彦(フリージャーナリスト)

「大塚智彦の東南アジア万華鏡」

【まとめ】

・南シナ海で軍事拠点化進める中国が周辺国の領海・EEZ侵入や海底資源開発を監視。

・日本は共同訓練や装備供与で周辺国と連携を強化。

・米豪+印ASEANなど国際社会が中国へ圧力をかけ続けることが求められる。

 

マレーシアの海事執行庁(沿岸警備隊)と日本の海上保安庁の艦艇がボルネオ島沖の南シナ海で共同訓練を行った。訓練は南シナ海への外国船舶の不法侵入を想定した対処訓練で、中国の船舶を想定したものという。

訓練は1月10日から13日までの4日間マレーシアの沿岸警備隊と日本の海上保安庁の船舶により実施され、南シナ海のマレーシア領海、排他的経済水域(EEZ)に対する外国船舶の侵入にどう対処するかを演練した。

南シナ海では中国が一方的にその大半をカバーする「九段線」なる海域を設定し、そこでの海上権益を主張している。

このためフィリピン、マレーシア、ブルネイ、ベトナム、台湾と中国の間で領有権問題が生じている。「九段線」内にある島嶼や環礁では中国が一方的に埋め立てなどで建築物や滑走路、港湾、レーダーサイトなどを整備して軍事拠点化を進めており、周辺国との間で摩擦が生じている。

こうした事態に対処するため海上保安庁はマレーシア沿岸警備隊をはじめ周辺国との間で共同訓練や情報交換、資材供与などを強化して信頼醸成を積極的に進めている。

 

■ サウンドキャノンの供与

現地からの報道などによると、今回の訓練ではサウンドキャノンと呼ばれる「長距離音響装置(LRAD)」を使った訓練も実施された。

LRADは領海やEEZに不法に侵入する外国船舶などで攻撃的だったり協力を拒否したりする船舶に対して高出力の音波を発して妨害すると同時に音声による警告を伝えることが可能な特殊装備で、海保はマレーシアに対して今回4門を寄贈した。

写真:「長距離音響装置(LRAD)」の取り扱い研修

出典:海上保安庁ホームページ

写真:「長距離音響装置(LRAD)」の性能試験

出典:海上保安庁ホームページ

マレーシアではこのLRADを巡視艇などに装備して有効活用する方針という。

LRADは米海軍や警察が使用しているほか日本も2009年に捕鯨調査船団を攻撃的に妨害する海洋環境保護団体とされる「シーシェパード」に対してその接近を阻止するために使用した例が報告されている。

 

■ 想定する対象は中国海警局船舶

マレーシアが2020年に発表した統計では2010年から2019年までにマレーシアの主権を侵害した中国海警局船舶の例は890回に上っているという。

南シナ海は日本のエネルギー輸入の80%を依存する重要なシーレーンでもあることから、これまでも海保はマレーシア沿岸警備隊に対し、巡視船の供与や共同訓練を通じて関係を強化して来た経緯がある。

南シナ海を巡っては2014年にフィリピンが「九段線」は無効としてオランダ・ハーグの常設仲裁裁判所(PCA)に提訴。PCAは2016年に中国が主張する「九段線」とその囲まれた海域は「国際法上の法的根拠がなく違法である」との判断を下したが、中国は一貫してそれを無視して一方的な海洋権益の主張を続けている。

このためフィリピン、ベトナム、マレーシアは中国海警局の船舶による不法侵入や妨害を常に受ける事態となっている。

 

■ 海底資源開発を探る中国

2022年の12月末から2023年の年始にかけて中国海警局の大型船舶がインドネシアのEEZに侵入した。南シナ海南端に位置するインドネシア領ナツナ諸島北方海域のEEZ内では英独立系石油ガス会社とインドネシアによる海底資源開発が進行中で、中国はその状況を「偵察」する目的もあったとして、インドネシア側は警戒感を強めている。

マレーシアの場合、ボルネオ島から約120キロ北に位置する南シナ海のEEZ内にあり実効支配を続けているルコニア礁では2013年以降中国海警局の船舶によるEEZ侵入が相次いでいる。

ルコニア礁周辺海域ではマレーシアが天然ガス油田での生産を続けており、ボルネオ島サラワク州へパイプラインで送られ、その後液化天然ガス(LNG)として日本にも輸出されている。

中国は島嶼や環礁の軍事拠点化を着々と進めると同時に、インドネシアやマレーシアが開発あるいは生産している天然ガスや石油などの海底資源にも近年目をつけており、海警局船舶を派遣、EEZ内に侵入するなどしてその状況を偵察、監視しているとみられている。

そしてそうした資源開発に関しても「九段線」内の自国権益が及ぶ海域として今後注文を付けてくる可能性もでている。

こうした中国の一方的な主張や攻勢に対し日本による共同訓練や装備供与などでの周辺国との連携を強化、そして南シナ海を国際海域として海軍艦艇の航行や空母艦載機の飛行を繰り返す米軍、オーストラリア軍などによる「航行の自由作戦」や東南アジア諸国連合(ASEAN)や米、カナダ、インドなどを加えた「自由で開かれたインド太平洋戦略」を通じて中国に圧力をかけ続けることが求められている。

 

トップ写真:2023年1月8日から14日まで行われた海保とマレーシア海自執行庁の共同訓練。

出典:海上保安庁ホームページ

 




この記事を書いた人
大塚智彦フリージャーナリスト

1957年東京都生まれ、国学院大学文学部史学科卒、米ジョージワシントン大学大学院宗教学科中退。1984年毎日新聞入社、長野支局、防衛庁担当、ジャカルタ支局長を歴任。2000年から産経新聞でシンガポール支局長、防衛省担当などを経て、現在はフリーランス記者として東南アジアをテーマに取材活動中。東洋経済新報社「アジアの中の自衛隊」、小学館学術文庫「民主国家への道−−ジャカルタ報道2000日」など。


 

大塚智彦

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