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.社会  投稿日:2023/1/17

「最古の酒」(上)酒にまつわるエトセトラ その1


林信吾(作家・ジャーナリスト)

林信吾の「西方見聞録

【まとめ】

・最古の酒は、蜂蜜を発酵させてつくるミードらしい。

・その後、キリスト誕生後の地中海世界ではワインが酒の代名詞に。

・米国では今世紀初め頃から新しいミードの醸造所がいくつも作られた。

 

年末年始で飲み過ぎたので、酒の話などたくさんだ、という向きには申し訳ないが、当方にもスケジュール上の都合があるので。

来月以降、まずロシアによるウクライナ侵攻が1周年を迎え(2月24日)、戦闘の激化が予想されるし、安倍元首相を銃撃した山上被告も、鑑定留置の結果「責任応力あり」とされて今月13日に起訴され、いよいよ公判に向けて動き出す。

一方、それ以外に大きな事件が起きなければ、新型コロナ禍による行動規制も解除され、歓送迎会のシーズンとなるわけで、ちょっと面白い酒のウンチクから酒席のマナーまで取り上げさせていただくシリーズは、決して無益なものではないと思う。

さて、本題。

人類が最初に出会った、すなわち最古の酒とは、蜂蜜を発酵させて作る、今ではミードと呼ばれる物であるらしい。

そもそも人類が蜂蜜を食す歴史は、まことに古い。

スペイン・バレンシア地方にある、アラニア洞窟で発見された壁画には、女性が蜂蜜を採取する様子が描かれており、周囲に書かれた蜂(らしき虫)は、墜落しているような描かれ方であることから、煙などで蜂を不活性させる方法もすでに知られていたのではないか、と見られている。

▲写真 アラニア洞窟の壁画 出典:Photo by Fine Art Images/Heritage Images/Getty Images

この洞窟の存在自体は古くから(一説によれば5世紀頃)知られていたが、壁画については、20世紀に発達した年代測定法により、紀元前1万5000年前くらいに描かれたものと推定されている。

農耕の起源については諸説あるものの、最近の研究では紀元前9500年前までさかのぼれる、ということのようだが、その以前は狩猟・採集生活であり、蜂蜜の甘みと滋養が珍重されたことも想像に難くない。

蜂蜜に水を加えると自然発酵してアルコールが醸成されるので、どこの誰がということではなく、世界各地でこの飲み物が発見されたものであろうことも、やはり想像に難くない。

クマが壊した蜂の巣に溜まっていた雨水を飲んでみたら、とてもおいしかった、というのがミードの起源だ、などと見てきたようなことを書いたサイトもあるが、

「それはあなたの感想でしょ」

とまでは言わないにせよ、とても資料と呼べるようなものではない。起源を特定できるなら、場所も特定できるのではないか。

ミードの語源は古代のインド・ヨーロッパ祖語で蜂蜜の意味とされているが、やがて蜂蜜は別の単語となり、ミードは蜂蜜酒の意味となった。

▲写真 農産物フェアで並べられた様々な蜂蜜(2020年1月17日 ドイツ・ベルリン)出典:Photo by Sean Gallup/Getty Images

北欧神話やエジプト、ギリシャ、インドなどの神話においても、ミードもしくはそれに違いないとされる酒について語られており、控えめな推測でも1万年以上前からポピュラーであったことがうかがえる。

これに対してビールは紀元前4000年頃、ワインは紀元前3000年頃から醸造が始まり、いずれもメソポタミア文明が発祥であるとされている。ただしこれは「資料から推測できる限り」という話で、このあたりのことについては項を改めさせていただく。

話をミードに戻して、原型は蜂蜜を自然発酵させた物だが、やがて酵母の存在が知られるようになると人工的な醸造が始まり、さらにはスパイスやハーブ、果実を加えた物も登場する。度数もワインと同程度の10度前後の物が多いが、40度以上の物もあり、リトアニアのジャルギリスという銘柄に至っては75度と「ウオッカ超え」である。

ただ、キリスト誕生以降の地中海世界では、ワインが酒の代名詞のようになっていった。

イタリア、スペイン、南ドイツなどでワインの製法が劇的に進歩したのは15世紀前後の話だが、もともと蜂蜜よりもブドウの方が大量に栽培できるといった事情もあったし、味や香りの点でもワインが優越しているとの考えは、かなり古くから広まっていた。

『新約聖書』においても、ワインをキリストの血になぞらえた記述はあるが、ミードという飲み物のことは(専門家ではないので断言はしかねるが)読んだ記憶がない。

クレオパトラがミードを愛飲していた、とも聞くが、彼女が生きたのは紀元前1世紀の話だ。この頃からワインがミードに取って代わって行ったという可能性はあると思うが、酒の好みなど人それぞれだし、詳しいことまでは分からない。

私もだいぶ前に英国で試した経験はあるが、やや酸味のきついワインのような味で、

(なんだ、こんなものか)

という以上の印象は残らなかった。

もちろんこれは個人的な感想に過ぎないし、前述のようにミードと一口に言っても多種多様なので、本稿を読んで興味を持たれたという向きは、成人限定で一度試していただきたい。前にCMについてのシリーズで述べたが、未成年の飲酒を助長したと言われては、私と編集部の立場が悪くなるので笑。

日本でも、有名な山田養蜂場から発売されており、酒屋で買うのは難しいようだが、楽天のサイトには750ミリリットル入りが2640円(プラス送料600円)とあった。

これでお分かりのように、ワインとの比較で言うと、それほど高価ではない。

日本以外でも、英国、ロシア、前述のリトアニアなど旧ソ連圏、ポーランドなどで醸造・販売されている。

米国では今世紀の初め頃から、地酒ブームとでも言うべき現象が起き、新しいミードの醸造所がいくつも作られたと聞く。

このブームを牽引しているのはクラフトビールだが、村おこし・町おこしのために、ミードを地場産業にしようと考える人たちもいる、ということであるらしい。

いずれにせよ、ミードが復権したとしても、ビールやワインに取って代わるとは考えにくい。ただ、蜂蜜とミードがもたらした影響が、現代英語にまで残されていることも、また事実である。

次回はそのあたりの話と、

「本当の最古の酒は、日本で造られた可能性がある」

という説について紹介させていただこう。

(つづく)

トップ写真:英・コーンウォール産のミードの土瓶(1970年2月)出典:Photo by RDImages/Epics/Getty Images




この記事を書いた人
林信吾作家・ジャーナリスト

1958年東京生まれ。神奈川大学中退。1983年より10年間、英国ロンドン在住。現地発行週刊日本語新聞の編集・発行に携わる。また『地球の歩き方・ロンドン編』の企画・執筆の中心となる。帰国後はフリーで活躍を続け、著書50冊以上。ヨーロッパ事情から政治・軍事・歴史・サッカーまで、引き出しの多さで知られる。少林寺拳法5段。

林信吾

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