無料会員募集中
.社会  投稿日:2023/3/25

自給率よりフードロスが問題(上)今こそ「NO政」と決別を その3


林信吾(作家・ジャーナリスト)

林信吾の「西方見聞録

【まとめ】

・カロリーベースで算出した日本の食糧自給率は38%。

・しかし生産額ベースでみると63%。貿易の在り方を見直すことで自給率向上の可能性も。

・生産されても消費されない食料品=フードロス問題に着目すべき。

 

前回、昆虫食が世界的に注目されつつあるのは、世界人口の増加により食糧不足が懸念されると考えられるためだと述べた。

同時に国内的には、食糧自給率の問題ともからめて語られることも、しばしばある。

ある年代以上、具体的には1980年代以前から新聞やTVからの情報に接していた読者は、わが国の食糧自給率が「世界最低レベル」である、と一度は聞かされたのではないか。

実際には過去最低と称されたのは2018年の話で、逆に言えば20年以上も政府はなにをしていたのか。こんなことだから「NO政」とまで言われるのだ。

……という憤りを抑えがたいのだが、ここはひとまず冷静になって、そもそも食糧自給率とはなんであろうか、という問題から見て行こう。

簡単に言えば、日本なら日本の国内で供給される食糧のうち、国内で生産された物が占める割合のことだ。

国内生産量+輸入量-輸出量―在庫の増加量(もしくは+在庫の減少量)

という計算式によって割り出される。

ひとつ注意しなければならないのは、同じ計算式を用いても、カロリーベースで計算するか、それとも生産額ベースを見るのか、それによってまったく数値が異なる、ということだ。

農林水産省(以下、農水省)が「世界最低水準」と盛んに喧伝していたのは、前者のカロリウーベースの方で、読んで字のごとく食物のカロリーを基礎としたものだが、たしかにこの数値を用いると、わが国の食糧自給率は38%でしかない。

米国は125%、フランス131%、ドイツ84%、英国70%、イタリア58%と、主要先進国と比較しただけで、一目瞭然である(統計は2019年のもの)。

たしかにカロリーこそは、主たる栄養源である。したがって、カロリーベースで自給率を割り出すのは、別におかしな事ではない、と思われるかも知れない。

ただ、食料を商品として見た場合には、まるで違う見方もできる。

端的な例を挙げれば、白米100グラムは130カロリー。一方、牛肉100グラムは98カロリーと倍以上。さらに言えば、諸外国ではコンニャクをほとんど食べないという事情もあって、蒟蒻芋など100%近く自給できているが、これはご承知の通り、カロリーがほとんどゼロである。

カロリーベースでの食糧自給率が一向に上がらないのは、日本人が肉をたくさん食べ、その食肉において輸入品が占める割合が高いからに過ぎない。

一方、食料もまた商品であるという観点から、価格に着目したのが生産額ベースだが、これで見た場合、わが国の食糧自給率は63%となる。

この数値は英国の61%を上回り、ドイツの64%とほぼ互角。世界最低レベルとまでは言えないのである。

もちろん、かなり低いという事実は動かせないし、だからこそ農水省は、2030年までに食糧自給率を45%に引き上げようという目標を掲げている。

ただ、ひとつ疑問に思うのは、

「米と国産野菜を食べれば、食料自給率は自ずから上がる」

というほど単純な話だろうか、ということだ。この議論を補強する意図なのか、

「1965(昭和40)年には、日本人はカロリーの半分以上を白米から得ていた。2019(4月30日まで平成31、5月より令和元)年には、この数値が半分以下になった」

という指摘もなされている。どちらも農水省の資料から引用した。

とどのつまり農水省が、世界的には一般的でないカロリーベースで計算しつつ、

「わが国の食糧自給率は世界最低レベル」

と標榜していたのは、もっとお米を食べてください、と言いたかっただけなのではないか。

食料もまた商品であるという、経済学の基礎が理解できていなかった、としか思えない。

具体的にどういうことかと言うと、まずは前述の、食糧自給率を割り出す数式を思い起こしていただきたいのだが、輸出と輸入のバランスが変われば自給率の数値も変わる。

米国、カナダ、フランス、オーストラリアなどは自給率100%を超えているが、これらの国々も「なにひとつ輸入していない」わけでは、決してないのだ。

また、酒類は「嗜好品」とされて、食料にカウントされていない。

前に、酒の話題をシリーズで書かせていただいたが、過去数年来、欧米で日本酒の需要が高まり、輸出額は右肩上がりである。加えて国内でも日本酒の消費量が増えれば、必然的に米の消費も増えるのだが、これは食糧自給率に反映されないのだ。

逆に、フランス、イタリア、スペインなどから、いくらワインをたくさん買っても、互いの食糧自給率には、まったく影響しない。

そうであるなら、食料についてもまた、貿易の在り方を見直すことで、農家と消費者、双方の利益を担保しつつ自給率を改善する、ということも、決して夢物語ではない、と私は考える。

具体例として、まず思い浮かぶのは牛乳だが、これについては項を改めよう。

ここでもうひとつ、どうしても見ておかねばならないのは、酒類が食糧としてカウントされない反面、市場に供された食料は、たとえ消費されなくとも、その資産額が統計に組み込まれている、ということだ。

早い話が、全国で消費される食料のうち、国産が占める割合がどの程度か、という議論とはまた別に、生産されても消費されない食料品=フードロスの問題に、もう少し着目すべきではないか。

もちろん、個人レベルの嗜好はまったく自由であるし、給食を食べ残す児童・生徒に、

「アフリカの飢えた子供達のことを考えてみろ」

などと説教するのは、噴飯物である。最近は、そういうセンセイも減ったようだが。

ただ、前回も述べた、世界的な食糧危機の可能性というのは、人口増加だけが原因だとするのは早計で、分配の不平等という問題にも、もう少し着目する必要がある。

農水省では、フードロスでなく「食品ロス」と読んでいるが、まあ、それはどちらでもよいとして、統計によれば、20209(令和2)年に全国で生じた食品ロスは552万トン。

国民一人あたりだと年間41キログラムで、ざっくり言うと毎日茶碗一杯分のご飯が捨てられている、ということらしい。

実はここに、わが国の食糧自給率と世界的な食糧危機、両方に対応できる鍵があるかも知れないのだ。

次回、いま少し詳しく考察してみたい。

(つづく。その1その2

トップ写真:バンコクのフリーマーケットで食べ物を撮影する観光客のアジア人カップル。カオサンロード(イメージ)出典:staticnak1983/Getty Images




この記事を書いた人
林信吾作家・ジャーナリスト

1958年東京生まれ。神奈川大学中退。1983年より10年間、英国ロンドン在住。現地発行週刊日本語新聞の編集・発行に携わる。また『地球の歩き方・ロンドン編』の企画・執筆の中心となる。帰国後はフリーで活躍を続け、著書50冊以上。ヨーロッパ事情から政治・軍事・歴史・サッカーまで、引き出しの多さで知られる。少林寺拳法5段。

林信吾

copyright2014-"ABE,Inc. 2014 All rights reserved.No reproduction or republication without written permission."