インドネシア、反体制記者宅で爆弾
大塚智彦(フリージャーナリスト)
「大塚智彦の東南アジア万華鏡」
【まとめ】
・パプア州都ジャヤプラで、反体制派ジャーナリストの自宅付近で爆弾が爆発。
・被害にあったマンボル氏は政府によるメディアへの規制に抗議していた。
・今回の攻撃は彼の報道姿勢への脅迫との見方もあり、警察の捜査がどこまで進むのか注目。
ニューギニア島の西半分を占めるインドネシア領最東部のパプア地方にあるパプア州の州都ジャヤプラで反体制派ジャーナリストの自宅近傍で爆弾が爆発する事件があり、言論の自由、表現の自由が脅やかされる事態となっている。
パプア州、西パプア州などを含むパプア地方では独立を求める武装勢力と軍・警察など治安部隊の衝突、中央政府の統制に反発する市民運動と治安部隊の小競り合いが続いており、治安は不安定な状況となっている。
さらに武装勢力は治安部隊に内通したパプア人や政府出先機関などで働くパプア人などの「同胞」への攻撃も続けており混乱が複雑化している。
1月23日、ジャヤプラ市内にあるビクター・マンボル氏の自宅前の路上で爆弾が爆発した。爆弾はアスファルトの道路に穴を開けただけで住居や人員の被害はなかった。
警察によると同日午前4時ごろ、オートバイの音がしてその後約1分で爆発音が貼り響き、周辺には硫黄のような臭いが充満したという近所の人の証言を明らかにしている。付近の監視カメラ(CCTV)にはホンダのバイクが爆発の直前に通り過ぎる映像が残っていたという。
★人権報道で著名な地元記者
マンボル氏は地元のWebニュースサイト「Jubi」の編集長・共同創設者で多様なメディアに寄稿してパプアが直面する数々の人権問題を積極的に伝えてきた著名なジャーナリストである。
写真)ビクター・マンボル氏
出典)twitter @VictorcMambor
特にマンボル氏が力を入れてきたのがインドネシア政府によるメディアへの規制で、制限に対する抗議や各種政策の批判で舌鋒を振るってきた。
捜査にあたる地元警察は犯人は逃走中で犯行声明も出ておらず「現時点では加害者も動機も不明」としている。
マンボル氏はこれまでも同様の被害を受けており2021年4月には自宅の窓ガラスが割られたり車にペンキでいたずらされたりしていたというが犯人は逮捕されていない。
さらにSNS上などで脅迫やヘイトスピーチを頻繁に受けていたというが爆弾を投じられたのは初めてで、犯行はエスカレートしており、マンボル氏の生命の危険も出ている。
★パプアは歴史的に治安不安定の地
インドネシアでは1998年に崩壊したスハルト長期独裁政権時代に、東ティモール州、アチェ州、イリアンジャヤ州(現在のパプア州、西パプア州などのパプア地方)で武装組織による独立運動が展開され、軍が「軍事作戦地域(DOM)」に指定して治安部隊による軍事作戦が進められて鎮圧、掃討するとともに人権侵害事案が多発した。
東ティモールは住民投票を経て2002年に念願のインドネシアからの独立を果たし、アチェ州は2004年のスマトラ島沖地震津波の大被害を契機にイスラム法導入による特別州として和平が実現、パプア地方だけが依然として残る状況が続いている。
パプア地方の独立武装組織は「自由パプア運動(OPM)」が主体となっているが武装も近代装備とは程遠く、山間部が多いことから分派組織が乱立するなど抵抗運動としての活動は決して活発ではない。
しかしながら待ち伏せ攻撃や爆弾攻撃で軍や警察に対する襲撃、さらに治安部隊に内通するパプア人への攻撃、殺害を実行するなど治安を悪化させる要因となっている。
★陸軍准将を銃撃戦で殺害
武装組織OPMの分派は2021年4月に中部山岳地帯のプンチャック県イラガで現地視察中だった国家情報局幹部イ・グスティ・プトゥ・ダニー陸軍准将の車列を待ち伏せ攻撃して銃撃戦となり同准将を殺害している。プトゥ・ダニー准将の死亡はパプア地方で死亡した治安組織の最高ランクの人物だった。
この事件以後パプアは緊張状態が続いているが、治安部隊は治安を攪乱しているのは独立組織OPMであるとは認めず「単なる犯罪組織」として掃討作戦が続いている。
★記者団体からも一斉に批判
マンボル氏宅前での爆弾事件に関してインドネシアの「独立ジャーナリスト連盟(AJI)」は「テロリストによる爆撃だ」と非難、治安当局に犯人逮捕を求めている。AJIは2022年8月にマンボル記者の人権問題の報道に関して「報道の自由賞」を授与し、その功績を讃えている。
米ニューヨークに本拠を置く「ジャーナリスト保護委員会(CPJ)」はホームページで「インドネシア当局はマンボル氏に対する襲撃の背後にいる全ての人物を特定し逮捕しなければならない。マンボル氏と彼の報道機関は報復を恐れることなく自由に報道できなくてはならない」とするCPJ東南アジア上級代表ショーン・クリスピン氏のコメントを明らかにしている。
反体制派記者への攻撃や襲撃には軍や警察などの治安当局が関係しているとみるのが通常で、インドネシアではそうした当局による工作は決して特異なケースではない。今回のマンボル記者への爆弾攻撃は彼の報道姿勢への警告や脅迫との見方もあり、今後警察による捜査がどこまで進むのかが注目されている。
トップ写真:インドネシア パプア州都ジャヤプラの魚市場 (2021年09月21日)
出典)Photo by Robertus Pudyanto/Getty Images
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この記事を書いた人
大塚智彦フリージャーナリスト
1957年東京都生まれ、国学院大学文学部史学科卒、米ジョージワシントン大学大学院宗教学科中退。1984年毎日新聞入社、長野支局、防衛庁担当、ジャカルタ支局長を歴任。2000年から産経新聞でシンガポール支局長、防衛省担当などを経て、現在はフリーランス記者として東南アジアをテーマに取材活動中。東洋経済新報社「アジアの中の自衛隊」、小学館学術文庫「民主国家への道−−ジャカルタ報道2000日」など。