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.国際  投稿日:2023/2/2

黒人男性暴行死、その不幸な背景


宮家邦彦(立命館大学 客員教授・外交政策研究所代表)

「宮家邦彦の外交・安保カレンダー 2023#5」

2023年1月30-2月5日

【まとめ】

・テネシー州で交通違反取り締まり中に警察官から暴行を受け黒人男性が死亡、警察官5人は殺人罪で起訴。

・警察官は「スコーピオン部隊」という犯罪撲滅特別チームのメンバーだった。

・彼らもアフリカ系米国人で、人種差別による過剰な取り締まりとは考えづらい。

 

今週も「大きな国際ニュース」は少ない。その証拠に、政務の総理秘書官の閣僚への「お土産購入」問題が日本では大ニュースになっている。

野党側からは、「くだらなさすぎる。・・・感覚が異様である」といった厳しい批判から、「民主党政権時代にも似たようなことはあった」という意外に正直なコメントまで、様々な反応があった。

官房長官は「それぞれの方々のお気持ちの問題であり、個々人が判断すべきもの」「政治家としての首相の土産物の購入も、本来業務に含まれうる」と述べているが、この「感覚」が「異様」だと断罪する感覚の方が異様ではなかろうか。

筆者の在外勤務中、日本の政治家で「お土産は不要」と言った人に出会ったことは一度もない。

誤解を恐れず申し上げるが、40年前に大臣秘書官だった筆者の記憶でも、当時から国会議員の外遊の際に「秘書や議員本人が公用車を使ってネクタイ100本買いに行った」なんて話をよく聞いたものだ。恐らく、まだやっているのでしょうね。

という訳で、今週はニュース枯れのようだが、そんな中で筆者が注目したニュースはこれだ。

「また警察官が黒人を暴行 「お母さん…」各地で抗議・・・」

日本では1月30日、こんなニュースが流れた。

「テネシー州で警察官による交通違反の取り締まり中、黒人男性が乱暴に地面に押さえつけられ、足にはスタンガンを突きつけられた。警察官から暴行を受けたこの男性は3日後に死亡、全米各地で警察に対する抗議デモが起き、暴行した5人の警察官は殺人の罪などで起訴された。

これだけだと、また無実のアフリカ系米国人(いわゆる黒人)男性が「白人警察官の人種差別的な過剰取り締まりで死亡した」と思ってしまうのだが、実はこの5人の警官は全員同じアフリカ系アメリカ人である。

少なくともこの事件は人種差別事件やヘイトクライムの類ではない。多くの読者はその点を理解した上でこんなコメントを書いた。

「この問題は差別問題と言うよりも、銃社会に起因する警察官の質の低下によるものだと思う。」「今回は警官も黒人だし被害者が白人やアジア人でも同じように報道するのか?何故警官はそこまで暴力を使ったのか?」等など。

たが、中には首をかしげるようなコメントもあった。例えば、

「警察官のなり手を確保することが困難になっている・・・結果、チンピラのような警察官が増え、警察への信頼や人気が低下して、どんどんならず者化していっている」・・・だが、これは今回の場合、必ずしも正確ではない。この5人の警察官は現地警察署自慢の「スコーピオン部隊」という犯罪撲滅特別チームのメンバーだったからだ。

 CNNによれば、このスコーピオン部隊を創設したのはアフリカ系女性の警察署長で、同部隊は取り締まりに大活躍し現地の犯罪減少に貢献していたという。

 つまり、この5人の警察官はエリートではなくても、それなりに結果を出してきたチームの同僚のようだ。このニュースを聞いて筆者は「恐らく今回はやり過ぎたのだな」と感じた。

 事実関係は今後公判で明らかになるだろうが、この事件は人種差別でもヘイトクライムでもなく、地域のアフリカ系悪人による犯罪を減らすため、それを熟知するアフリカ系の警官が、不幸にもアフリカ系容疑者を誤認捜査して死に至らしめてしまったことが、警察官のボディカメラ録画画像で明らかになった、という実に悲しい事件のようだ。勿論、それで5人の刑事責任がなくなる訳ではないのだが・・・・。

〇アジア 

ミャンマー国軍のクーデターから2月1日で2年となる。国軍は民主派による武装抵抗が続く現状を「異常な状況」としているが、民間人の死者は約2900人、拘束中の政治犯は1万3000人を超えるらしい。国際的非難は続くだろうが、残念ながら国軍は意に介さない。All politics is localという格言は世界共通のようだ。

〇欧州・ロシア

ウクライナ外相はNATOからの戦車供与につき「第1弾として120両から140両が到着する」と述べ、米「エイブラムス」、独「レオパルト2」、英「チャレンジャー2」など12カ国から主要戦車の早期受け取りを見込んでいるそうだ。うーん、問題はこれに戦闘機を加えるかどうかである。加わればロシア勝利の可能性は遠のくのだろうが・・・。

〇中東

ブリンケン国務長官が中東を訪問している。イスラエルとパレスチナの暴力の応酬に深い懸念を示した上で、ユダヤ人入植地の拡大に強く反対すると強調し、パレスチナに対し強硬なイスラエルのネタニヤフ政権にくぎを刺したとNHKは報じたが、日本は勿論、中東でも大きなニュースにはならない。昔なら考えられなかったことだ。

〇南北アメリカ

昨年8月にトランプ氏が米ニューヨーク州司法長官に対し宣誓供述を行った際の動画が今週公開されたが、その中でトランプ氏は合衆国憲法第五条(黙秘権)を連発し、質問への具体的回答を全く行わなかった。黙秘権公使は犯罪を推定するものではないが、潔白なら堂々と反論すれば良いではないの。賞味期限が切れ始めたか?

〇インド亜大陸 

 特記事項なし。今年はこのくらいにしておこう。いつものとおり、この続きは今週のキヤノングローバル戦略研究所のウェブサイトに掲載する。

トップ写真:取り締まりによる男性の死に抗議する人々(2023年1月28 日 テネシー州メンフィス)

出典:Photo by Joe Raedle/Getty Images




この記事を書いた人
宮家邦彦立命館大学 客員教授/外交政策研究所代表

1978年東大法卒、外務省入省。カイロ、バグダッド、ワシントン、北京にて大使館勤務。本省では、外務大臣秘書官、中東第二課長、中東第一課長、日米安保条約課長、中東局参事官などを歴任。

2005年退職。株式会社エー、オー、アイ代表取締役社長に就任。同時にAOI外交政策研究所(現・株式会社外交政策研究所)を設立。

2006年立命館大学客員教授。

2006-2007年安倍内閣「公邸連絡調整官」として首相夫人を補佐。

2009年4月よりキヤノングローバル戦略研究所研究主幹(外交安保)

言語:英語、中国語、アラビア語。

特技:サックス、ベースギター。

趣味:バンド活動。

各種メディアで評論活動。

宮家邦彦

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