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.政治  投稿日:2023/2/19

海上保安庁を国境警備隊に改変すべき


清谷信一(防衛ジャーナリスト)

【まとめ】

・海上保安庁を改変して国境警備隊とし、合わせて陸戦部隊を持たせるべき。

・南西諸島での中国との紛争が起きた場合、戦争にまでエスカレーションさせないために必要。

・国境警備隊化させた海上保安庁を将来発展させて、国家警察としての機能を持たせることも考慮すべき。

 

海上保安庁を改変して国境警備隊として、合わせて陸戦部隊を持たせるべきだ。それが南西諸島での中国との紛争が起きた場合、戦争にまでエスカレーションさせないために必要だ。

日本人は一般に国境という概念が希薄である。ところが90年代以降は、嫌でも海の上に国境というものあると思い知らされる事件が多かった。

北朝鮮の工作船と海保巡視船の戦闘、同国による邦人拉致事件の表面化、中国の我が国の排他的経済水域内における調査船による資源、軍事両面の海底調査、排他的経済水域の直ぐ外側に天然ガスの採掘施設の建設などだ。

▲写真 北朝鮮の工作船と思われる船舶 海上保安庁巡視船と戦闘になり、その後自爆し沈没。(2001年12月22日奄美大島の北西約155マイルの東シナ海)出典:Photo by Getty Images

中国は一方的かつ国際常識を無視した論法で我が国の排他的経済水域内まで自国の排他的経済水域であるとの主張、中国海軍潜水艦による領海侵犯、更に韓国とは竹島の領有を巡る軋轢などである。そして更に尖閣諸島を巡って中国とのにらみ合いも続いている。

これらの問題の多くが、我が国の政府及び外務省が周辺諸国に対する過度、過敏と思える「配慮」を繰り返すことに終始し、我が国の独立国家としての主権を主張してこなかったという外交上の失敗、それを是としてきた世論が問題の背景にある

筆者は90年代から海上保安庁に陸上部隊を創設し、その性格を国境警備隊、国家警察的な組織に変革させるべきだと主張をしてきた。現状を踏まえれば、我が国の領土並びに国益の保全為、その必要性は以前にも増していると考える。

現在我が国の本土に対する大規模な侵攻は考えにくい。もっとも起こりうるシナリオが、島嶼に対する直接あるいは間接的な侵略である。そのような侵略に際しての領土奪回のため、またそのような侵略事態を起こさないためにも陸上自衛隊に海兵隊的な組織である、水陸機動団が編成された。

海保内に「陸戦隊」を創設して保安隊とせよ、などというと随分物騒な話と思われるかも知れない。だが、そのメリットは国防上、我が国周辺の海洋、島嶼防衛、国土保全の面から計り知れないほど大きい。

韓国は竹島を占拠し実行支配を続けているが、我が国政府と外務省はただひたすら返してくれと「お願い」するばかりで、なんら具体的なアクションを起こさなかった。韓国側は施設などを拡張し、実行支配の実績を着々と築いている。

これこそまさに政府が国会答弁で繰り返しのべてきた防衛出動を発令するべき「具体的かつ小規模な侵略」であった。今後も同様な、我が領土の不法占拠が起こる可能性は否定できまい

中国との国境紛争で一番あり得るシナリオは、外国人の機関銃やRPG-7などで武装した「民間人有志」が我が国の離島に上陸して、領土宣言を行う。無論実行するのは軍などの特殊部隊などになるだろう。これに乗じて「民間人保護」の名目で警察や準軍隊組織が上陸してくる、といったような状況だろう。これであれば軍事的な侵略を行ったという国際世論に抗弁できる。

離島への移動手段も武装も貧弱な都道府県警の手には負えない。だが、それが軍隊の偽装であっても「民間人」や「警察」を名乗っている限り自衛隊の防衛出動は極めて難しい。また、自衛隊がでていけば紛争へと発展しかねない。現在沖縄県警には野戦も可能な30名ほどの部隊があるが、それでは対処できる事案は限られている。

海保はその組織の性格上、行動範囲は海上に限られており、国境を守るという任務は与えられていない。このような現状では陸上での事態に対処できない。また、仮に不審船などが離島などに乗り上げ、その乗員が島に立て籠もたった場合も同様である。海上保安庁に陸上部隊があり、それが対処にあたれば一番穏便に済む

▲写真 隠岐諸島沿岸に、漂流・漂着する朝鮮半島からのものと思われる木造船等の早期発見と、G7広島サミットを控えたテロ対策及び不正薬物等の密輸入阻止を目的に隠岐海上保安署巡視船さんべと神戸税関の監視艇おきとの合同パトロール(2023年2月16日 隠岐諸島沿岸)出典:海上保安庁ツイッター

我が国では国家警察が存在せず、地方警察である都道府県警のみしか存在しない。権限がおよぶのは都道府県境である。警察庁はこれらの地方警察に幹部クラスのキャリアを送り込み、間接支配をおこなっているという構図になっている。各都道府県警察は行政範囲として小さく、高度な捜査や、対外交渉を行うための国際法や通信業務、言語関連の人材、機材、施設、予算を持っていない。

その上、縄張り意識が強く、このため広域捜査能力が低い。また都道府県警間の捜査情報の共有化がなされていない。すなわち、広域あるいは全国的ネットの情報網が事実上存在しないこの弊害は国際化が進んだ現在、外国人犯罪、国際犯罪に対応できない。この解消には道州制を導入して地方自治体のサイズと権限を拡大する、あるいは国家警察を新たに組織するといった解決法が考えられる。だが、それには政治的なコンセンサスが必要であり、また合わせて非常に多くの法律改正が必要である。

離島の防衛には自衛隊の部隊を配備するのは当然だ。しかしながら、如何に有事法が制定されようと現在の自衛隊法、防衛省設置法では手足を縛る規制があまりにも多い。例えば武装した外国人集団が上陸した際、これが直ちに軍隊と認識できればいいが、「自分たちは民間人だ」と主張され、それを崩すエビデンスがない状態で自衛隊が出動すれば、それを口実に人民解放軍が「自衛戦争」だと称して口火を切るということもありうる。

そこで警察組織であるが、諸外国からは準軍隊と認識されている海保に地上部隊を増設し、国境警備隊、国家警察的な組織に改編し、島嶼の駐留等も含めて、我が国の領土領海で包括的に活動できるようにするのである。事態の状況応じて警察→保安隊→自衛隊と使い分けるのである。現状は領域警備を警察機関が主に担当する警察活動であるとみなしていいるが、外国工作船とみられる不審船や外国公的機関による領海侵犯は、刑事犯ではなく、わが国への主権侵害である。そう考えるのであれば海保により強い権限と、国境保全を任務とすべきだ。

ドイツやロシアの国境警備隊やフランス、イタリア、スペインのように国家憲兵隊のような準軍隊組織を有している国は少なくない。多くの場合、国境警備隊は、重火器は保有しない。だが、装甲車などを有した軽機械化歩兵や、空挺部隊、特殊部隊などを保有している場合は多い。

ここでは参考として我が国同様中央集権の傾向が強いフランスの例を挙げる。フランスには3つの治安機関がある。まず内務省所轄の国家警察、これは同省の国家警察総局に属する国家警察、国防省が所轄する国家憲兵隊、それに各市町村の所轄の自治体警察がある。

▲写真 フランス国家憲兵隊女性隊員と陸上自衛隊の隊員。写真中央右の女性隊員は本年度「国民の自衛官」に選出された第32普通科連隊本部管理中隊の池内2曹、写真中央左の女性隊員は同じく本部管理中隊の熱海3曹(2018年7月10日 フランス・パリ)出典:陸上自衛隊facebook

パリ市警を除けば我が国の都道府県警の相当するサイズの警察組織はない。中央における治安を預かるのか国家警察を統制する内務大臣であるが、県レベルでは中央から派遣された知事が、国家警察、国家憲兵隊、市町村の警察を管理している。

基本的には人口一万人以上の自治体は国家警察が担当し、人口がそれ以下の自治体は国家憲兵隊の管轄となるが実際の司法警察活動、治安維持に関して両者の活動する明確な区分はない。フランス政府は必要とあれば、治安維持のため、軍隊を動員することもまれではない。実際パリなどの大都市では警備の任務につく兵士のグループを多く見かける。

▲写真 フランス大統領選挙第1回投票前夜、パリで発生したデモの警備にあたる国家憲兵隊の隊員ら。(2022年4月9日 フランス・パリ)出典:Photo by Carlos Gil Andreu/Getty Images

なお、国家警察には国内防諜機関である国土監視局、政府の政策決定に必要な情報の収集、国家が関与していないテロ組織や反社会的な団体を監視する総合情報部、対外協力、在外公館の警備を行う国際技術協力部、我が国の機動隊に相当する国家機動隊、特殊部隊RIDSなどが所属している。国家警察にも1993年まで国境警備隊が存在していたが、同年これに代わり、移民規制、不法労働対策局が設立された。これは主として不法入国や不法外国人労働者の取締に当たっている。

国家憲兵隊は国防省の国家憲兵隊総局に所属していたが、サルコジ政権時に所管が内務省に移されている。無論軍隊内の規律維持のための憲兵は全体の四分の一程度であり、その他は国内治安の維持にあたる県憲兵隊と機動憲兵隊で占められている。更に空港を警備する航空国家憲兵隊、国家憲兵隊空挺部隊(EPGIN)、特殊部隊(GIGIN、国家憲兵隊介入部隊)、大統領を警護する共和国大統領警護隊などが存在する。

筆者は我が国において、フランスの国家憲兵隊と国家警察を統合したような、国境警備と、領土全土にユニバーサルに展開する警察機能をもった組織、組織を海保内に設立すべきと考える。そのためには陸上部隊が必要不可欠だ

我が国では小泉政権時に有事法が制定され、以前よりはましになったとはいえ、自衛隊は平時と戦時の間の活動にはその性格上不向きである。むしろ隊員が司法警察官たる海保をベースに国土保安隊を創設した方が、法的にも動きやすい。例えば職務質問や、逮捕なども通常の業務として行える。自衛隊でこれが可能なのは警務隊のみである。しかも対象は基本的に自衛官に限られている。

自衛隊に警備行動や治安維持出動を発令するにはハードルが高い。人員は陸上自衛隊から移管すればよい。現在陸自には約15万人強の隊員がいるが、予算が不足しており、その装備はNATO諸国と比べても劣っている。現在の予算規模であれば装備を近代化には人員削減するしかない。

陸戦部隊は島嶼に駐留するだけではなく、警察の手に余る凶悪犯、ゲリラ・コマンドウなどに対処などにも使用できる。本土では山岳地帯が多い我が国の国情を考えれば水陸両用、山岳部での活動可能な部隊編成が必要となる。兵力投射および捜査のためのヘリコプター部隊の充実も必要となる。

またこの部隊を在外公館の警備に使用してもいいだろう。現在警察と防衛省が分担して刑務官を出しているが、警備の体制は必ずしも充分ではない。いずれも警備の専門家ではない。単一の組織がすべて担当し、ノウハウの蓄積を行う方が理にかなっている。これらの要求を満たすには軽歩兵、特殊部隊、在外公館警備用部隊、ヘリコプター部隊などが必要で、陸自の3個普通科(歩兵)連隊程度(約2千名)から1個旅団(3千名)程度の人員が必要だろう。それらの人員や装備は防衛省から転籍させればいい。

更に国境警備隊化させた海上保安庁を将来発展させて、国家警察としての機能を持たせることも考慮すべきだ。先述の通り、我が国には全国をカバーし対外交渉もできる国家警察存在しない。このため、保安隊に米国のFBIやフランスの国家警察のように通常の犯罪捜査も担当する捜査機関が必要である。広域事件や外国がらみの犯罪はこの広域捜査機関が担当し、各都道府県警はその指揮下に入る。広域捜査機関は国際犯罪の捜査も担当するまた主要国の在外公館に要員を常駐させ、その国の治安当局との連絡に当たらせる。

現在我が国の警察で国際事件を担当できるのは実質的に一地方警察に過ぎない警視庁だけといって過言ではない。警察庁や他の地方警察では人員や、設備、訓練の面で不可能である。我が国がスパイ天国と言われて久しいが、都道府県警の公安部並びに公安調査庁を統合し、国家警察、フランスのDST(国土保安局)や英国のMI-5のような我が国全土をカバーする情報、防諜組織を編成するべきである。これにより、国内の保安機関を統合し、防諜情報を統合的に収集・分析するシステムを作るべきだ。

恐らくこのような構想に関して警察官僚は、自らの機能不全には目をつぶり、「縄張り荒らし」だと強烈に反対するだろう。だが、自分たちの「縄張り」と国家の安全保障や国益のどちらが大切かを冷静に判断すべきだ。国境警備と日本の警察システムの再設計が必要だ。

トップ写真:G8 サミットでテロ攻撃の可能性等に備え、東京湾で海上保安庁 60 周年記念レビューと統合演習中を行う。(2008年5月17日東京・東京湾)出典:Photo by Koichi Kamoshida/Getty Images




この記事を書いた人
清谷信一防衛ジャーナリスト

防衛ジャーナリスト、作家。1962年生。東海大学工学部卒。軍事関係の専門誌を中心に、総合誌や経済誌、新聞、テレビなどにも寄稿、出演、コメントを行う。08年まで英防衛専門誌ジェーンズ・ディフェンス・ウィークリー(Jane’s Defence Weekly) 日本特派員。香港を拠点とするカナダの民間軍事研究機関「Kanwa Information Center 」上級顧問。執筆記事はコチラ


・日本ペンクラブ会員

・東京防衛航空宇宙時評 発行人(Tokyo Defence & Aerospace Review)http://www.tokyo-dar.com/

・European Securty Defence 日本特派員


<著作>

●国防の死角(PHP)

●専守防衛 日本を支配する幻想(祥伝社新書)

●防衛破綻「ガラパゴス化」する自衛隊装備(中公新書ラクレ)

●ル・オタク フランスおたく物語(講談社文庫)

●自衛隊、そして日本の非常識(河出書房新社)

●弱者のための喧嘩術(幻冬舎、アウトロー文庫)

●こんな自衛隊に誰がした!―戦えない「軍隊」を徹底解剖(廣済堂)

●不思議の国の自衛隊―誰がための自衛隊なのか!?(KKベストセラーズ)

●Le OTAKU―フランスおたく(KKベストセラーズ)

など、多数。


<共著>

●軍事を知らずして平和を語るな・石破 茂(KKベストセラーズ)

●すぐわかる国防学 ・林 信吾(角川書店)

●アメリカの落日―「戦争と正義」の正体・日下 公人(廣済堂)

●ポスト団塊世代の日本再建計画・林 信吾(中央公論)

●世界の戦闘機・攻撃機カタログ・日本兵器研究会(三修社)

●現代戦車のテクノロジー ・日本兵器研究会 (三修社)

●間違いだらけの自衛隊兵器カタログ・日本兵器研究会(三修社)

●達人のロンドン案内 ・林 信吾、宮原 克美、友成 純一(徳間書店)

●真・大東亜戦争(全17巻)・林信吾(KKベストセラーズ)

●熱砂の旭日旗―パレスチナ挺身作戦(全2巻)・林信吾(経済界)

その他多数。


<監訳>

●ボーイングvsエアバス―旅客機メーカーの栄光と挫折・マシュー・リーン(三修社)

●SASセキュリティ・ハンドブック・アンドルー ケイン、ネイル ハンソン(原書房)

●太平洋大戦争―開戦16年前に書かれた驚異の架空戦記・H.C. バイウォーター(コスミックインターナショナル)


-  ゲーム・シナリオ -

●現代大戦略2001〜海外派兵への道〜(システムソフト・アルファー)

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●現代大戦略2003〜テロ国家を制圧せよ〜(システムソフト・アルファー)

●現代大戦略2004〜日中国境紛争勃発!〜(システムソフト・アルファー)

●現代大戦略2005〜護国の盾・イージス艦隊〜(システムソフト・アルファー)

清谷信一

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