岸田首相「少子化対策」の真の狙いは? 住みにくくなる日本 その6
林信吾の「西方見聞録」
【まとめ】
・岸田内閣の少子化対策は、増税ではなく歳出改革等での財源確保が原則としている。
・しかし、児童手当が増えても給与の手取りが減る可能性がある。
・本当の狙いは増税で、少子化対策はその口実ではないか。
「異次元の少子化対策」が、いよいよ動き出した。
年頭会見において、岸田首相が、
「少子化対策は待ったなしの課題」
と語り、6月までに「将来的なこども予算倍増に向けた政策を体系的に取りまとめる」とした。一応はその言葉通り、6月13日に、児童手当の拡充や、出産費用、教育費用の負担軽減、といった方針が発表されたのである。
たしかに15歳未満の子供の数は、1980年から減少の一途をたどっており、これまでの少子化対策では解決できないことは明白となった。
岸田首相自身、2022年に生まれた子供の数が80万人を下回り、過去最少を更新し続けているとして、2030年までを少子化対策の「ラストチャンス」だと位置づけている。『俺はまだ本気出してないだけ』という漫画(青野春秋・著 小学館)のタイトルをつい思い浮かべてしまったが、これは余談。
今さらながらだが、少子高齢化の問題はわが国だけにとどまらず、大半の先進国が直面しており、その深刻さから「静かな非常時」と称されている。戦争や災害とは様相を異にするが、気づきにくい状況の中で危機が深まっている、という意味だ。
問題は、前述のような政策を現実のものとするためには、年額にして3兆5000億円ほどの財政負担が生じるとされるが、その財源については、年度末までに検討する、などと「先送り」してしまったことである。
財源が確保できるかどうか分からないのに、予算の大枠だけを示して「異次元」と胸を張られても……と思うが、ここで終わらないのが厄介なところだ。
普通に考えれば増税しかないのだろうが(消費税を1%上げると、2兆円強の税収増となる)、岸田内閣は、増税ではなく
「まず徹底した歳出改革等で(財源を)確保することを原則とする」
としている。
マスメディアが報じるところによれば、目下政府内では、財源のうちおよそ1兆円は、社会保障の歳出改革でまかなうことが検討されているという。
具体的には、後期高齢者の医療費原則2割負担、医薬品の自己負担増、介護保険の利用料2割負担の対象拡大、介護保険の給付やサービスの抑制……要は高齢者に負担を押しつけて、増税の代替手段としようというのだ。
唐突だが「へずまりゅう」という名前を聞いたことはおありだろうか。元迷惑系ユーチューバーと称され、過去にはスーパーで精算前の魚の切り身を食べてしまうなどの迷惑動画を上げたかどで逮捕・起訴され、現在も保護観察付き執行猶予中の身である。
その彼は今年4月、豊島区議会議員選挙に立候補し、
「高齢者に厳しい社会へ」
などと書いた選挙ポスターを掲げ、話題になった。具体的になにをどうするつもりなのか、選挙公報にも明確な政策は書かれておらず、JR池袋駅前での選挙演説で、
「ジジイ、ババアは若者に道をあけろ!」
などとわめきちらしただけであった。当然ながら、最下位で落選。
「落選したらSNSから引退する」
と息巻いていたが、こちらの「公約」もまったく守られていない。
こんな人に延々と付き合う気にもなれないので岸田首相に話を戻すが、もともと自民党にとって高齢者層は大票田であり、その支持を危うくしかねない政策は、言い出しにくいものであったはずだ。
しかしながら、今次は少子化対策という大義名分があるので、高齢者層も「孫子の世代のため」と言われれば反論はしにくい。発想こそ「へずまりゅう」レベルだが、老練な政治家だけに、それなりの手練手管は使えるようだ。どう考えても正々堂々たる政治家の態度ではないが。
たしかに、私自身を含めて高齢者と呼ばれる世代は、次世代のために、という言葉に弱い。少子化対策が功を奏するのであれば、高齢世代の負担増もやむを得ない、と考える人が出てきても不思議はないのだが、事はそこまで単純ではない。
参考にすべき例がひとつある。
かつては共産圏に属し、今はEU加盟国となっているハンガリーだが、この国もまた、出生率の低下に頭を悩ませていた。
2011年、この国の出生率は1.23にまで低下していた。日本の場合、前述のように過去最低を記録した2022年でも1.26である。
そこでハンガリー政府が打ち出した対策というのが、なかなかかすごかった。
たとえば、子供を3人産んだ家庭に対しては住宅ローンが免除され、4人産んだら所得税までが免除。その上、子育て世帯に対する無利子の貸付制度など、実効性のある対策を矢継ぎ早に打ち出したのである。理論上、3年ごとに子供を生めば税金を免除された上、政府から借りたお金も返さなくてよくなる。
なにしろその財政規模たるや、名目GDPの5%を超えていた。
わが国はと見てみると、2020年の時点で、子育て支援に対する公的支出の対GDP比は1.7%で、岸田内閣の「異次元の対策」では、これが倍増することになっているが、それでもハンガリーには及ばない。もちろん、総人口・経済規模ともにかなり異なるので、単純な比較はできないが。
問題はこうした対策の結果で、ハンガリーの出生率は2020年には1.56まで回復した。
これまた評価が難しいところではあるが、それこそ「異次元のさらに上を行く」と言えるまでの諸政策が実行されたにもかかわらず、人口の安定的維持=少子高齢化に歯止めをかけ得る、出生率2.0には達していないという冷厳な事実がある。
なおかつ、このように巨額の財政支出が、ハンガリー経済に暗い影を落としているのだ。
たとえば、前述のように子だくさんの家庭は住宅ローンを事実上負担しなくてよくなったことから、大きな家が飛ぶように売れ、その結果、不動産価格が高騰した。
しかも、共稼ぎ家庭や、いわゆるシングルマザーは税金をほぼ納めなくてよくなったため、プライマリーバランスが危うくなってきた。この場合、解決手段は赤字国債の発行しかなく、
「子育て世帯のための財政支出が、未来の納税者(=子供たち)に負担を押しつける」
というパラドクスが起きている。
最後に、わが国にもう一度話を戻すと、こうした「家計のバランス問題」は、遙かに深刻になる可能性が高い。と言うのは、たしかに岸田首相が公表した子育て支援策によれば、3人目の子供が生まれた場合、高校卒業まで児童手当が受け取れるなどの恩恵に浴せるが、その一方では、財源確保のために16歳から18歳までの家族控除を廃止する案が浮上しているらしい。
つまりは、児童手当が増えても給与の手取りが減ってしまう可能性があるわけで、これで「3人目を産もう」と決断する親がいるだろうか。
これ以上のことは、予定通りなら年末に発表される、財源についての具体的な政策を見てからでなければ早計に論じられないが、現状どう考えても、岸田首相の本当の狙いは増税で、少子化対策はその口実に使われているだけなのではないか、との疑いを捨てきれないのである。
トップ写真:令和5年第9回経済財政諮問会議・第20回新しい資本主義実現会議の合同会議での岸田総理(2023年6月16日・総理大臣官邸) 出典:首相官邸
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この記事を書いた人
林信吾作家・ジャーナリスト
1958年東京生まれ。神奈川大学中退。1983年より10年間、英国ロンドン在住。現地発行週刊日本語新聞の編集・発行に携わる。また『地球の歩き方・ロンドン編』の企画・執筆の中心となる。帰国後はフリーで活躍を続け、著書50冊以上。ヨーロッパ事情から政治・軍事・歴史・サッカーまで、引き出しの多さで知られる。少林寺拳法5段。