無料会員募集中
.社会  投稿日:2023/7/4

日本の若者がタンピン化する日            住みにくくなる日本・最終回


林信吾(作家・ジャーナリスト

林信吾の「西方見聞録

【まとめ】

・中国で「タンピン族」と呼ばれる働かない若者が増殖。

・日本の税負担は給与額の50%に迫る。

・今後日本国民は、寝そべり族のように無気力な生き方を選択してしまう。

 

新聞に4コマ漫画があるのと同様、ネットのニュースサイトにも短い漫画がアップされることがある。先日も、こんな漫画に出逢った。

作者がたまたま立ち寄った店(スターバックスとか、その類いらしい)で見かけた男性のTシャツが、ものすごいインパクトだった、というだけの話だが、ゆるキャラもどきが寝そべっていて、その絵の上に

「はたらきたくない」

と大書されていたというもの。この漫画が大いにバズって、

「全国民が着るべき」「俺も仕事辞めたい」

といったコメントが殺到した。

日本では笑い話で済むのだが、中国ではそうではない。「タンピン族」と呼ばれる若者が増殖して、当局も神経をとがらせているようだ。

タンピンとは中国語で「寝そべる」と言ったほどの意味。もちろん漢字で表記されるのだが、WORDの辞書機能にもタンの漢字が存在しないので、以下「寝そべり」と和訳して話を進めさせていただく。

寝そべり族とは要するに、働かない者のことだが、失業者とは異なり、彼らは目的意識的に就労を拒否しているのだ。

日本を含め西側諸国にも、ニートと呼ばれる存在があって、結構前から問題視されているが、中国の寝そべり族は似て非なるもののようである。 

働かないから、親に寄生するなどして生きて行かねばならないわけだが、彼らはそもそも、働いて家を買うとか、自動車など高額の商品を手に入れるといったことに価値を見出さず、恋愛や結婚にすら関心を示さない(もしくはそのようなポーズをとっている)。

日本でも過去に、ニートの若者がTVのインタビューに答えて、

「働いたら負けだと思っている」

と言い放って話題になったが、中国では

「寝そべるのは正義」

という言葉が人口に膾炙している。2021年に大手の中国語サイトに、

「立ち上がる気力はない。と言って、ひざまずくのも嫌だ。だから寝そべる」

といった投稿があって、これにより「寝そべり」が若者の間で市民権を得たと聞く。

2021年の中国では、いわゆるゼロ・コロナ政策によって、日本とは比較にならないほど厳しい行動制限が課せられていた。

一部では抗議デモもあったが、中国共産党の独裁体制に正面から闘いを挑んでも無駄だ、と割り切ってしまった若者も、少なからずいたのだろう。それが「立ち上がる気力はない」という表現に結びついたものであるらしい。

しかしながら、共産党の指示通りに行動したのでは、富裕層や特権階級に奉仕させられるだけの話である。かの国では共産主義のタテマエから、就労は国家建設の基本であると教育されているのは、有名な話だ。一方では、かつてのソ連邦などと違って、グローバル経済の一角にしっかり食い込んでおり、搾取や格差の構造もはっきりしている。

逆に言えば、就労=国家建設への参加は共産党政権に屈服することで、それを「膝を屈する」と表現し、忌避したのである。「だから寝そべる」と。

個人的な感想を述べれば、賞賛する気にはなれないけれども、

「はたらけど はたらけど 猶わが生活(くらし) 楽にならざりぢっと手を見る」

という石川啄木の有名な歌と同じくらい、インパクトがあった。方向性は真逆だが。

真逆といえば、経済学者で人材派遣会社パソナの会長である竹中平蔵氏が、株式投資を呼びかけるサイトの中で、

「かつて日本人にあった〈辛抱強さ〉はなくなり、文句ばかり言う国民になってしまった」

などと述べている。なにが真逆なのかと言うと、

「30年間日本人の給料が上がっていないことに不平を言う人もいます」

などとして、

「自分の給料が不満なら、スキル・キャリアアップに向けて努力をしているのかを自分に問いかけるべきだと思います」

というのが締めくくりなの文言だが、私がこの連載はじめ様々なところで訴えてきた、

「最低賃金を大幅に引き上げ、非正規雇用者の労働環境を改善して行かない限り、わが国の貧困や格差の問題は解決の糸口さえ見えないだろう」

という考えとは、まったく逆の方向性を示している、との意味だ。

竹中氏は端的に、

「給料が上がらないのは自己責任。スキル・キャリアアップに向けて努力するか、さもなければ不平ばかり言わずに、安い給料でも辛抱すべき」

と断じているのである。

その評価は読者一人一人に委ねたいと思うが、ひとつ言っておきたいのは、私はつくづく、日本人は辛抱強いと思えてならない、ということだ。

この連載でも触れたことがあるが、フランスでは年金の受給額が目減りする政策が発表された途端に、全国いたるところでデモが組織され、その一部は暴動化した。英国では、コロナ対策で連日家に帰れないほどの激務を強いられたのに、物価高騰に見合う賃上げがなされていないとの理由で、医療関係者がストライキを決行した。

わが国の歴史をひもといても、江戸幕藩体制においては、年貢は基本的に「四公六民」であった。収穫した米の4割は年貢として召し上げられるが、あとの6割は農民が自分食べたり売って金に換えたり、自由にできた。ところが、江戸幕府の財政が傾いたことから、これを「五公五民」にしたところ、一揆が続発したのである。令和の現在、標準的なサラリーマン家庭において、社会保障費を含めた税負担は給与額の50%に迫ろうとしている。まさに「五公五民状態」だが、今のところ暴動が起きる気配すらない。

今後の展望だが、二つの方向性があり得ると思う。

ひとつは、国民が「辛抱の限界」に達したとして、過激な行動を起こす。

そしていまひとつは、中国の寝そべり族のように、自分たちに体制に反抗する気力などない、として、無気力な生き方を選択してしまう。

近頃の若い者は……といった表現は好むところではないけれども、様々な情報に接するにつれ、そこから「漢臭」が漂ってくるのを感じてしまい、梅雨が一段と鬱陶しく思える今日この頃だ。

トップ写真:イメージ 出典:Getty Images/pasotraspaso




この記事を書いた人
林信吾作家・ジャーナリスト

1958年東京生まれ。神奈川大学中退。1983年より10年間、英国ロンドン在住。現地発行週刊日本語新聞の編集・発行に携わる。また『地球の歩き方・ロンドン編』の企画・執筆の中心となる。帰国後はフリーで活躍を続け、著書50冊以上。ヨーロッパ事情から政治・軍事・歴史・サッカーまで、引き出しの多さで知られる。少林寺拳法5段。

林信吾

copyright2014-"ABE,Inc. 2014 All rights reserved.No reproduction or republication without written permission."