「マイナンバーカード・トラブル」②マイナ保険証、来年秋までの解決への道筋
渋川智明(東北公益文科大学名誉教授)
渋川智明の「タイブレーク社会を生きる」
【まとめ】
・保険医医療機関の6割でマイナ保険証のトラブルが発生。
・来年秋のマイナ保険証一本化に向け、政府は説明責任を果たす必要あり。
・詐取防止や情報漏れ対策など細かな行政的ケアも求められる。
■マイナ保険証のトラブルが深刻化
マイナンバーカード・トラブルで、国民生活に身近で、しかも最も深刻な影響を及ぼしているのが、来年秋に廃止される健康保険証のマイナ保険証への一体化トラブルだろう。この稿の第一回目で、厚生労働省の調べで2021年10月から22年11月末までに全国でマイナ保険証の誤入力、誤登録が7312件あったことをすでに書いた。
その後、新たに60件が追加された。うち4件は薬剤処方などの医療情報を他人に閲覧された、との報告もあった。自分の医療情報が漏れたら、悪用されかねない。医師は患者に対し、的確な診療で処置、薬剤の処方をする医療技術、経験を持ち合わせていると、確信する。仮に別人の医療情報を信用して、そのまま誤って患者に適用・処方すると、大変な医療事故につながりかねない。命にもかかわる。
今年4月、保険医療機関に対しては、マイナ保険証によるオンライン確認システムが義務化された。しかしカードリーダーなどのシステム導入がまだ行き渡っておらず、利用割合もそれほど高くない。その状況下でも、全国保険医団体連合会の調べでは、システムを運用している医療機関2,385ヵ所のうち59・9%で「患者情報が表示されない」「誤った表示がされた」「他人の情報がヒモづけられていた」と公表した。
このため厚労省は3400の医療保険者にカタカナ氏名、生年月日、性別など同性同名者で間違えたりする該当ケースについて、住民基本台帳とのデータ確認などを要請した。
マイナ保険証入力ミスや、現在の保険証からの一体化登録への移行期間でタイムラグ(空白期間)が生じたために、システムで医療保険加盟者の資格確認が出来ず、病院窓口で「3割負担が10割負担支払いになった」という訴えも、893人に上った。
医療費は現役世代、退職者の年齢、所得によって医療費の1~3割を負担する。残り7割は各加盟の保険者保険料から社会保険診療報酬支払基金を通じて医療機関に支払われる。健康保険証を持参せずに医療機関の診療を受けると、いったん全額10割負担支払いが必要で、健康保険証を持参すると7割が返還される。
■ 来年秋までは現在の健康保険証との併用が可能
今秋のケースでは、マイナ保険証の登録をしたので、現在の紙の保険証はもう通用しないのではないかと、誤って解釈する人もいよう。現在の紙の保険証も持参していれば、来年秋までは併用できるので10割負担の心配はない。マイナカードしか持参せずに何らかのミスで、マイナ保険証への一体化にタイムラグが生じているために資格確認ができない場合に、予期せぬ10割負担問題が生じる。外来診療でも傷病によっては全額10割、何万円もの医療費を請求され、診療をあきらめるケースもあろう。やはり過度期の丁寧な説明責任が重要になる。
この指摘に対し厚労省は社会保険診療報酬支払基金が、マイナ保険証で資格確認ができない場合も、何らかの証明書で本人確認が出来た場合、本来の1~3割負担で診療するようマニュアルを出して、混乱を避けるようにしている。当座の混乱やトラブルをしのげたとしても、2024年秋に現在の紙の保険証を廃止する、その後の対応が需要になる。
普及率が上がったとはいえ、混乱や迷走ぶりを見てマイナカードの登録申請をまだしておらず、マイナ保険証についても様子見をしている人もいる。中には申請したくても手続きや、役所のサポート、本人確認を受けるために出かけることができない入院・施設入所者や高齢者も多い。デジタル弱者への配慮、心配りは欠かせない。
政府は来年秋以降の暫定措置として更新制の資格確認書を出して、1年間は現在の紙の保険証との併用を認めている。また代理の申請登録も認めている。近親者などがいる人は問題ないが、高齢の在宅要介護者、認知症、施設入所者もいる。パスワードや個人情報、年金の管理もひつようだから、詐取防止や情報漏れ対策など細かな行政的ケアも求められる。
そうした観点から、国会でも立憲民主党はマイナンバーカードの普及の必要性は認めているものの、申請・登録が難しい人への配慮として、来年秋の健康保険証の廃止、マイナ保険証への一体化は、トラブルの再点検、再整備が整うまで、来年秋以降も当座は現在の紙の健康保険証との併用を認めるべきではないか、と主張している。
相次ぐトラブル、政治主導の迷走・・・。来年秋の健康保険証の廃止、マイナ保険証への一体化に対しては「いったん立ち止まってみてはどうか」という意見や、そういう趣旨の新聞社説も登場している。
■正攻法でトラブルに一直線に向き合い信頼の回復を
すでにマイナンバーカードの関連法制は法制化されている。マイナ保険証は使われ始めている。岸田首相も国会で方針通りに進める意向を表明している。今後は運転免許証一体化も議論されている。
岸田政権、またそれ以前の政権から閣僚や省庁の政治的な突破力や功名心・普及率上昇競争によって、カード普及率がアップしたことは認めざるを得ないだろう。しかし早い者勝ちマイナポイントや、普及率の低い自治体への叱咤激励、逆に高い地方自治体への地方交付税加算などの性急なアメとムチ政策が裏目に出たことも確かだろう。個人情報漏洩、システムの保全対策などデメリット論も今回、大きく浮上した。
コロナ禍におけるデジタル化の遅れを見ても、デジタル行政、キャッシュレス化を推進することの必要性や、将来社会に向けた体制整備は進めざるを得ないだろう。マイナ保険証を含むマイナンバーカードが安心して使えるよう奇策を弄せず、正攻法でトラブルと真摯に向き合い、一直線で信頼感を取り戻してもらいたい。それに勝る近道はないのではないか、と思う。
ところで先日、居住市窓口で私もマイナンバーカードを受け取った。
申請手続きも、マイナポイントも自治体担当者のサポートで何とか切り抜けた。慣れている人には簡単だろうが、特にマイナポイントは超複雑な手続きに何度も挫折しかけた。市庁舎そばの提携巨大スーパーで300円カードを作り、2万円分をチャージして、キャッシュレス登録とマイナ保険証分の計1万2500円のポイントをプラスできた。費やした時間と労力。買い物予定がないのに現金2万円のチャージ出資。インフレ不況と値上げラッシュ。生活必需品の物価高に苦しめられている。助かりはするが、申し訳ないが、それほどのおトク感は果たしてどうだろうか。マイナポイントの締め切り間際の駆け込み申請だったので、混乱に拍車をかけたのではないか。バスに乗り遅れた人も多い。マイナ保険証は本当に期限までに正常化するのか。間違った診療、薬を処方されないか。まさに他人事ではない、と実感している。
トップ写真:「健康保険証廃止」と書かれた新聞 出典: y-studio/GettyImages
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この記事を書いた人
渋川智明東北公益文科大学名誉教授
東北公益文科大学名誉教授。
早稲田大学卒業後、1971年、毎日新聞入社。東京本社社会部編集委員(厚生労働担当)。2005年、東北公
益文科大学公益学部(山形県酒田市)教授・公益学部長、大学院(山形県鶴岡市)公益学研究科長。
定年退職後、法政大学社会連帯大学院、目白大学生涯福祉大学院非常勤講師を経て現
在は専門学校・社会医学技術学院=東京都東小金井市=講師(非常勤・社会保障論)。
著書「福祉NPO」(岩波新書)、「介護保険活用ガイド」(保健同人社)、「賢い
患者になろう」(実業之日本社)「ソーシャルビジネスで地方創生」(ぎょうせい)=
以上単著、「認知症対策の新常識」(日東書院・共著)等。