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.国際  投稿日:2023/7/23

米中新冷戦とは ー中国軍事研究の大御所が語るその3 なぜ関与政策は間違いだったか


古森義久(ジャーナリスト/麗澤大学特別教授)

「古森義久の内外透視」

【まとめ】

・ビルズベリー氏、対中関与政策は間違いだったと自書で告白。

・しかし中国は、2049年を目標に米を追い抜く超大国になろうとしてきた

・訪中したニクソン氏もキッシンジャー氏も現実を見なかった。

 

アメリカの中国軍事研究の一人者とされ、歴代政権の対中政策形成の中心にあったマイケル・ピルズベリー氏のインタビュー記録を続けます。

 古森義久――しかしあなたは40年以上の長い中国とのかかわりで、基本的な認識を大きく変えましたね。1979年の米中国交樹立の当初からの中国をより強く、より豊かにすれば、アメリカにとって望ましい方向へと中国は変わるという期待に基づく『関与』政策は間違いだったと、あなたは自書のなかで告白し、宣言した。

その後に登場したトランプ政権がその同じ趣旨を国家安全保障戦略やマイク・ペンス副大統領の対中政策演説で宣言しました。その対中強固政策はいまのバイデン政権にも大幅に継承されている。その意味ではあなたの果たした役割は大きい。しかしあなた自身の考えも当初は間違っていた、というわけですね。

マイケル・ピルズベリー 「はい、アメリカ側の年来の『中国への関与政策は中国の対米協力をもたらす』、『中国は豊かになれば民主主義へと向かう』、『中国は国家としてまだ弱体だが、やがてはアメリカのようになりたいと願っている』・・・という想定はみな錯誤だったわけです。

中国は『平和的台頭』や『中国の夢』という偽装めいたスローガンの下に力の拡大を進め、アメリカを安心させ、関与政策をとらせてきたのです。だが実は建国から100年目の2049年を目標にアメリカを完全に追い抜く超大国となり、自国の価値観や思想に基づく国際秩序と覇権を確立しようとしてきたのです。

中国共産党指導層は表面はアメリカの主導と関与の策に従うふりをしながら、国力を強め、アメリカの覇権を奪い、中国主導の国際秩序を築く長期戦略を『100年のマラソン(馬拉松)』として進めてきたのです。

中国側のその真意は人民解放軍の最高幹部や共産党の幹部のうち『タカ派(白鷹)』とされる人たちの、少数の意見のようにちらほら示されてきました。だが実はその考え方が指導層の主流であり、とくにいまの習近平主席の考えそのものだったことが明白となったわけです。

私自身は中国が実際にはアメリカを圧倒して、自国が覇権を行使できる世界秩序を構築することを意図している事実を2010年ごろから認識するにいたりました。アメリカ政府内部でもCIA(中央情報局)などはわりに早くからその事実を認めるようになったようです。対中関与政策が中国をアメリカの好む方向へ変質させるというのは幻想だったわけです」

――ただしあなたは当初はソ連との正面対決にも腐心していましたね。レーガン大統領の下でのソ連との対決期に国防長官の特別ブレ—ンとなる「ネット・アセスメント(戦略評価)」という部局の一員でしたね。この部局は戦略問題の大御所とされたアンドリュー・マーシャルという人物がトップで、アメリカにとっての中期、長期の最大の脅威を認定し、対処することが任務でした。

ピルズベリーさんはその次席のような立場で当時はソ連の脅威への対応が最大任務だった。中国との関係も中ソ対立を背景に中国を強くしてソ連を抑える付加の武器とするという計算も大きかったといえますね。

「そうですね。しかしアメリカ側での中国に関する誤算というのはその歴史も長いといえます。ただしその流れのなかで、いまから思えば真実をみすえていた人物もごく少数ながらいたのです。

古い話ですが、米中和解の端緒となった1972年2月のニクソン大統領の中国訪問の際、同行したキッシンジャー大統領補佐官とニクソン氏との間で著名な政治評論家のウィリアム・バックレー氏を連れていくか否かの協議がありました。バックレー氏は自分なりにすでに中国を考察して、一定の考えを持っていたのです。ニクソン氏は同じ保守同士としてバックレー氏とも親しく、その考察は参考になるだろうと考えたようです。

しかしキッシンジャー氏が絶対に反対でした。バックレー氏が当時の中国に対してきわめて厳しい認識を持っていたことを知っていたからでした。そして同氏の同行なしの歴史的なニクソン訪中が実現しました。中国を実際にみたニクソン氏らは強い好感を覚えました。

青い人民服を着た多数の中国人男女が自転車で勤勉そうに動いている。誰もが貧しいようだが、穏やかそうに生活している。政権首脳も平和を求めているようだ。この中国こそアメリカにとっての新たなパートナーだ――と。

 ニクソン、キッシンジャー両氏ともこんな感想を抱き、対中和解の出発点としました。同行した200人ものアメリカの報道陣もまったく同じ前向き、友好的な印象を受け、その趣旨の報道をしました。

しかし彼らは中国の独裁政権下の人権の抑圧、文化大革命での苛酷な革命推進、対外的な共産主義の武力膨張などという現実をみなかったのです。

この点、バックレー氏は当時から『共産主義独裁の中国はナチスのドイツと変わらない弾圧と侵略の危険な国家だ』と明言していたのです。いまみれば、この認識が正しかったのです」

(その4につづく。その1その2

*この連載は月刊雑誌「正論」8月号掲載のインタビュー記事「米国の過ちは抗議だけで対中政策Wをを変えなかったこと」の転載です。

トップ写真:中国人民解放軍の儀仗隊を視察するニクソン米大統領(1列目右)とキッシンジャー当頭領補佐官(2列目真ん中)、周恩来中国首相(1列目左)1972年2月1日 中国・北京

出典:Photo by © Wally McNamee/CORBIS/Corbis via Getty Images




この記事を書いた人
古森義久ジャーナリスト/麗澤大学特別教授

産経新聞ワシントン駐在客員特派員、麗澤大学特別教授。1963年慶應大学卒、ワシントン大学留学、毎日新聞社会部、政治部、ベトナム、ワシントン両特派員、米国カーネギー国際平和財団上級研究員、産経新聞中国総局長、ワシントン支局長などを歴任。ベトナム報道でボーン国際記者賞、ライシャワー核持込発言報道で日本新聞協会賞、日米関係など報道で日本記者クラブ賞、著書「ベトナム報道1300日」で講談社ノンフィクション賞をそれぞれ受賞。著書は「ODA幻想」「韓国の奈落」「米中激突と日本の針路」「新型コロナウイルスが世界を滅ぼす」など多数。

古森義久

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