アメリカはいま――内政と外交・ワシントン最新報告その15 対中政策はなぜ変わったのか
古森義久(ジャーナリスト/麗澤大学特別教授)
「古森義久の内外透視」
【まとめ】
・米の対中関与政策。民主的傾向が強まるのではないかとの期待は無残にはずれた。
・中国に対し超党派で警戒・抑止していく対中ワシントン・コンセンサスが語られるようになった。
・日本は「中国は脅威だ」と言っているだけではなく、何をするかが重要だ。
アメリカの歴代政権が中国に対して関与政策と呼ばれるソフトな姿勢をとったことには、もう1つ、大きな理由がありました。それは東西冷戦が続き、ソ連という一大脅威があり、中国はそのソ連と敵対関係にありましたから、その一方の中国を自分のほうにつけるというアメリカの思惑があったのです。
しかし、この関与政策は全くの間違いだった。なぜなら、中国は、アメリカが期待するような方向に全然動かなかったからです。中国のなかが豊かになれば民主的傾向がいくらか強まるのではないかという期待は無残にはずれた。
その一番の象徴例は習近平国家主席が、自分で、本来は5年ずつ2期だけと決まっていた任期を勝手に延ばして3期目……死ぬまででもできるようなことにしてしまった。これほど非民主的な動きはないじゃないか、というふうにアメリカ側は受け止めたわけです。いくら中国を助けても、中国は民主的な国にはならなかったのです。
この対中関与政策は間違いだったと断定され、新たに強固、強硬な中国への政策が形成されていきました。
アメリカが中国に対する態度を強固にした結果、具体的にはどういうことが起きたのか。
議会に初めて中国との対決――中国をどうするかということだけを専門に検討する特別委員会が今年の1月にできたのです。その委員会のタイトルも、「中国共産党に対する抑止」という。中国国民と共産党とは違うのだという見方をするのです。
その他、アメリカ側でのいまの流れを見ていくと、中国の経済をこれ以上に豊かにしてしまうようなアメリカ側の経済関与はやめておこう、という動きは始まっています。この動きはディカップリング、つまり切り離しです。しかしこれはそう簡単にはいかない。日本の実例を見ても、中国との取り引きによって利益を得ている自国経済の部分というのが大きいので、そう簡単に切り離しはできない。だがアメリカのほうがその流れは激しいのです。
中国との経済関係はできるだけ減らして、特に中国に依存する分野は減らす。いまもアメリカは医薬品などはかなり中国に依存していています。その依存を減らそうとする動きが非常に強くなって、実際の法律になり、TickTockなんて動画をばらまくような電子機具もアメリカ国内で全部禁止にするというような法案が議会に出ています。ただし、これはそう簡単には通りません。
こうした動きの結果、中国に関しては対中ワシントン・コンセンサスという言葉がよく語られるようになりました。中国に対しては超党派で警戒して抑止していかなければいけない、というコンセンサスが出てきているのです。
私も最近もずいぶんいろいろな中国関連のワシントンの会合に行きました。例えば、ヘリテージ財団という保守系のシンクタンクが中国研究で、アメリカと中国はいま新冷戦に入ったという調査報告書の発表会を開いたので、それに出ました。中国との新冷戦ではこういうことをやらなきゃいけないという政策提言の集まりでした。
その研究報告の中心になったのは、マイケル・ピルズベリーという人物です。日本で数年前に出た本『2049チャイナ』というタイトル(アメリカでは『100年マラソン』)の著者です。彼は中国の軍事問題に対する研究の大御所です。
▲写真:マイケル・ピルズベリー氏(2019年4月)
出典:Photo by Michael Kovac/Getty Images
この人は、自分も関与政策をやってきたけれども、間違いだった、と認めています。中国は抑えなければいけない。中国共産党というのは、中華人民共和国建国の1949年から100年後の2049年にはアメリカを追い越して、世界一の超大国になることを目指してきた。これは100年のマラソンなのだ、ということをいう。その証拠としていろいろな資料を挙げているのです。この人がヘリテージ財団の中心になって、中国に対してはこれからこういうことをやろう、という政策発表をしたのです。
私も米中関係をずっとフォローしてきたので昔からこのピルズベリーさんとわりあい交流があったのです。彼はこの報告書を発表したときに、中国は脅威だ。しかし、脅威だ、脅威だといっているだけでは何もならない。そのために何をするかということをいわなければいけない、と強調しました。
これは日本でもちょっと参考になる対応です。日本政府は北朝鮮がミサイルを撃っても、断固として許さないというが、ではどうするのかというと何もない。国際協調をしていくとか、アメリカとの同盟を強化するとかいって、日本として何をやるのかというと何も出てこない。これは戦後の日本が選んだ悲しい道だろうと思います。
(その16につづく。その1、その2、その3、その4、その5、その6、その7、その8、その9、その10、その11、その12、その13,その14)
*この記事は鉄鋼関連企業の関係者の集い「アイアン・クラブ」(日本橋・茅場町の鉄鋼会館内所在)の総会でこの4月中旬に古森義久氏が「アメリカの内政、対中政策――ワシントン最新報告」というタイトルで講演した内容の紹介です。
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この記事を書いた人
古森義久ジャーナリスト/麗澤大学特別教授
産経新聞ワシントン駐在客員特派員、麗澤大学特別教授。1963年慶應大学卒、ワシントン大学留学、毎日新聞社会部、政治部、ベトナム、ワシントン両特派員、米国カーネギー国際平和財団上級研究員、産経新聞中国総局長、ワシントン支局長などを歴任。ベトナム報道でボーン国際記者賞、ライシャワー核持込発言報道で日本新聞協会賞、日米関係など報道で日本記者クラブ賞、著書「ベトナム報道1300日」で講談社ノンフィクション賞をそれぞれ受賞。著書は「ODA幻想」「韓国の奈落」「米中激突と日本の針路」「新型コロナウイルスが世界を滅ぼす」など多数。