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.国際  投稿日:2022/10/12

好戦性を露わにした金正恩のミサイル挑発


朴斗鎮(コリア国際研究所所長)

【まとめ】

・北朝鮮は9月25日以降、計12発の弾道ミサイルを発射。戦術核運用部隊の訓練と表明。

・前例ない頻度と任意の場所・時刻での発射が特徴。北朝鮮は「核先制使用法制化」に基づく核戦闘能力準備を検証する訓練と公表。

・ロシアのウクライナ侵攻を受け、金正恩は、万一米対中・ロ間で武力衝突が起これば、核武力で一気に韓国を支配しようと考えている。

朝鮮労働党創建記念日を前にした10月9日未明、北朝鮮は短距離弾道ミサイル2発をまたもや発射した。韓国軍合同参謀本部によると、午前1時48分から同58分にかけて、北朝鮮東部の江原道・文川(ムンチョン)付近から日本海(東海)に向けて発射された。日本の防衛省によると、いずれも最高高度約100キロで約350キロ飛び、日本の排他的経済水域(EEZ)外に落下したとみられる。これで北朝鮮は9月25日以降、計12発の弾道ミサイルを発射したが、韓国の尹錫悦(ユン・ソクヨル)政権が発足してからのミサイル発射は11回目となった。

10月10日の労働新聞はこの一連のミサイル発射に対して、9月25日から10月9日まで戦術核運用部隊の軍事訓練を行ったもので、金正恩総書記が現地指導したと伝えた。

今回の北朝鮮によるミサイル連射には、これまでとは質的に異なる内容といくつかの特徴が見られる。

1.前例ない頻度と任意の場所・時刻での発射

北朝鮮は9月25日以後28,29日、10月1日の短距離弾道ミサイル発射に続き、10月4日には「火星12」と推定される中距離弾道ミサイルを発射(射程約4500キロ)したが、このミサイルは、衝突防止のためにAIS(船舶位置情報表示システム)を作動させて津軽海峡を通過中の米海軍原子力空母「ロナルド・レーガン」の進行方向に発射され、日本列島の上空を通過した。

この発射を受けて米軍は対抗措置として「ロナルド・レーガン」を急遽日本海(東海)へ再展開し、7~8日に再度米韓合同軍事演習を行った。合同演習に参加した米空母打撃群が直ちに韓(朝鮮)半島周辺海域に再展開するのは今回が初めてだ。

写真:北朝鮮が日本上空を通過する中距離弾道ミサイルを発射したことに対抗して行われた米韓合同軍事演習(2022年10月4に日 朝鮮半島上空)

出典:Photo by South Korean Defense Ministry via Getty Images

この演習に対しても北朝鮮は、6日午前6時1分ごろから同23分ごろにかけて、平壌・三石(サムソク)付近から日本海(東海)に向けて短距離弾道ミサイル(SRBM)と超大型ロケット砲を発射する挑発を行った。三石という地名がミサイル発射場所として登場したのは初めてだ。

この一連のミサイル連射に対して朝鮮中央通信は10日、「7回にわたって行われた戦術核運用部隊の発射訓練を通じて、目的とする時間に、目的とする場所で、目的とする対象を目的とするだけ打撃、掃滅できるわが国家の核戦闘武力の現実性と戦闘的効率、実戦能力をあまねく発揮させた」と報じた。

2.「新戦略」に基づく実戦的発射

北朝鮮は6月に開かれた党中央軍事委員会第8期3回拡大会議以降、核武力を中心にした「新たな戦略」を採択して戦略軍の再編を行い、戦闘能力を高める態勢を固めてきた。

今回のミサイル発射について北朝鮮内部軍消息筋は、「最高司令部は9・9節(建国記念日)以降、任意の時刻に武力総司令官(金正恩国務委員長)が命令を下達し、新編成された戦略軍部隊の戦闘能力を試している」「武力総司令官命令によるミサイル発射は、任意の時刻、任意の場所で随時修正・変更を加えた作戦計画に従って、東・西・中・北部戦略軍部隊の戦闘準備能力を検証する実戦打撃軍事訓練だ」 と伝えてきた。

こうした動きについて朝鮮中央通信は10日、「不可避な状況に対処して朝鮮労働党中央軍事委員会は去る9月下旬、朝鮮半島の現在の政治的・軍事的情勢と展望を討議し、敵に強力な軍事的対応の警告を送るために、相異なる水準の実践化された軍事訓練を準備・実行することを決定した」と伝えた。

写真:北朝鮮による弾道ミサイル発射に関して金正恩総書記を映す

テレビ報道を見る人々。(2022年5月4日 韓国・ソウル)

出典:Photo by Chung Sung-Jun/Getty Images

 

3.「核先制使用」と結びつけた発射

北朝鮮内部消息筋によると、北朝鮮当局は「核先制使用法制化」後、各道・市・郡党委員会の部長級以上の幹部を集めて「金正恩委員長施政演説貫徹のための講習会」を開き、「核使用法制化」を「実際の核実験と同じ威力を持つ」「われわれが帝国主義国と世界大戦を行ったのと同じだ」と意義付けたという(韓国デイリーNK)。

10日の朝鮮中央通信は今回の訓練を「核武力法制化に基づく新戦略訓練」とし、その目的を「戦術核弾頭の搬出および運搬、作戦時の迅速で安全な運用・取り扱いの秩序を確定し、全般的運用システムの信頼性を検証および熟達する一方、水中発射場での弾道ミサイル発射能力を熟練させ、迅速反応態勢を検閲することにあった」と報道した。

今回のミサイル連射でのこれらの内容と特徴は、金正恩総書記がプーチンのウクライナ侵攻事態、台湾をめぐる米中対立の激化などを踏まえ、現状況を「新冷戦時代」と認識していることと関係している。金正恩は第3次世界大戦もありうると考えているようだ。

金正恩はこうした認識に基づいて軍事戦略を練り直し、核先制攻撃を視野に入れたミサイル部隊の再編成を行い、今回その訓練を行った。金正恩は訓練指導で「敵が軍事的威嚇を加える中でも相変わらず対話と交渉を云々し続けているが、われわれには敵と対話する内容もなく、またそのような必要性も感じない」と対話は必要ないとの考えも明確にした。この戦略(妄想)に火を付けたのはプーチンのウクライナ侵攻であった。

金正恩はいま、万一米対中・ロ間で武力衝突が起これば、核武力で一気に韓国を支配しようと考えている。米国のジョー・バイデン(Joe Biden)大統領は10月6日、「世界は冷戦(Cold War)が終わって以来初めて『世界最終核戦争』の危機にさらされている」と語った。

トップ写真:北朝鮮の弾道ミサイル発射を伝えるテレビ報道を見る人々

(2022年5月4日 韓国・ソウル)

出典:Photo by Chung Sung-Jun/Getty Images




この記事を書いた人
朴斗鎮コリア国際研究所 所長

1941年大阪市生まれ。1966年朝鮮大学校政治経済学部卒業。朝鮮問題研究所所員を経て1968年より1975年まで朝鮮大学校政治経済学部教員。その後(株)ソフトバンクを経て、経営コンサルタントとなり、2006年から現職。デイリーNK顧問。朝鮮半島問題、在日朝鮮人問題を研究。テレビ、新聞、雑誌で言論活動。著書に『揺れる北朝鮮 金正恩のゆくえ』(花伝社)、「金正恩ー恐怖と不条理の統治構造ー」(新潮社)など。

朴斗鎮

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