「セメント王」浅野総一郎物語⑮ 日清戦争で船を日本軍に拠出
出町譲(高岡市議会議員・作家)
【まとめ】
・明治26年、浅野総一郎ら日本郵船に対し「日本海運業同盟会」設立。
・日清戦争が始まり、陸軍次官児玉源太郎が同盟会に船の徴集を依頼。
・総一郎は、「国民」の当然の義務として船を差し出した。
“巨人”日本郵船に対する不満は、海運業者らの間で高まりました。大きなうねりとなったのは、北陸からです。富山の馬場道久や、石川の広海仁三郎ら北前船の海運業者が、一致団結しようと動いたのです。総一郎も合流し、明治26年に「日本海運業同盟会」という組織を作りました。
地方の海運業者らを一堂に集め、日本郵船に対抗する一大勢力となったのです。総一郎は委員長となりまました。翌27年には、所有する船の総トン数は、海運業同盟会が8万トン。10万トンの日本郵船に匹敵する勢力となったのです。寄港地の獲得競争も激しさを増しました。
日本郵船と海運業同盟会。二大勢力、がっぷり四つで戦う中、時代は大きく動いたのです。明治27年8月に日清戦争が始まり、両者の戦いもいったん水入りとなったのです。
蒸し暑い夏の日。日本海運業同盟会は陸軍省から呼び出しを受け、総一郎は委員長の立場で出向きました。船が御用船として徴収されるかもしれないと覚悟していました。
総一郎は陸軍の最高幹部と打ち合わせに臨んだのです。陸軍の大応接室には、陸軍次官の児玉源太郎が机に腰掛けていた。
児玉は大日本帝国陸軍のエースでその名前は轟いていました。児玉は日清戦争の戦況などを説明した上で、海運業同盟会の船を徴集したいと述べたのです。
「今度の戦争は、日本の命運がかかる大事な戦争だ。浅野君、商売っ気を離れて、お国のために、船を差し出してくれ。日本郵船に対しては船をトン当たり4円で借りようと思っている。政府が毎年、補助金を出しているからだ。君たちたちは、補助金を出していないので、少し上乗せするが、トン5円でなんとか借りられないだろうか」。
児玉は険しい表情をしながら、有無を言わせない雰囲気だった。予想通りの展開です。
ただ、海運業同盟会の船は、自分の所有ではありません。寄せ集め所帯の委員長として交渉しているだけです。他の船主の意向も聞く必要があるので、児玉に対し、慎重な言葉づかいで返答しました。
「御用船については了解しました。ただ、値段については、独断で判断できません。さっそく、他の船主たちを陸軍省に参集させますので、児玉さんのほうから、値段については説明していただけませんか」。
児玉は頷き、結局、値段は船のトン数や速度に応じて4円50銭から5円ということで落ちつきました。日本郵船より、50銭から1円高い水準です。
総一郎があまりに素直に、船を差し出すことに、違和感があるかもしれません。しかし、日清戦争は、日本人が「国家」というものを意識した初めての戦争です。江戸時代までは、人々にとって国と言えば、「藩」。明治維新で初めて「国家」という概念が芽生えた。一方、その「国家」は人々に対し、「国民」としての義務と貢献を要求したのです。総一郎としては、「国民」としての当然の義務として、船を差し出したのです。
(⑯につづく。①、②、③、④、⑤、⑥、⑦、⑧、⑨、⑩、⑪、⑫、⑬、⑭)
トップ写真:日清戦争中、牙山の戦いでの勝利後、韓国のソウル近郊に建てられた凱旋門を通過する日本軍(1894年11月)出典:Photo by Vaughan/Hulton Archive/Getty Images
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この記事を書いた人
出町譲高岡市議会議員・作家
1964年富山県高岡市生まれ。
富山県立高岡高校、早稲田大学政治経済学部政治学科卒業。
90年時事通信社入社。ニューヨーク特派員などを経て、2001年テレビ朝日入社。経済部で、内閣府や財界などを担当した。その後は、「報道ステーション」や「グッド!モーニング」など報道番組のデスクを務めた。
テレビ朝日に勤務しながら、11年の東日本大震災をきっかけに執筆活動を開始。『清貧と復興 土光敏夫100の言葉』(2011年、文藝春秋)はベストセラーに。
その後も、『母の力 土光敏夫をつくった100の言葉』(2013年、文藝春秋)、『九転十起 事業の鬼・浅野総一郎』(2013年、幻冬舎)、『景気を仕掛けた男 「丸井」創業者・青井忠治』(2015年、幻冬舎)、『日本への遺言 地域再生の神様《豊重哲郎》が起した奇跡』(2017年、幻冬舎)『現場発! ニッポン再興』(2019年、晶文社)などを出版した。
21年1月 故郷高岡の再興を目指して帰郷。
同年7月 高岡市長選に出馬。19,445票の信任を得るも志叶わず。
同年10月 高岡市議会議員選挙に立候補し、候補者29人中2位で当選。8,656票の得票数は、トップ当選の嶋川武秀氏(11,604票)と共に高岡市議会議員選挙の最高得票数を上回った。