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.国際  投稿日:2023/8/17

自民党女性局は仏「3歳から義務教育」の真の意味を学んだのか


Ulala(著述家)

フランスUlalaの視点」

【まとめ】

・仏、3歳からの義務教育は、女性を働きやすくするためではない。

・義務教育前に、仏以外の文化・宗教思想の植え付けを抑制するため。

・従来の教育システムは裕福層対象。移民家庭には教育格差につながり、若者の暴動の原因となった。

 

先日、自民党の女性局のメンバー38人がパリに研修旅行に行った件が炎上したが、いまだにおさまる様子がない。だが、この件が炎上するのも当然のこととしか言いようがない。SNSにフランスの豪華さを楽しんでいる様子をアップして、見ている方になんの価値も生み出さないような広報のやり方にも疑問を感じるが、それよりもフランスに行く価値を一番感じなかったのは、メインとされてる研修内容そのものだ。

研修内容で特に気になったのが「3歳から義務教育」である。あきらかに、「3歳から義務教育」を単なる女性の活躍、少子化対策の一貫ととらえていることであろう。だが、フランスが3歳から義務教育とした本来の理由は、日本で思われているような「子供を幼稚園に行かせて女性が働きやすいようにする」ためではない。それを説明していきたい。

■家庭の文化背景で学力の差がつきやすいフランス

フランスが3歳からの義務教育を始めた理由は、フランス以外の文化や宗教思想を、義務教育が始まる前に植え付けるのを抑制するためだ。決して、「子供を幼稚園に行かせて女性が働きやすいようにする」ためではない。

その証拠に、フランスでは、3歳からの義務教育を始める以前にも96.6%という大多数の子供達がすでに日本の幼稚園にあたる保育学校(エコール・マテルネル)に通っていた。この保育学校自体が親たちが働いている間に子供の面倒を見る場所として開設されており、当然ながら利用している人は多かった。

その保育学校がフランスの文化や思想を伝達する教育機関として、「3歳からの義務教育」が始まるまでにはいくつかの理由と段階があった。

まず、20年ほど前までの保育学校は、まさに親が働いている間の子供の保育を目的にしており、文字の読み書きなどの教育はしていなかった。絵を書いたり遊んでいるだけだったのだ。これこそが、単に「子供を幼稚園に行かせて女性が働きやすいようにする」ことを目指している人たちが考えているものであろう。だが、現在の日本のように多額のお金が払える安定した家庭のみが幼稚園に来ている場合はそれでいいのだが、複雑な背景を持つ人々が多いフランスの場合、保育学校で教育をしないことはのちに問題を発生させることとなった。

というのも、ある程度の教育を受けている親がいる家庭であるならば、家で本を読み聞かせたり、文字の練習や数を数える練習などを、遊びながら会話しながら教えていき、そして小学校に上がるときに子供達はそれなりに学校教育についていけるようになっていくだろう。しかしながら、自国で十分な教育を受けてこなかった、主に移民家庭ではそれは普通のことではないのである。このフランスの教育システムが対象にしている家庭と、その対象から外れている家庭なのにフランスの教育を受けるしかなかった層とのずれは、文化背景による教育格差につながっていき、のちの郊外の若者による暴動が発生しやすい状況を作り出す原因の一つにもなっていく。

そもそも、フランスの教育システムは裕福層を対象にしていたため、小学校においても「学校にいる時間が短く、大量の宿題を家でやる勉強のスタイル」だった。裕福層は母親が専業主婦であることが多かったり、お金で教育も解決できるため、この教育スタイルでもついていくことが十分可能だった。しかし、その両方をもっていない家庭の場合、子供たちは勉強についていくことが難しかった。

この教育システムに大きく影響を受けたのが移民をルーツにもつ家庭だ。自国では十分な教育を受けておらず子供の宿題を家で見ることができない場合の方が多かったのである。もちろんフランス語の読み書きを教えることもできない。その結果、中学校に上がる時点で子供の間に大きな差が明白になった。

15年ほど前のフランスでは、中学校に入る時点で十分にフランス語を読み書きできない生徒が12%〜15%ほどいて、中学校の教育についていけない生徒が問題になっていた。そこでフランスでは2007年から保育学校でフランス語の教育と、補習授業がはじまったのだ。家庭に勉強する環境がない生徒の学力アップのためにフランス語の基礎を3歳から学校で学べるようにしたのである。同時に宿題も減らし、学校ですべての教育を終えることができるシステムを目指したのだ。

またそれプラス、他の児童よりも習得が遅れているようであれば保育学校で週1度の補習を設け支援した。こういった対策を経て、家庭でフランス語を学べない場合でも、小学校に入った時点からよりスムーズにフランス語の勉強を始められるようになっていったのだ。

同時期にその地域に住む住民の子供達はその地域の学校にいくことも義務になった。これは、主にジプシーへの対応である。当時、ジプシー達は、たとえフランスで生まれたとしても学校にいかない子供達が多かった。特に女性の貞操を守るためとし、娘を学校にいかせないようにしていた親が多かったのである。

しかし、住民と交流していない孤立したグループがいる場合、そこに待ち受けているのは敵対することだ。敵対する勢力がいると、住民同士のいさかいが絶えず起こることになる。そこで、子供達をその地域の学校に入ることを義務とすることで、フランスの習慣を学ぶと同時に住民と交流をもつようにうながしたのだ。この結果、学校で子供を通じてジプシーと住民たちがお互いの理解を深めることになり争いが減少した。3歳からの基礎教育は移民をルーツに持つ家庭だけではなく、こういったジプシー達にも意味ある教育となったのである。

■フランスの習慣から外れないようにする施策

この政策が功を奏したのか、2006年のPISAでレベル1以下の生徒が1%いたのが2018年には0.6%にまで減っている。もちろん、3歳からの文字の習得以外にも、小学校に入ってからも補習授業が設けられ、バカンス中にも地域の生徒を集めて特別授業が行われるようになったこともあり、極端にできない生徒は減少したのだ。

しかし、この期間に、フランスではまた別の問題が持ち上がった。フランス国内でのテロの増加である。テロの増加を受けて問題になったのは、フランスの習慣や規則を無視して、イスラム教の教えを子供のころから教育しフランスと対立する思想基盤を構築することだ。これを防ぐためにいろいろな対策が取られたが、その対策の一つが2019年から始まった「3歳からの義務教育」だとも言える。3歳からフランスが許可している学校に行くことを義務とすることで、小学校に上がる前に子供たちに偏った思想を植え付けることを抑制しようとしたのである。

とは言え、すでに大多数の子供達は保育学校に通っていたのでそこまであまり影響を受けた家庭はなかった。しかしながらフランスにいる限り、みんなと同じ教育を受け同じ習慣を学ぶシステムの基盤となったことは間違いない。

■社会格差が縮まらないフランス

だが、すでに社会分断がおこって歴史が長いフランスでは、学力による分断はまだまだ残っており、多少は改善したとは言えども成績が芳しくない生徒の層は厚い。

教育システムはまだまだ改善しきれておらず、地域による格差がいまだに大きいことも原因の一つだ。前回の記事、『フランス暴動の背景に「郊外」問題』でも説明したが、フランスは地域によって社会が分断されてきたため、他の優秀な生徒の影響を受ける機会も奪われてきている子供達が一定数いるのだ。その結果、フランスは住む地域や親の文化背景で学力が決定される傾向が大きくのこされている。

こう書くと、「それは日本でも同じだ。」という意見が寄せられるのだが、確かに、日本も社会経済文化的背景によって格差はある。しかし、世界の国と相対的に見れば日本の学力格差はあまりない方なのだ。それは、PISAの結果でも示されている。

「PISA」とは、OECD加盟国を中心として3年ごとに実施される15歳を対象とした国際的な学習到達度テストだ。読解力、数学的リテラシー、科学的リテラシーの3分野を中心とした試験で、義務教育修了時点で学んだ知識を実生活にどの程度応用できるのかが測られる。そのテストの結果の中に、社会経済文化的背景(ESCS;Economic、 Social and Cultural Status)というのがあり、この項目で家庭の文化背景の違いによる学力の違いを考察できる。保護者の学歴や家庭の所有物に関する質問項目からESCS指標を作成。この値が大きいほど、社会経済文化的水準が高いとし、テストの成績結果と照らし合わせて社会経済文化的水準との関係を導き出しているのだ。

そこからわかるのは、日本は、OECD加盟国内で社会経済文化的水準の生徒間の差が平均よりも小さいということだ。社会経済文化的水準が生徒の得点に影響をおよぼす度合いが低い国の1つなのだ。このため、日本では学校で勉強すれば、ある程度は家庭の格差に左右されることなく成績を上げ、高学歴などを取得できる。

一方、フランスは、社会経済文化的水準の生徒間の差が平均よりも大きく、社会経済文化的水準が生徒の得点に影響をおよぼす度合いが高い国の1つと評価されている。家庭の環境の影響が大きく、成績もその家庭環境に比例することが多いのはあきらかなのである。

日本が家庭環境に左右されにくい背景としては、学校で多くの経験を得られ、底上げ教育が充実している点がある。それに比べフランスの教育は、できない生徒は切り捨てることが多く、できる生徒は学校というよりも家庭で学んで来ていることの方が多かったのだ。

PISA2018年の結果を見ると、日本は読解力15位、数学的リテラシー6位、科学的リテラシー5位だ。それに対してフランスは、それぞれ23位、25位、24位となっている。フランスの順位が低い理由は、フランスに優秀な生徒がいないからではない。格差が大きく、学力が低い生徒が多いことで平均値が低くなるのである。

具体的に言えば、テスト結果で学力が低い方をレベル1とし、レベル6までわけたとき、平均以上であるレベル4以上の割合が、日本は38.4%を占めている。それに対してフランスは26.5%しかいないのだ。フランスはできる生徒はもちろんいるものの、その割合が日本より少ないのである。

学力のレベルはダイレクトに失業率にも影響してくる。上記のPISAの結果が出た2018年には、移民に直接祖先も持たないフランス人の失業率が8.3%に対し、移民の失業者は15.3%であり、十分な学力が得られない状況で、移民に直接祖先も持つか持たないかということは、就職にも影響をおよぼしていることは間違いない。さらに、失業者の中でも、アフリカ大陸からきた移民の失業率が高くなっており、移民と一言で言っても、学力の差は、出身国にも左右されてることもわかっている。

実際に、フランスはヨーロッパの国の中でも最も不平等な教育制度のトップに君臨してきた。ちなみにフランス語圏のベルギーも同様な状況である。こういったことからも、現在は、平等な教育システムになれるように改革が進められているところだ。

マクロン政権では、学校を退学させられ行き所がなくなる若者のために、18歳まではなんらかの教育を受けることも義務とし、何かの職業資格も持って社会にでれるようにうながしている。そして、転職を用意にしたり必要ならさらなる研修を受けられるように教育機関を増加させるなどし、恵まれない地域の若者の失業率を低くする努力が続けられている。

現在フランスは、こういった施策のおかげで、少しずつではあるが状況はよくなってきている。2021年移民に直接祖先も持たないフランス人の失業率が7%に対し外国生まれの移民の失業率は13%、移民の子孫の失業率は12%となった。まだまだ差が大きいものの、2018年の結果に比べれば改善してきているのはわかるだろう。

■対岸の火事ではなくなってきた日本

移民に関する問題は、日本もすでに対岸の火事ではなくなっている。川口市には2000人以上のクルド人がすでに住んでおり、その多くが不法滞在であるという。その結果、こういった地域は他の住民とも交流のない地域になり何かとトラブルも増えている。懸念されるのはそういった孤立したコミュニティーが日本各地にできることである。不法滞在であるために自治体はなんの関与もできず、日本の習慣になじまない人たちが増加する。フランスの例から考えてもこういった状況は非常に危険なのだ。

上記で説明したことは、そういった状況を乗り越えるためにフランスがしてきたことの一部である。

フランスは、まず最初に自宅で十分な教育を受けれない家庭のために3歳から学校で教育をするとし、フランスに住む場合はいずれかの学校に通わせることを義務とした。子供が学校に行くことで、その国の習慣を知らない親にも情報が行く。そして、子供を通してお互いのことを理解し、交流が増え、争いが減少する効果がある。このことはフランスがすでに証明している。

そして、国内にフランスと対立する孤立したコミュニティーを構築させないために、フランスは対策の一つとして3歳から教育を義務とし、フランスが許可している学校に通わせることとした。いろいろな国のルーツを持つ人が存在する国で共生社会を実現するためには、その柱となる国の習慣や文化を教育、共有することが重要になってくるからでもある。

フランスは移民受け入れの先進国だ。自民党の女性局のメンバー38人も、わざわざフランスにくるならこういった移民に対する対策をより深く学んでくるべきだったのではないだろうか。その方がもう時代遅れになり始めている少子化対策を学ぶよりも、報告を聞く人にも、今後の日本のためにも、より大きな価値を産んだだろうと思わずにいられない。

<参考リンク>

3歳からの義務教育:ブランカー法のもうひとつの大失敗

OECD 生徒の学習到達度調査(PISA)~ 2018 年調査国際結果の要約~

OECD 生徒の学習到達度調査2018年調査(PISA2018)のポイント

PISA(国際学習到達度調査)

教育:PISAランキングにおけるフランスPISA 2018 Results (Volume II)

移民と移民の子孫 2023年版

移民ニュース

トップ写真:LFFM(フランスイスラム女性連盟)主催の学校祭に参加するイスラム教徒の少女たち(2004年5月31日※イメージ:記事とは関係ありません)出典:Photo by Alain Nogues/Corbis via Getty Images




この記事を書いた人
Ulalaライター・ブロガー

日本では大手メーカーでエンジニアとして勤務後、フランスに渡り、パリでWEB関係でプログラマー、システム管理者として勤務。現在は二人の子育ての傍ら、ブログの運営、著述家として活動中。ほとんど日本人がいない町で、フランス人社会にどっぷり入って生活している体験をふまえたフランスの生活、子育て、教育に関することを中心に書いてます。

Ulala

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