無料会員募集中
スポーツ  投稿日:2023/9/25

「野球中華思想」を排す(上)スポーツの秋2023 その1


林信吾(作家・ジャーナリスト

林信吾の「西方見聞録」

【まとめ】

・岡田彰布監督の阪神タイガースが優勝した。

・経済効果はおよそ969億円と試算。

・たまたま活きのいい若手が台頭してきた時期に監督として起用されたという幸運もある。

 

阪神タイガースが「アレ」を実現した。

ペナントレースを制したわけだが、岡田彰布監督は、なぜか優勝という表現を避けて「アレ」と言い続けてきた。首位独走が始まるや、これが流行語となり、韓国のメディアまでが面白がって取り上げた。続報では「道頓堀に近づくな」とも報じられたと聞くが笑、これについては後で触れる。

ともあれ9月14日、甲子園で巨人に勝って優勝を果たすや、関西の飲食店は祝杯を挙げる客で溢れかえり、グッズは売れまくり、それでなくとも毎回満員御礼で消費も伸びるという状況で、その経済効果はおよそ969億円と試算されているそうだ。なんでも、今春のWBC優勝がもたらした約654億円を上回るとか。世界一よりすごいことなのか笑(読売新聞電子版などによる)。

岡田監督は「アレ」の他にも、試合の総括や選手のコンディションについて、印象深い発言をいくつも発信してきたが、とりわけ恒例のビールかけに先だっての挨拶で、

「ミエちゃん(ヨハン・ミエセス外野手)、主役ちゃうよ」「成績にちなんだ暴れ方をして下さいね」

とやって、会場のみならず全国の視聴者を爆笑させた。

言われた「ミエちゃん」がまた、日本語で

「そんなの関係なーい」(……懐かしい笑)

と返したかと思えば、その後も日本語でわめく、唄う、そしてビールをかけまくるという、酔っ払いの三冠王と言いたくなる暴れ方であったが、これを醜態と見なした人はほとんどいなかった。宴会部長が一人くらいいた方が、チームのまとまりはよくなる、ということなのだろう。

この「迷場面」と並行して、大阪の道頓堀周辺には数千人の熱狂的ファンで埋め尽くされ、飲めや歌えの大騒ぎとなった。

大阪府警も厳戒態勢を敷き、1300人の警察官が動員されたが、その出陣式でお偉方が、

「前回の(阪神)優勝は18年前。ここにいる諸君の大半が、警察官になる以前の話」

などと訓示していた。それでも警備のノウハウはちゃんと伝承されているので……という主旨であったのだが、見ていたこちらは、そんなに久しぶりだったか、と妙な具合に感銘を受けてしまった笑。

過去記事を見ると、2003年に優勝した際には、5000人以上が川に飛び込み、1人が死亡、負傷者も多数出るという騒ぎになったとか。もはや騒ぎと言うよりも惨事だ。

次が、前述の18年前=2005年だが、警備が強化され、この時は55人が飛び込むにとどまったという。

今回は、遊歩道の一部が封鎖されたり、一部には飛び込み防止柵が設置されるなどしたが、それでも完全に押さえ込むことはできず、26人が飛び込んだ。とは言え逮捕者や負傷者は報告されておらず、警備は成功したと言ってよいだろう。

話を少し戻して、このように「18年間、待ちに待った優勝」であったことが経済効果を押し上げる一因になったと、専門家は見ている。2~3年に1度のことであったなら、ここまで盛り上がることはなかっただろうと、先ほど引用した新聞記事にも書かれていた。

そのような阪神ファンだが、成績がふるわなかった頃は、

「甲子園で巨人に勝ってくれれば、順位がどうであろうと、そんなの関係ない」

などと言われていた。実際に誰かが公言したのか、そのあたりは定かではないが。

今年は巨人が低迷し、クライマックス・シリーズにさえ進出できないBクラス=4位以下に終わる確率が高い、とまで言われている(9月24日現在)。

そのようなことになった原因として、世上よく言われるのが、阪神の岡田監督と巨人の選手起用の差だ。

岡田監督は、昨年まで守備位置が固定できなかった点を改め、ファースト大山、サード佐藤(輝)を固定し、レフトとの兼任をやめた。一方では昨年ショートの定位置をつかんだ中野をセカンドにコンバートした。ショートの定位置は木浪が受け継いだが、右投げ左打ちの彼は「恐怖の8番打者」としても機能したのである。

一方では投手・野手を問わず、成績がふるわない者は容赦なく二軍に落とした。試合での采配においても、代走を3人続けて起用したり、1イニングに投手を4人登板させて無心点で切り抜けたこともある。

原監督の方はどうであったか。

15年にわたってショートの定位置を守ってきた坂本はじめ、中田、丸といった、年齢的にピークを過ぎた選手をなかなかコンバートできず、そろそろシリーズの行方が見えてきた9月に入ってから、突如として坂本にサードを守らせた。

このコンバートは、その後の成績を見る限り、成功だったようにも思えるが、いくらなんでも遅きに失したとの批判は免れ得ないだろう。

日本の野球ファンはこういう話題が大好きで、メディアもまた、企業社会の人事や経営にからめて野球を語りたがる傾向がある。と言うより、そうした切り口で取り上げれば数字(視聴率や販売実績)が取れる、と考えられているのだろう。

世代によって温度差はあるようにも見受けられるが、今も日本の企業社会では「直球勝負」「逆転ホームラン」「ワンポイント・リリーフ」といったように、野球用語がビジネスの世界に浸透した例は枚挙にいとまがない。

私自身は、こういう表現は好まない。理由は簡単で、そこには

「野球に例えれば話が分かりやすくなる」という安易な発想が見て取れるからで、その発想のさらに前提となるのは、日本のサラリーマンは誰もが野球に関心を持っているに違いない、という決めつけだと考えるからだ。

岡田監督は、確かに優れたリーダーであろう。

ただしそれは野球の監督として才能を発揮したし、さらに言えば(身も蓋もない言い方になるかも知れないが)、たまたま20代の、活きのいい若手が台頭してきた時期に監督として起用されたという幸運もあるのではないか。外国人の野手は、とても年俸に見合っていると言えない成績だったが、それでも打線をほぼ固定できていた、というように。

この先、阪神タイガースが日本一になったりしようものなら、岡田阪神に学ぶなんちゃら、みたいな「ビジネス書」が現れるかも知れない。

それのなにがよろしくないのか、次回もう少し掘り下げてみる。

トップ写真:国際サッカー連盟(FIFA)ワールドカップのチュニジア戦で日本の勝利を祝うため、道頓堀の橋から飛び降りるサポーター達(記事とは関係ありません)2002年6月14日 大阪府大阪市 出典:Photo by Koichi Kamoshida/Getty Images




この記事を書いた人
林信吾作家・ジャーナリスト

1958年東京生まれ。神奈川大学中退。1983年より10年間、英国ロンドン在住。現地発行週刊日本語新聞の編集・発行に携わる。また『地球の歩き方・ロンドン編』の企画・執筆の中心となる。帰国後はフリーで活躍を続け、著書50冊以上。ヨーロッパ事情から政治・軍事・歴史・サッカーまで、引き出しの多さで知られる。少林寺拳法5段。

林信吾

copyright2014-"ABE,Inc. 2014 All rights reserved.No reproduction or republication without written permission."