様々な問題を提起したジャニーズ会見~守られなかった危機管理の基本~
安倍宏行(Japan In-depth編集長・ジャーナリスト)
【まとめ】
・ジャニーズ事務所の2日の会見で、記者の「NGリスト」が放送された。
・ジャニーズ事務所は関与を否定、コンサルティング会社に謝罪を要求。
・「会見の主旨と進行は一致していなければならない」という危機管理の基本が守られなかった。
いやはや、ジャニーズ事務所の2回目の会見で、おかしなことが起きた。順を追って説明しよう。
■ 「NGリスト」問題
まず、例の「NGリスト」問題だ。会見は、ビジネスアドバイザリーファームのFTIコンサルティング(米・ワシントンD.C.本社)が仕切っているのだが、厳しい質問をする記者を特定した顔写真入りの「NGリスト」を作っていた問題が各メディアに大きく取り上げられている。
NHKのカメラがそのリストを持って歩くスタッフ(上記のコンサルティング会社所属の人間かどうかは不明)を撮影し、10月4日放送の「ニュース7」で放送した。NHK NEWS WEBによると、撮影した映像には「少なくともあわせて6人の名前と顔写真が掲載されたリスト」が映っていた。(ちなみに、NHKのニュースでは、サブタイトルに「独自:ジャニーズ事務所 会場に指名の『NGリスト』」とあったが、そのファイルには「氏名NGリスト」と書いてあった)
会見の最中も、手を上げているにもかかわらず当てられないことに苛立った一部ジャーナリストが声を上げるなど、騒然とする一幕があった。元朝日新聞で現在Arc Timesの尾形聡彦記者は最前列に座っていたにもかかわらず当ててもらえなかった、とX(旧Twitter)に投稿している。
https://x.com/ToshihikoOgata/status/1708775014458372199?s=20
まずこの件は、何が問題なのか。そもそもリスクマネジメント(危機管理)の要諦は、「会見の主旨と進行は一致していなければならない」ということだ。
どういうことかというと、まず今回の会見の主旨(目的)は、①ジャニーズ事務所の『解体的出直し』の具体的な中身を明らかにすること②性的虐待を受けた元Jr.の人たちに対する補償スキームの具体的な中身を明らかにすること、だった。
そうした目的を達成するためには、会見で出る質問を選別しないのが基本原則となる。もし質問を選別する、もしくはサクラを仕込んで自分たちに都合のいい質問をさせるようなことがあると、後々大きな批判を招き、本来の主旨(目的)が達成できなくなるばかりか、新たな批判を招き、自身のレピュテーション(評判・評価)が一層毀損するからだ。
したがって、NG記者リストを作ること自体、きわめて危険な行為となる。
あるリスクマネジメント会社のトップは、「ちょっと信じられない。リスクマネジメントのプロならそんなリストなど作るわけはない」と、コメントした。
そのリストがテレビカメラに映されたことだけでも大失態だが、ジャニーズ事務所がすぐに「弊社は誰も作成に関与していない」と発表したため、このコンサルティング会社はさらに立場が悪くなった。
ジャニーズ事務所曰く、「コンサルティング会社がメディアのリストを持ってこられて、そこにNGと言う文字があったので、井ノ原が、「これどういう意味ですか?絶対当てないとダメですよ」と言いました。その時に会見を委託したコンサルティング会社の方は、では当てるようにします。と答えました。そのやりとりをその場にいた役員全員が聞いております。ですから今回流出したと言われている資料は、弊社の関係者は誰も作成に関与しておりませんし、指名をしない記者を決める等も全く行なっておりません」。
そのうえでジャニーズ事務所は、「会見を委託したコンサルティング会社に、このことをきちんと伝え、謝罪してほしいとお願いしましたが、外資なので本国の許可が必要で調整に時間がかかると言われてしまいました」とまで言っている。両社の信頼関係が大きく損なわれたであろうことは想像に難くない。
話を元に戻すと、不祥事会見では、記者を選別せず、どんな質問にも真摯に答えることでしか、会見を主宰している側の主旨・目的は完遂できないことを知るべきだ。
そういう意味において、このコンサルティング会社は下手を打ったことになる。
■ 渦巻く記者への批判
一方、ネット界隈では、当てられないのに質問する記者、延々と自説を展開する記者に対しての批判も根強い。「1社1問」、「更問い禁止」などのルールを守らない方が悪い、という理屈だ。井ノ原快彦氏の「子供たちが見ています。もうちょっと落ち着きましょう」となだめた場面で、一部記者らから拍手が起きたこともあり、批判の矛先が、当てられない記者らに向けられてしまった感がある。
まず、この問題を整理すると、不祥事を起こした側が、「1社1問」などのルールを記者側に課すのは、いかがかと思う。会見の趣旨・目的からして、質問は制限させてもらいますよ、という上から目線はいただけない。もう少し謙虚であるべきであろう。
もちろん記者側にも問題なしとはしない。記者は相手から言質を取るのが仕事だ。相手にうまく逃げられてしまってはその質問はいい質問ではなかったということだ。今回でいえば、補償のスキームをより具体的に聞くことが必要だった。その補償の算定基準や、対象者の判定基準などまだあいまいなところがある。また補償の財源はどのように確保されているのかも知りたいところだ。
記者からの拍手には少々驚いたが、事務所にもともと近しい芸能記者や、普段から不規則発言をする一部記者に批判的な記者たちが思わず拍手してしまったのかもしれない。
しかし、記者たちが対立しても始まらない。記者サイドがやるべきことは、ジャニーズ事務所を中心としたエンタメビジネスがどう健全化していくか、そして性的虐待にあった人たちがどう補償され、どうしたら心の安寧を得ることができるのか、さらには、どうしたらこのような悲劇、犯罪を未然に防ぐことができるのか、その答えを探し、社会に届けることだと思う。
記者が所属する新聞社、雑誌、テレビ局も過去この犯罪を報じてこなかったという瑕疵があるはずだ。メディアは、謙虚にその事実を反省したうえで、建設的なスキームを現実のものとするために活動していくべきだろう。
トップ写真:ジャニーズ事務所の会見(2023年10月2日 東京都)出典:Photo by Tomohiro Ohsumi/Getty Images
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この記事を書いた人
安倍宏行ジャーナリスト/元・フジテレビ報道局 解説委員
1955年東京生まれ。ジャーナリスト。慶応義塾大学経済学部、国際大学大学院卒。
1979年日産自動車入社。海外輸出・事業計画等。
1992年フジテレビ入社。総理官邸等政治経済キャップ、NY支局長、経済部長、ニュースジャパンキャスター、解説委員、BSフジプライムニュース解説キャスター。
2013年ウェブメディア“Japan in-depth”創刊。危機管理コンサルタント、ブランディングコンサルタント。