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.社会  投稿日:2023/10/29

福島になぜ高血圧患者が多いのか


上昌広(医療ガバナンス研究所理事長)

「上昌広と福島県浜通り便り」

【まとめ】

・福島の人口10万人あたりの高血圧患者数は2万4,504人で、全都道府県中最多。

・東北地方に高血圧が多いのは、冬季の保存食に塩分を多く利用するため。

・一親等に大動脈解離の患者がいる場合、そのリスクは6.8倍。

 

10月18日に歌手のもんたよしのりさんが大動脈解離で亡くなった。翌19日には5人組バンドBUCK-TICKの櫻井敦司さんが脳幹出血で死亡した。もんたさんは72才、櫻井さんは57才だった。あまりにも早すぎる死だ。

最近、中高年の大動脈や脳の血管障害による死亡が相次いでいる。メディアから取材を受けることも増えた。メディアの関心は「どうやれば防ぐことができるか」だ。血管障害は冬場に増加する。どうやって寒い時期を過ごすかお悩みの読者も多いだろう。本稿では、福島での活動を通じ、私が考えた高血圧対策をご紹介したい。

福島は高血圧患者が多い。昨年、日本高血圧学会が発表した研究によれば、人口10万人あたりの高血圧患者数は2万4,504人で、全都道府県中最多だ。最も少ない神奈川県1万9833人の1.24倍である。女性も2万4602人で、栃木県(2万4625人)についで第2位だ。

福島県内で高血圧患者が多いのは相双地区だ。福島県立医科大学の研究チームが、2020年にレセプト(診療報酬)データを用いて分析したところ、福島県全体での住民一人あたりの高血圧性疾患の医療費を100とした場合、相双地区は106.6と最も高かった。ついでいわき地区の105.7と続く。最も低いのは会津の91.3だ。

これは皆さんのイメージと異なるだろう。高血圧は塩分の過剰摂取が主要な原因だ。東北地方で高血圧が多いのは、冬季の保存食に塩分を多く利用するためと考えられている。保存食が必要なのは、この地域が冬季に雪で覆われるからだ。

意外かもしれないが、太平洋側に位置する浜通りはあまり雪が降らないし、凍結も稀だ。沖合が暖流と寒流の潮目になっているからだ。冬場も漁に出ることができるため、保存食の必要はない。アンコウは冬の名物だし、ヒラメは一年中取れる。なぜ、この地域で塩分が濃い食事が好まれるのだろう。

それは、この地域の歴史と関係がある。これまでの連載で、相馬地方を治めてきた相馬藩が何度も危機を経験してきたことは紹介した。その中の一つが、日本近世史上、最大の飢饉と言われる天明の飢饉(1782-88)だ。相馬藩は壊滅的なダメージを受けた。死者は1万6,000人にのぼり、領内の人口は3万4,000人にまで減った。赤子を葬る間引きも流行したという。

この状況に危機感を抱いた相馬藩は、他国の農家の次男・三男を移民させて農業の復興をはかった。呼びかけに応じたのが、越中の浄土真宗の門徒たちだった。今でもこの地には「番場」など北陸の姓が多いのは、このような歴史があるからだ。

この地域では、現在も塩辛い味を好む人が多い。浜通りのラーメンを評したブログには「味が濃くて美味しいんですが、このチャーシューの塩分がスープにも出てしまって後半はスープを塩辛く感じてしまいます」などの記載がある。東北地方の太平洋岸で、この地域だけ塩分が高い食事を好むのは不思議だ。これは、このような移民者たちが持ち込んだ食文化と考えられている。

塩分の過剰摂取は血圧を上げ、脳卒中を増やす。浜通りは東北地方でもっとも脳卒中の頻度が高い地域として知られている。脳外科医で南相馬市立総合病院の院長を務める及川友好氏は「東日本大震災後に脳卒中が急増した」という。元から高血圧があるところに、原発事故で避難生活を続けるストレスが加わったためだが、原発事故後、及川氏は仮設住宅を周り、健康相談に乗るとともに、減塩の必要性を説いて回った。

私は、福島の人と高血圧の話をする時、必ずこのような歴史を伝えることにしている。自分が意識していない歴史が、自らの嗜好に影響しているからだ。このような背景を知ると、減塩の動機づけもやりやすくなる。

高血圧管理で、もう一つの大切なことは個別化対応だ。血圧管理の目的は大動脈解離や脳出血などの血管障害を予防することだ。このような合併症のリスクは人により異なる。特に家族歴に注目することは重要だ。

例えば、2020年に台湾の研究者が発表した研究によれば、一親等(親や子ども)に大動脈解離の患者がいる場合、そのリスクは6.8倍にも高まる。大動脈解離の発症には複数の遺伝子が関係することが分かっている。家族歴がある人のリスクが高いのは当然だ。

ただ、この研究では、遺伝的要因が関与するのは発症の57%と推定されている。残る43%は食生活や運動などの環境要因だ。遺伝的要因があっても、生活習慣を改善することで血管障害の発症は大幅に予防できる。私が家族歴に注目するのは、親などをその病気で看取っているため、強い関心を抱いていることが多いからだ。正確な情報を知ることで、適切な行動変容に繋がる。

その場合、まずやるべきは定期的に血圧を測ることだ。血圧測定器は家電量販店やアマゾンで入手できる。測定の際に重要なのは、血圧を測る時間を一定にすることだ。それは、早朝から午前中に上昇し、昼過ぎから低下するという日内変動があるからだ。「朝、お父さんが起きてこないので見に行ったら、脳溢血を起こしていた」という話は、このような事情が影響している。

もし、自己血圧測定で血圧が高かったら、医師に相談することをお勧めする。医師は家族歴に併せて、生活習慣や運動を指導する。さらに、近年は様々な降圧薬が開発されている。ダイエットや運動と違い、降圧剤の服用は日常生活でのストレスが少ない。私はダイエットや運動を続けるのが億劫なら、薬を始めたらいいと考えている。長続きするからだ。

このような医学の進歩を反映してか、高血圧の患者数はピークであった1996年の739万人から2020年には599万人まで19%も減少している(厚労省「患者調査」より)。この結果、高血圧の影響を最も受ける脳卒中は減少の一途だ。医学研究の積み重ねが国民の健康増進に貢献した事例である。

以上、福島での活動を通じて、私が感じた高血圧対策をご紹介した。参考になれば幸いである。

トップ写真:血圧を測る夫婦(イメージ ※本文とは関係ありません)出典:South_agency/GettyImages




この記事を書いた人
上昌広医療ガバナンス研究所 理事長

1968年生まれ。兵庫県出身。灘中学校・高等学校を経て、1993年(平成5年)東京大学医学部医学科卒業。東京大学医学部附属病院で内科研修の後、1995年(平成7年)から東京都立駒込病院血液内科医員。1999年(平成11年)、東京大学大学院医学系研究科博士課程修了。専門は血液・腫瘍内科学、真菌感染症学、メディカルネットワーク論、医療ガバナンス論。東京大学医科学研究所特任教授、帝京大学医療情報システム研究センター客員教授。2016年3月東京大学医科学研究所退任、医療ガバナンス研究所設立、理事長就任。

上昌広

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