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.国際  投稿日:2023/2/2

メトロカードはなくせない?NY地下鉄事情


柏原雅弘(ニューヨーク在住フリービデオグラファー)

【まとめ】

・今年(2023年)で磁気カードシステムメトロカードが完全廃止されると発表された。

・メトロカードの廃止に伴い、「カード販売機」と「会話型シート車両」のようなNY地下鉄の象徴も消えてしまう。

・銀行口座を持っていないことによるサービスの分断化が課題として残る。

 

地下鉄を使って毎日、我が家の2人の子供達は学校へ通う。

NY市の地下鉄料金は1駅だろうが終点までであろうが、一律の$2.75(約350円)である。

子どもたちはまだ小学生なので親が学校まで送って行くのだが、3人分となると、毎日片道$8.25、往復で$16.50となり、財政難の我が家には重い負担となるのだが、ありがたいことに、子どもたちに関してはニューヨーク市から無料の通学定期券が支給されている。大助かりである。

そういうわけで、地下鉄は毎日の生活に欠かせない足なのだが、昨年、気になるニュースがあった。

ニューヨークの地下鉄・バスは乗車の際「メトロカード」と呼ばれる磁気カードを、改札や、運賃箱のスロットに通して乗車するシステムを採用しているが、この磁気カードシステムを今でも使用しているのは、大都市の公共交通機関のシステムとしては世界でもNYだけらしく、完全に周回以上遅れだという。

▲写真 新改札システム「OMNY」の改札口と、現行のメトロカード。写真の下は我が家の子供が使う通学用メトロカード(筆者提供)

そのメトロカードが、ついに今年(2023年)で完全廃止、という発表が、昨年秋に、MTA(ニューヨーク州都市交通局)からなされた。

2020年、NYの地下鉄に「OMNY(One Metro New York)」というコンタクトレス(非接触)式の改札の新システムが、旧システムであるメトロカードに並行して、本格的に導入された。システムの完全移行準備が出来たのであろう。

導入後は、メトロカードを、いずれ廃止する、としていたが、具体的な移行スケジュールは決定されていなかった。

この新システム、大変評判が良い。

使い方はかんたんで、スマホ、Apple Watchなどのデバイスか、「リップルマーク(波マーク)」がついている、銀行カード、クレジットカードなどを改札の端末にかざすだけで通ることが出来る

スマホを使う場合は、スマホにひも付けられている銀行口座、クレジットカードから直接その場で引き落とされるので、アカウントを作って、前もって料金をスマホにチャージする必要もない。

▲写真 新改札システム「OMNY」の使い方をの特徴を宣伝するディスプレイ(筆者提供)

世界・国内を問わずどこからでも、仮に日本から観光でNYに来ても、クレジットカードを改札にかざすだけで地下鉄が利用できるというわけだ(スマホに登録できる銀行、カード会社は指定あり)。特別に乗車用のカードを買う必要もない。市バスなどでも同様に使える。

「メトロカード」廃止決定の報は、時代の流れ、と受け取られはしたが、同時に聞かれたのが、消えゆくメトロカードを愛惜する声だった

曰く「さよなら、メトロカード・・・ノスタルジックな乗客は悲しい(NBCニュース)」「ひとつの時代の終わりは近い。(だがその)時代を象徴するメトロカードを決して忘れることはないだろう(ヤフーニュース・英語版)」「なぜかわからないが哀しくなる・・・(Timeoutマガジン)」。

そしてメトロカード以上に愛されたのがそのカード販売機であった。

「変化を遂げるのは最初では無いがほろ苦い・・・カラフルな機械(販売機)はニューヨークらしさが満点だった」「2023年末には、幼稚園のおもちゃを思わせるような色鮮やかな機械は(かつての)トークンを同じ道をたどることになるだろう(CBSニュース)」

メトロカードシステムは、導入から20年以上経ち、特徴的なデザインのカード販売機は、黄色いメトロカードとともに、地下鉄を象徴するイメージとなり、長く皆に親しまれてきた

実は、このカード販売機、デザインしたのは日本人である。

▲写真 宇田川氏デザインのメトロカードの販売機。「青」はクレジットカード、「緑」は現金、「黄色」はメトロカード、「赤」はおつり・レシート出口、を表す。この地ではよくある破壊、落書きにも強いNYならではのタフな構造(筆者提供)

工業デザイナーである宇田川信学(うだがわ・まさみち)氏のデザインで、この人は他にも、NYの地下鉄車両、ボストン、ワシントンDCの地下鉄の車両のデザインなども手掛けている。Transit / Antenna Design

この、メトロカード販売機は、1999年に登場し、緑、青、黄色、赤が特徴的なデザイン。

タッチ式パネルのメニューは数カ国語以上に対応しており(日本語で表示できる販売機もある)、初見でもわかりやすい。

販売機導入当時、タッチ式パネルの機械はまだニューヨーカーには馴染みが薄かったが、その明るいデザインと使い勝手の良さもあって、この機械は徐々に市民に浸透した。

この機械が、当時、アメリカ人が持っていた自動販売機に対する拒否反応の改善に果たした役割は大きいと思う。それまでは、ほとんどの人は窓口で入場用のコイン(=トークン、2003年まで50年間使われてきた)を現金で買っていたわけだから、販売機の登場自体、大変未来的であった。

今回、時期を同じくしてもう一つ、地下鉄で消えゆくものがあった。

メトロカードと同じ黄色のイメージで親しまれてきた、地下鉄の「会話型シート車両」が引退すると言うのである。座席がL字型になっているのが特徴の車両だ。

▲写真 「会話型シート」の車両。デビューから40年以上、いまでも現役(筆者提供)

このL字座席に座って、窓の外の風景を眺めるのが好きだ。

NYの地下鉄は、1本の路線の半分以上が地上部分を走っている路線も多く、この座席に座れると、自分の空間が持てたようで心地が付く。一緒にいる仲間がいれば、互いの顔を見ながら会話も弾む。

私がNYに来た1989年。NYの地下鉄で最初に乗ったのがこの車両であった。

日本から来たばかりの私には外国らしい、斬新なデザインの電車、と映った。

だが、考えてみればこの車両の引退は、もう必然であった。

にわかに信じがたいが、この車両は登場の1975年からずっと、半世紀近く、現在まで使われ続けているのである。同型車両で最新のものでも、製造は34年前である。私がNYに来て感動した車両は、すでにその時、デビューから15年近くも経っていたのだった。

その車体が、今でも現役で、毎日のラッシュアワーの通勤客の重みに耐え、乗客を運び続けているというのだ!

これらの車両の引退が決まったのも、新改札システムの導入同様、車両の世代交代に目処がたったからである。2025年には、新型車両がお目見えする予定である

新車両は、古くからNYの地下鉄車両を作ってきた川崎重工製の車両で、一部はすでに納入され、実際の運用に向け、現在運行テストが行われている。

MTA Votes to Order Hundreds More Cutting Edge R211 Subway Cars(ちなみに新型車両も、前述の宇田川信学氏のオフィスのデザインによるものだ。ニューヨーク地下鉄、次世代車両「R211形」電車とは? – DenshaDex

世界にも自慢できるようになった地下鉄の改札システム。

未来型の最新車両。

新たなことへの変化は、大部分から歓迎されよう。

だが、必ずしも、皆が手放しで喜んでいるわけではない。

急激に便利さを手に入れようとするがばかりに、切り捨てられている人々もいる、との声も聞こえてくる。

現在NY住民の全世帯のうち、10世帯に1世帯以上は、銀行口座を持っていない。メトロカードが登場した時にはニューヨーク全体の半分以上の世帯がもってなかったという。いや、正確には持てないのである。こういう世帯の人々は、現在でも現金のみで生活している。(参考:Where Are the Unbanked and Underbanked in NYC? Updated Findings (2017 Data)

それらの、世帯の人々は、銀行のATMカードや、クレジットカードが作れないため、今回の新システム導入による恩恵は何一つ、受けられない。スマホは持っていても支払うための銀行口座がないため使えない。

それどころか、現行のメトロカードシステムが対応している、低所得者、年金生活者や社会保障受給者への割引なども、新しいシステムは、いまのところ、何一つ対応していない

一口に10世帯に1世帯、というがこれらの世帯は貧困世帯が多い地域に集中している。その地域では10世帯に2.5世帯の割合で銀行に口座を持っていない。結果、サービスの分断化が起きている。地下鉄は毎日欠かせない、生活の足だ。

▲写真 新システム導入後も、まだメトロカードを使い続ける人も多い(筆者提供)

今後、MTAは新システムで使える、誰でも買えるカードを自動販売機などで販売し対応する、としているが、その自動販売機の具体的な設置計画はもとより、販売機のデザインすら発表されていない。

2023年中に新システムに完全移行、としているが、計画は確実に2024年にまでずれ込むらしい。これらの問題などが解決できない限り、メトロカードを予定の時期に完全廃止ということにはならないだろう。

▲写真料金を払わず改札を飛び越える人。5分待てば1人は必ずいる。無賃乗車の背景には貧困だけでない複雑な問題が絡む(筆者提供)

NYは、すでにコロナ明けと言われて久しいが、コロナ禍によって生じた「空白の時間」を取り戻そうとする焦りなのか。以前より加速度的に、世の中が変化しようと動いている空気を感じる。しかし、変化はNYの常なので、それは、コロナ禍からまだ完全復帰出来ていない自分の錯覚だろうか。

仕事帰りに「会話型シート」に身を沈めて、流れる風景を眺めながら、頭の中は過去と今を行き来する。

(了)

トップ写真:NY市を走る地下鉄(筆者提供)




この記事を書いた人
柏原雅弘ニューヨーク在住フリービデオグラファー

1962年東京生まれ。業務映画制作会社撮影部勤務の後、1989年渡米。日系プロダクション勤務後、1997年に独立。以降フリー。在京各局のバラエティー番組の撮影からスポーツの中継、ニュース、ドキュメンタリーの撮影をこなす。小学生の男児と2歳の女児がいる。

柏原雅弘

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